第85話 異界事変⑭
騎士が前に進み出る。
彼女は医者と並ぶようにして大鎌を構えた。
「忘れ、ないで」
漆黒の鎧が破損している。
光の槍にやられたようだが、本人は軽傷である。
さすがは"妄者殺し"と言うべきか。
ここで生き残っているのは、装備の性能だけではなかった。
医者は片手を前にかざすと、楽しそうに言う。
「古代の妄者を研究できるなんて素晴らしい機会だ。存分に試させてもらおうか」
直後に"終焉"が硬直した。
小刻みに震えながら何かに抗い始める。
手足の向きがずれていった。
光で構成された身体は軋みながら歪んでいく。
(あれは……)
俺はその現象に見覚えがあった。
すぐさま"終焉"の背後に注目する。
そこに転がるのは八つ裂きにされた"分解"の死体だった。
ばらばらにされたはずの死体がくっ付いて、両手を"終焉"に向けている。
その瞳に意思はないが、得意の能力を発動して干渉を再開していた。
間違いない。
医者が死霊術で操作しているのだ。
こいつは死んだ妄者の能力を発現させることができる。
一般的に知られる死霊術では不可能な芸当なので、こいつの固有の技能だろう。
動きを封じられた"終焉"は次第に崩れ出した。
"分解"の能力干渉に蝕まれている証拠だ。
ただの妄者なら、とっくに殺せるほどの出力が込められていた。
死霊術で蘇っている関係上、肉体負荷を考えずに能力を行使しているのだろう。
そのまま崩れるかと思いきや、やられっぱなしだった"終焉"が動いた。
指先の光が強まると、そこから光の槍が放たれる。
「邪魔」
綺麗な軌道を描いた槍は"分解"を貫いた。
高速回転で何度も死体を穿ち、今度は残骸すらできずに消滅させる。
おそらくは死霊術の対策だろう。
死体自体が無くなっては、さすがの医者も利用することはできない。
ところが一部始終を見守っていた医者は、喜色を隠さず笑っていた。
策を潰されたことも気にせず上機嫌に語る。
「今ので確信した。どうやら"終焉"の妄者は能力特化だ。他者の干渉を防ぐことには慣れておらず、身体能力も決して高いとは言えない」
「つまりどういうことだ」
「我々にとっては朗報だ。戦いにおける相性が良い。あのレベルの妄者が近接特化だった場合、本当に打つ手がなかった。シンプルな暴力ほど対策がないからね。まさしく君のことだ」
医者が俺を指差しながら述べる。
冗談を言っている感じではなく、本気でそう思っているようだった。
ただ力だけに任せた圧倒的な強さ。
確かに厄介だ。
小手先だけの策など捻り潰されるだけである。
しかし"終焉"は違う。
あいつは固有の能力に頼るタイプらしい。
得意な状況にさえ持ち込めれば、こちらにも勝機がある。
「つまり、俺ならあいつを引き裂いて殺せるんだな」
「ご名答。我々はサポート役だ。存分に暴れ狂ってほしい」
「任せろ」
俺は指の刃を打ち鳴らして笑う。
そして"終焉"へと跳びかかっていった。




