第28話 代理戦争⑪
(妄者の生死は自己責任だ。誰も咎めることはできない)
筋肉男はまんまと奴隷にされてしまった。
元凶である修道女は倫理から外れているが、俺を含めた他の妄者は誰も何も言わない。
何が起こったのか察しているものの、それについて責めることはなかった。
妄者の中では力こそがすべてだ。
たとえ裏切られたとしても、そこで死ねば文句は言えない。
筋肉男は自由と尊厳を失った。
しかし、それは彼自身が弱かったからだ。
修道女の行動を糾弾したければ、呪縛を破って正気を取り戻さなくてはならなかった。
(まあ、たぶん無理だろうがな)
修道女は妄者として優れた力を持つ。
歴の浅い筋肉男では敵わないだろう。
彼は今回の依頼で捨て駒にされるのではないか。
大したパワーを持っているが、奴隷として重宝するほどではない。
元より前線で暴れるタイプだ。
帝国軍との戦いで使い潰されることになるだろう。
その扱いには同情するものの、わざわざ助ける気などはなかった。
発端はこいつが俺に喧嘩を売ったことだ。
そこで負傷しなければ、このようなことにはならなかった。
恨むなら己の軽率な行動を恨むべきだろう。
「爺さんはそろそろ離れときな。いつ敵と遭遇してもおかしくない」
「分かって、いる……」
俺が指示すると、老人は腰を曲げて踵を返す。
途中、小柄な体躯が錆びた銅に変貌した。
四肢の軋む音を立てながら、木々の合間の闇へと消えていく。
たったそれだけで、老人の気配が希薄になった。
よほど意識しなければ姿を掴めなくなってしまった。
(認識阻害の力か)
隠密系統の妄者は少なくない。
ただ、老人の技量はその中でも上位だろう。
これだけ気配を誤魔化されると、常人ではまず感知できない。
たとえ魔術を使っても特定は困難だ。
その状態から狙撃できるのだから、かなりの脅威となり得る。
夜の森は老人にとって良い環境であった。
半ば独壇場で、味方である俺達にとって非常に頼もしい後衛だった。
「ふむ」
俺は歩きながら空気の流れを感じて足を止める。
五感を集中し、笑みを深めた。
魔術師が不審そうに声をかけてくる。
「どうかした?」
「防御魔術を張ってくれ。なるべく頑丈な奴な。あと、もう哭いた方がいい」
「まだ敵は来ていないわ」
「そんな悠長なことは言ってられなくなるぜ」
答えた直後、何かが飛来してきた。
俺は右手を哭かせて防御する。
それは近くの樹木に突き刺さる。
月明かりを反射させて輝くのは、銀色の短剣だった。
「そら来た」
「……っ」
魔術師は慌てて防御魔術を展開する。
さらに全身の皮膚がめくれ上がって変貌し、ローブを着た人型の羊皮紙となった。
皺だらけの羊皮紙は骨格や皮膚の役割を担っているようだ。
顔面にあたる場所には、赤い水晶がめり込んでいる。
おそらく眼球にあたる部位だろう。
魔術師に倣って、筋肉男と修道女も既に哭いていた。
修道女は咲き誇る花に埋め尽くされた姿となった。
筋肉男は岩の巨躯だ。
ただし、肩と頭の花は残ったままだ。
こちらの戦闘準備が整った頃、前方の闇から複数の気配がやってくる。
確かな殺気を帯びて高速で接近しつつあった。
「はは、考えることは同じだったらしい」
飛びかかってきたのは多用な異形――すなわち妄者の集団だった。




