第62話 強引な誘い⑨
門を抜けると、地面の感覚が無くなる。
視線を下ろせば、遥か彼方に大地が広がっていた。
騎士にくっつく医者は間の抜けた声を洩らす。
「おっ?」
俺達は落下を始める。
強風に煽られながら、猛速で大地に接近していった。
俺は四肢を広げて体勢を安定させる。
騎士も真似をして落下速度を低下させる。
彼女の首に巻き付く医者は、どこか非難めいた口調で俺を問い詰めた。
「……これは一体どういうことだね」
「安全に転移できる座標となると、上空くらいだからな。設定を手伝っていたのに気付かなかったのか」
「僕はそこまで確認していなかった。まあ、理には適っているね。地形にめり込む危険性を考えるとこれが妥当だろう」
開発した転移門はまだ完璧ではない。
行き先の精密な設定ができないのだ。
下手に地上付近に出ようとすると、既存の建物や地面と重なる恐れがある。
それなら上空に転移する方が確実だろう。
「できれば事前に警告してほしかったがね」
「別に必要ねぇだろ。どうせ死なない」
俺は医者の愚痴を受け流す。
どうせ説明したところで何かが変わるわけではないのだ。
この三人なら上空からの自由落下で死ぬ者もいない。
突然の落下でも冷静な騎士は、地上にある街を見ながら俺に問う。
「ここは、どこ?」
「極東の首都だな。店長が上手く調整してくれたようだな。最短距離で王の首を奪いに行ける」
「君は本当に王を抹殺するつもりなのか。いっそ尊敬するほどの野蛮さだね」
「そいつはどうも」
医者の皮肉に皮肉を返しつつ、俺は全身を哭かせた。
一瞬で生身から影の身体へと至る。
肉体の構造が大きく変わったものの、体勢や落下速度に影響することはない。
俺がそのように調整しているからだった。
「地上に着いたらどう動くつもりだね」
「二手に分かれて王を狙う。早い者勝ちにしようぜ」
俺が提案すると、医者が喜色を見せた。
好奇心と対抗心が滲み出ている。
「ほほう。僕達に勝てると思っているのか」
「随分と強気じゃねぇか」
「僕は頭脳派だからね。いくらでも策はあるのだよ」
医者の自慢話が始まろうとした時、首都を囲うようにして巨大な障壁が発生した。
半透明のガラスのように見えるが魔術だ。
「多重の防護結界だ。こちらの接近に気付いたらしい」
「関係ねぇよ。叩き潰すッ」
俺は指の刃を構えて、弾くような動きで射出する。
計十本の影の刃が結界に突き刺さり、僅かな抵抗も見せずに貫通した。
付近一帯の結界が粉々になって機能不全に陥る。
俺達は、こじ開けた穴から侵入を果たすのであった。