第77話 異界事変⑥
翌朝、俺と騎士と医者の三人は転移門で移動した。
そこは最果ての土地――不浄の楽園と呼ばれる場所だ。
俺は辺り一面に広がる紫色の荒野を見て嘆息する。
「相変わらず陰気な場所だな。どこもかしこも腐ってやがる」
「不浄の楽園に来たことがあるのかね」
「標的が潜伏していることがあってな。始末するために乗り込んだのさ」
過去の記憶を掘り返しながら俺は語る。
すると医者は怪訝そうに唸った。
彼は少々の間を置いて尋ねてくる。
「……それは、まさか"腐蝕"の妄者かな?」
「そいつだ。目障りだから殺した」
件の"腐蝕"は俺を何かと敵視し、気分次第で粘着してきやがった。
依頼を邪魔してきやがるクソ野郎だ。
周囲を無差別に腐らせる能力を持ち、俺ほどではないが殺戮を好む性質だった。
だから各地で悪評が広まっていた。
最終的には我慢の限界に達した俺が始末したのだった。
その時の部隊がこの地である。
あいつの死骸が付近一帯を腐らせていた。
未だにその影響が色濃く残っており、不浄の楽園の名を体現している。
そういった思い出を喋ると、医者は頭に手を当てて難しい顔をする。
「君は本当に……なんというか、二つ名に恥じない男だね。味方で良かったと心底から思うよ」
「お前は少し前まで敵だったろうが」
俺が指摘してやるも、医者は笑顔で華麗に受け流した。
彼は咳払いで話を打ち切ると、前方を腕で示す。
「そんなことより、あれを見たまえ。お祭り騒ぎになっているよ」
「ほう」
少し遠くに人だかりができていた。
いくつかのグループに分かれており、それぞれが揃いの武装を纏っている。
彼らは各国の軍隊だ。
"終焉"をどうにかしようと訪れて膠着状態に陥っているらしい。
互いに距離を取って睨み合いをしていた。
あの中には"終焉"の殺害を企む国があれば、捕獲や勧誘を狙う国もいる。
思惑が違うので、協力はできないのだ。
かと言って迂闊に争いを始めることもできない。
「どこの軍も成果を出せていないようだね」
「これでどうにかなるなら、俺達がいらねぇだろ」
「ははは、その通りだ」
医者と軽口を交わしながら進んでいく。
各国の軍の向こう側には、何十枚もの結界が張られていた。
閉鎖されたその先――上空に光の卵が浮かんでいる。
白く輝いて表面にひびが入っていた。
孵化しそうな気配だ。
黙ってついてきていた騎士が卵を指差した。
「あれが"終焉"?」
「間違いなくそうだな。圧倒的な存在感だ」
俺は肯定しながら呆気に取られる。
光の卵からは妄者の力を感じる。
異質だが神々しい。
妄者は自己を捻じ曲げる存在だ。
力の質や色は禍々しさを覚えるものである。
それなのに卵からは淀みが感じられない。
周囲の不浄を消し去らんばかりの美しさを内包していた。
医者は見惚れたような表情で語る。
「太古の"終焉"は完全には死なず、長い時間をかけて復活しつつあったのだろう」
「それが今ってわけか」
「うむ。他国が干渉した記録はないので、どこかの陰謀というわけでもなさそうだ。ただの不運……たまたまこの時代が選ばれたのだよ」
「そいつは最高だな。生きてて良かった」
俺は視線を卵から外す。
あまり凝視していると、向こうの影響を受けかねない。
医者は手を打って俺達を呼ぶと、各国の軍から離れる方角へと歩き始めた。
「さて、僕が雇った妄者も集結しているようだ。まずは彼らと合流しよう」




