第8話 虐殺の対価④
「うるせぇな。さっさとうせろ。殺されてぇのか」
俺は唸るように言う。
それだけで室内に静寂が訪れた。
誰かの息遣いや息を呑む音さえ聞こえるほどだ。
迂闊な行動を取れない中、優男は果敢にも前へ踏み出す。
「なっ……貴様、衛兵に逆らうつもりか!」
「逆らうさ。邪魔するなら皆殺しにしてやる。この街の人間を残らずミンチにしてもいいぜ」
「で、できるはずがない! あらゆる勢力が貴様を狙うことになる」
「上等だ。誰だろうと殺しまくってやるよ」
俺は悠々と応じてみせる。
別にただの脅しではなく、純粋な予告であった。
これまでも一貫してそうしてきた。
面倒な敵対者は滅ぼせばいい。
それを実行するだけの力は有している。
何も躊躇うことはない。
今回だってそうだ。
必要となれば、俺は死体の山を築くつもりである。
「ところで、あんたは誰の差し金だ」
「何を言っている?」
「俺を捕縛するように命令されただろう。そいつの名前を言え」
対妄者の装備に加えて、これだけの人員を動かせているのだ。
優男は見るからに大した階級ではない。
裏に首謀者が潜んでいるに違いなかった。
「基本的に俺みたいな妄者は野放しにされるもんだ。よほど恨みがある奴か、欲や正義感に駆られた馬鹿しか仕掛けてこない」
妄者は強大な力を持つ。
敵対したくないと考えるのが常人の思考だった。
妄者の行動は基本的に黙認される。
あまりに凶悪だと処刑対象になるものの、俺は賞金稼ぎが専らの収入源である。
国家権力に喧嘩を売るような真似も控えていた。
常に警戒はされているだろうが、向こうから接触してくることは珍しい。
それは国家という枠組みでも同様だ。
水面下で争うことはあれど、表立っての対立は危険とされている。
最悪、国家転覆にまで繋がる恐れがあった。
だから妄者の関わる事件について、人々は慎重になりがちなのだ。
今回のようにいきなり衛兵隊がやってくるのは異常な事態であった。
俺は優男から拳銃を奪うと、それを握り潰しながら問いかける。
「さあ、誰が命令したのか言えよ。素直になれば命までは取らないでやる」
「な、仲間を売るような真似は……」
「俺の機嫌を損ねてみろ。外の衛兵共もまとめて肉塊にするからな」
その一言で優男は腰を抜かしてしまった。
少し憐れになったので、彼の前に屈んで優しく語りかける。
「心配するな。俺は少し抗議したいだけだ。よく分からん容疑で逮捕されるのは嫌だからな」
「う、くっ……」
優男は脂汗を流して葛藤する。
仲間を売る真似をしたくないのだろう。
何度も言い淀みながら、本当に苦しげに呟く。
「――ハンニル衛兵長。彼に作戦指揮を、任された」
「了解。その忠誠心に免じて見逃してやるよ」
俺は優男の背中を叩く。
そして、飛び退いた衛兵達を嘲笑いながらギルドの外に出たのであった。