第83話 異界事変⑫
"終焉"の姿が安定し始める。
宙に立つのは、中性的な身体つきをした人型の光だった。
くっきりとした輪郭で、目鼻立ちまで分かるほどだ。
無表情な顔が俺に注目している。
「よう、目覚めはどうだい?」
「…………」
試しに声をかけてみたが、反応はない。
重みすら感じるほどの殺意が降り注ぐのみだ。
それでも動き出さないのは、こちらの様子を窺っているからだ。
光の槍で仕留められなかったことを反省して、分析することに決めたのだろう。
それを察しながらも、俺は茶化すように肩をすくめる。
「おいおい、会話もできねぇのか。現代の言葉はもう理解しているはずだ。殻の外から飽きるほど聞こえていただろ」
上位の妄者は相手の意思を感じ取り、それを自動的に言語化できる。
魔術などではなく、自然と習得するのだ。
逆に他言語を使う者に自分の発言を届けることも可能だった。
だから俺の文句も伝わっている。
しばらく何も話さなかった"終焉"は、小首を傾げて問いかけてくる。
「なぜ死なない? 非力な赤子なのに」
「あんたからすりゃ赤子だろうが、これでも古参の部類なんだぜ。俺より長生きしている妄者は少ない」
「なぜ?」
「俺が殺しちまうからさ」
指の刃を擦り鳴らしながら笑う。
"終焉"は大きな反応を見せない。
向こうからすれば、俺ですら弱い存在なのだろう。
それなのに殺せないことが理解不能らしい。
腹が立って仕方のない認識だが、相手は神代の怪物である。
舐めてかかられるのも納得できた。
神や悪魔に比べれば、俺なんて小物に過ぎないのだ。
それでも怒りを表に出してはいけない。
僅かな隙を晒すだけで即死する。
俺は全神経を総動員して"終焉"の観察に努めていた。
遥か後方で悲鳴が聞こえる気がするが、どうでもいいことだ。
たぶん"終焉"の放った槍が暴れて、各国の軍を食い荒らしているだけである。
背後から飛んでくることだけ注意していればいい。
やがて"終焉"が地上に降り立った。
ゆっくりと着地した後、確認するように俺を指差す。
「現代最強?」
「ああ、そうだ。俺こそが――」
「待ちたまえ。我々のことを忘れていないかな」
遮るようにして声が発せられた。
そして、俺の前に一人の男が進み出てくる。
胸を張って"終焉"と対峙するのは、穴だらけとなった医者だった。




