第4話 その男は妄者④
魔術師の死体が、くたりと力を失って倒れる。
血を噴出しながら痙攣し始めた。
俺は何度か蹴ってみる。
魔術の系統にもよるが、死を偽装したりアンデッドになって蘇る者がたまにいるのだ。
そういう奴は、相手の油断を突いてくる。
ただ、この魔術師は完全に死んだようだ。
起き上がってくる兆しはなかった。
死体を踏み越えた俺は、黒机に尻を載せる。
腰かけた姿勢のまま哭き止んだ。
影の身体に血肉と骨が戻り、ずたぼろのスーツがめくれ上がって薄汚いコートになる。
先ほどまで不要だった呼吸を意識した。
顔の表情も変えられる。
正真正銘、ただの人間だった。
「ふう、これで終わりか」
思ったよりあっけなかった。
地域でも指折りの犯罪組織と聞いており、付近の連中も恐れていた。
もう少し楽しませてくれるかと思いきや、なかなかに期待外れである。
俺は机に置かれたケースの蓋を開く。
中には黒い煙草が十本ほど入っていた。
そのすべてを鷲掴みにしてコートのポケットに突っ込む。
一本だけを口にくわえると、自前のライターで着火した。
俺はゆっくりと紫煙を味わう。
肺まで満たされる感覚に酔い痴れながら、部屋の端で固まる事務所のボスに話しかけた。
「良い煙草なんだが、買うと高いんだよ」
机には他に薄茶色の酒瓶があった。
ラベルを回して確かめると、これもまた高級品である。
怯えるだけの禿頭はクソッタレの悪党だが、嗜好品の趣味は良いらしい。
俺はグラスを使わずに酒瓶を呷り、間で煙草を挟む。
そうやって勝利の余韻に浸っていると、ボスが不審な動きを取り始めた。
壁の一部を押し込んで、そこだけを回転させたのである。
(隠し扉か)
ボスは急いで内部に駆け込んだ。
慌ただしい物音が俺のところまで聞こえてくる。
逃げるつもりなら始末しなければいけないが、果たしてどうするつもりか。
俺は酒と煙草を味わいながら暫し静観する。
少し経ってから、激昂するボスが戻ってきた。
その手に携えられたのは大型のライフルだ。
たぶん連射式だろう。
ボスは殺意を隠さず銃口を向けてくる。
「き、貴様! わしを誰だと思って――」
「知らんね。興味もない」
俺は遮るように言うと、ボスに酒瓶を投げ付けた。
反射的に放たれた銃弾を躱しながら距離を詰めて、ライフルを蹴り飛ばす。
そして、無防備になったボスの顔面を殴り付けた。
血と共に折れた歯が飛び散る。
「ぐお、おおおおおぉぉっ!?」
「静かにしろよ。近所迷惑だぜ」
俺は悶絶するボスを注意しながらライフルを拾って、その禿頭を弾丸で吹き飛ばして黙らせた。
この程度の奴なら哭かずとも殺せる。
妄者は能力を解除した状態が弱点と言われており、実際にその指摘は正しい。
ただし、俺は素の肉体も鍛え上げている。
したがって他の妄者ほど明確に弱いわけではなかった。
「さて、金をいただくか」
俺はボスの教えてくれた隠し扉を抜ける。
その先の小部屋に踏み込んだ。
どうやらそこはボスの私室らしい。
金庫や絵画などが保管されている。
散弾銃や爆弾といった武器に加えて、魔道具や魔剣等もあった。
ここにある物を売り払えば相当な額になりそうだ。
「ん?」
絵画の影に気配がある。
それとこちらを見つめる視線も。
縮こまるようにして一人の女が座り込んでいた。
色白の肌に艶やかな金髪。
均整の取れた魅惑的な肢体だ。
顔も芸術品のように美しい。
身に付けているのは粗末なワンピースだが、それを意識させないほどの容姿であった。
(エルフの奴隷か)
隠し部屋に閉じ込められていることから、売却用か愛玩用だろう。
どちらにしても碌な扱いじゃない。
この犯罪組織のことだ。
非合法な方法で手に入れたものと思われる。
「あ、あの……」
エルフ奴隷が控えめに発言する。
そして、上目遣いに俺を見つめてきた。
憂いを帯びた瞳は僅かに潤んでいるようだった。
「ふむ」
俺は少し考える。
持参していた収納の鞄に金目の物を片っ端から放り込むと、最後にエルフ奴隷を肩に担いだ。
そのまま隠し部屋を出て事務所の一階へと下りる。
担がれたエルフ奴隷は動揺して身じろぎをする。
「えっと」
「静かにしてろ。安全な場所へ連れていくからな」
何か言いたげなエルフ奴隷に告げて、俺は事務所を出た。
周囲の視線を浴びながらも堂々と歩みを進めていく。
恥じることは何もない。
俺は悪党共をぶっ殺して美女を救い出した。
むしろ胸を張るべきだろう。
そんな俺の中では、既にエルフ奴隷の処遇が決まっていた。
(――娼館に売ればいいか)
これだけの美女だ。
エルフという種族だけでも人気である。
娼館の運営からは涙を流して喜ばれるのではないか。
きっと大金を積んでくれるはずだ。
(臨時収入ってやつかね)
エルフ奴隷からすれば酷い扱いかもしれないが、彼女は文句を言える立場にない。
どういった力であれ、持たざる者には最低限の権利すら与えられないのだ。
そして、俺には絶対的な暴力がある。
――これが妄者ハワード・レントの日常であった。




