第32話 代理戦争⑭
「おっ」
俺は思わず声を上げる。
老人の頭部は既に哭き止んでおり、人間の顔となっていた。
驚きの表情で固まったそれは口から血を吐いている。
蘇ることはなく、ただ無残な姿を晒していた。
妄者にとって斬首は致命傷だ。
一般人の攻撃ではまず成功しないが、同じ妄者の力があれば可能である。
やはり人間がベースなので、頭部の切断や破壊は死に繋がりやすい。
それでも復活してくるような奴もいるが、珍しい部類だろう。
それにしても、老人は決して弱くない妄者だった。
近接攻撃は得意ではなさそうだが、狙撃手として気配察知に優れていた。
その感知網を抜けて不意打ちを受けたらしい。
抵抗する暇もなく一撃で殺されたのではないか。
(気配を感じなかったな。誰が殺った?)
いや、考えるまでもない。
帝国軍には有力な妄者がいなかった。
だとすれば正体は一つ。
俺は魔術師に忠告する。
「気を付けろよ。あいつが来やがった」
「それってまさか……」
「ああ。例の"妄者殺し"だ」
俺が呟くと同時に、老人のいた方角に変化が生じた。
木々の合間に月明かりが差し込み、漆黒の甲冑と兜が現れる。
艶消しの施された黒い大鎌を持っていた。
闇に紛れる騎士だ。
冷酷かつ禍々しい佇まいである。
あれこそが"妄者殺し"だろう。
確かに人間の気配だが、装備は特殊だった。
おそらくは職人系の妄者が作った代物か。
ただし、老人を殺すに至った技量に関しては本人由来に違いない。
影に潜みながら観察を続けていると"妄者殺し"の騎士が消えた。
否、消えたように見えた。
実際は凄まじい速度で移動しているだけだ。
隠密能力も伴って、姿が消えたように錯覚したのである。
騎士は魔術師の前に寄ると、躊躇いなく大鎌を振り下ろした。
結界を一気に断ち割り、羊皮紙となった魔術師の身体を切り裂く。
斜めに胴体を縦断した上で、返す刃で四肢を分離させた。
ばらばらになった魔術師は崩れ落ちる。
千切れた羊皮紙が辺りに散乱し、人型が保てずに蠢いていた。
損壊が大きすぎて修復できないらしい。
そこに花を咲かせた死体が一斉に哭いて飛びかかった。
魔術師のことも気にせず騎士に攻撃を仕掛けていく。
その中には筋肉男の姿もあった。
命令したはずの修道女はいつの間にか不在だ。
厄介な敵を前に、保身を優先して逃げたらしかった。
感心するほどに潔い。
残された俺達の安否なんてどうでもいいのだろう。
もっとも、修道女を責めるつもりはない。
敵前逃亡は信頼を潰す行為だが、死ぬよりマシだ。
彼女の選択はとても賢明と言える。
感心している間に、花付きの妄者達は壊滅寸前だった。
騎士の振るう大鎌に首を刈り取られたのだ。
的確な斬撃は一度に数人を始末していた。
筋肉男も上下に分断される形で対処されてしまった。
そうして敵も味方も皆殺しにされて、残されたのは俺と騎士のみとなった。




