第31話 代理戦争⑬
筋肉男が暴れ倒す間、俺は木々の合間を縫って疾走した。
闇に身を沈めて気配を隠して、敵妄者の視界から逃れていく。
哭くと影の身体になる俺にとって、夜という時間帯は有利に働く。
周囲の闇が増えるほど行動の幅が広がるのだ。
別に昼間でも真っ向勝負で戦えるが、夜闇の利用価値は無視できない。
樹木を滑るように登り、そこから音もなく落下する。
針金みたいな体躯の妄者に圧し掛かり、ガラス玉の頭部を肘打ちを当てて砕き割った。
その妄者は一気に膨らんで人間の死体に変わる。
「ハワード・レントッ!」
俺の名を呼ぶ声がした。
虹色の布を纏う剣士が飛びかかってくる。
残像を散らすほどの速度で接近し、洗練された斬り上げを繰り出してきた。
俺はフォーク状の指で遮る。
そのまま絡め取るようにして剣士の体勢を崩し、相手の首を切断した。
「はは、悪くない一撃だった」
四方八方から妄者が殺到してきたので、影に沈みながら移動する。
途中、連中の四肢を切り裂いて妨害してやった。
そこに暴走する筋肉男が乱入し、動きの鈍い妄者達を焼き殺していく。
(よしよし、連携できている)
厳密には筋肉男の挙動に合わせて俺が立ち回っているだけだが、まあ細かいことはどうでもいい。
上手くいっているのは確かなのだから。
俺は影の中から戦況を眺める。
「こっちに来ないで」
結界で身を守る魔術師は籠城戦を徹底していた。
追い詰められているように見えるが、辺りに罠らしき術を張っている。
調子に乗った妄者が、たまに引っかかって行動不能になっていた。
戦果としては地味だが、中央で囮になってくれるだけでも役に立っている。
壊れかけた結界も修復が完了したようだ。
修道女も同じ結界内にいた。
ただ、ふとした拍子に不審な動きを取っている。
結界に穴を開けて抜け出すと、死体となった敵妄者を蘇生――もとい改造していた。
彼女に弄られた妄者は、全身各所に花を咲かせる。
そして、本来なら味方であるはずの妄者に攻撃を仕掛けていた。
理性は無さそうで、肉体を崩壊させながら戦っている。
使い捨ての戦力として改造したらしい。
回復役としての立場を放棄した修道女だが、戦いに貢献しているので良い。
(そういえば、件の"妄者殺し"はどこだ?)
俺はふと思い出す。
向こうの妄者の質が悪く、物足りないと考えていたところだった。
血みどろになってきた戦場を見回すも、生死問わず妄者しかいない。
そしてついに敵妄者が全滅した頃、後方から奇妙な声がした。
「ぎょわっ」
俺は森の闇を注視する。
沈黙を経て、そこから何かが放り投げられた。
地面にぶつかって転がったのは、狙撃手の老人の頭部だった。