第49話 死霊退治⑬
俺が踏み出そうとしたその時、追い越すようにして筋肉男が飛び出した。
大剣を掲げて豪快に医者へと斬りかかっていく。
「ふむ」
医者の意識がそちらに向いた隙に、騎士はその場を離脱した。
廃屋の陰に飛び込んで気配を断つ。
態勢を立て直してから仕掛ける気だろう。
「ウゴオオアアアアアアアァッ!」
その間に筋肉男が猛然と仕掛ける。
噴き出す炎が辺りを焼きながら振り撒かれる。
対する医者は、振り下ろされた刃を掴もうとした。
斬撃が手のひらに衝突し、肘まで引き裂く。
そのまま食い込んで止まった。
筋肉男は大剣を戻そうとするも、一向に引き抜けない。
まるで固定されているかのように動かないようだ。
あの馬鹿力で無理なら、魔術で妨げているのだろう。
筋肉男が苦戦する間に医者の腹が膨れ上がる。
裾からはみ出てきたのは紫色の触手だ。
艶やかな表面は、妄者の力を纏っている。
「移植したのは腕だけと言ったかね?」
刹那、触手が筋肉男をぶっ叩いた。
巨躯がほぼ横一直線に吹き飛び、佇んでいた修道女に直撃する。
二人は仲良く地面を転がっていく。
そこに金属片の嵐が殺到し、囲むようにして高速回転し始めた。
筋肉男と修道女の姿が見えなくなる。
力が入り乱れているせいで、上手く感知できない。
まあ、元より助ける義理なんて存在しないのだから放置だ。
(ったく、役に立たねぇな)
俺は欠けた指の刃を確かながら内心でぼやく。
治りがいつもより遅い。
攻撃全般に対妄者の術式が付与されているようだ。
俺に影響を与えるほどだ。
相当な効力だろう。
さぞ研究に研究を重ねているに違いない。
俺は悠然と立つ医者を睨み付ける。
(野郎、徹底的に対策を用意してやがる)
遠距離から中距離は、金属片の射出とガラス玉の光線。
近距離は触手による物理攻撃。
それぞれを防御に転用することもできる。
おまけに筋肉男に切り裂かれた腕は既に再生しつつあった。
もう一方の腕は軽々と大剣を握っている。
常人が片腕で振れる重量ではない。
あちらも妄者の死体から移植しているのだろう。
白衣越しなので分からないが、もう変貌しているのだと思う。
死霊術師の医者は、全身を妄者の死体で構成しているらしい。
どのタイプの敵が相手でも対応できるように組み合わせている。
他にも様々な能力を隠しているのだろう。
「どうしたのだね。君の力はこんなものではないだろう」
医者は絶好調だった。
腹の立つ態度だが、実力が伴っている。
こいつの執念は本物だ。
妄者を超えるために手段を選ばず強くなっている。
騎士も似た人物だが、彼女は自らの技量を鍛え上げることに特化した。
結果、並の妄者では決して敵わない戦闘能力を獲得している。
ただしその強さは、あくまでも妄者の殺害を目指したものだ。
一点特化の権化とも言える妄者ならば容易く屠れるが、様々な能力を内包した医者には通用しづらい。
医者は単独で妄者の軍隊を構成しているような状態であった。
さすがの"妄者殺し"にとっても未知の敵と言える。
知識と技術は、時に戦技を上回るものだ。
もし騎士が特殊能力を持っていれば、形勢は逆転しそうなものである。
しかし実際の彼女は、身体能力の高い戦士というだけである。
強いて言えば隠密もできるが誤差の範囲に過ぎない。
漆黒の鎧と大鎌を加味しても、近接型の妄者と同等の扱いだろう。
つまり医者からすれば恰好の獲物だった。
(まさか、こんな奴がいたとはな……)
俺は素直に感動する。
各地を巡って強者と殺し合ってきたが、この医者のように面白い力を持つ者は珍しい。
素性や目的は不明な上、依頼主の教会は何か企んでいる。
だが、今はもうどうでもいい。
複数の妄者の力を操る人間と戦える機会なんて滅多にない。
今という瞬間を楽しむのが重要だろう。
俺は堪え切れない笑みを浮かべながら医者に告げる。
「色んな芸を見せてくれた礼だ。俺も少しばかり解禁してやるよ」
「ほう、何かね。接近特化の君にできることなど限られているが」
「勝手に決めつけるなよ。視野の狭さは可能性を閉ざす。妄者の鉄則だぜ」
「僕は妄者ではない」
医者の片腕が破裂して、金属片が発射された。
俺は横に跳んで躱す。
片手の刃を引っ込めると、地面に落ちていた廃材を掴み取った。
人間の腕くらいの長さの木片だ。
元は家屋の一部だったと思われる。
少し湿って腐りかけで、力を込めれば折れそうなほど脆い。
(ちょうどいいな)
形状と材質を確認した俺は力を流し込む。
その途端、廃材は俺の握る部分から"哭き崩れ"て、黒く変色していった。
だんだんと立体感を失うと、幻影のような影と化する。
そこからさらに変形し、曖昧な輪郭が収縮を繰り返す。
――やがて出来上がったのは、一振りの影の鉈だった。




