第10話 虐殺の対価⑥
ハンニルが傀儡であるのは一目瞭然であった。
とても妄者に喧嘩を売るような人間には見えない。
誰かに命じられたのは丸分かりだ。
部下を使って自分は現場に来なかったのも、こいつが臆病だからだろう。
俺が直談判に訪れた瞬間も、ここから逃げ出そうとしている。
そこまで怯えるのなら、そもそも捕縛命令なんて出すわけがない。
何らかの理由で命令を出さざるを得なかったに違いなかった。
「どうして躊躇うんだ。すべてあんたの責任になっちまうぜ」
「し、しかし……」
「安心しな。裏切ったところで報復は来ない。俺が皆殺しにするからな」
「本当か?」
「信じてくれよ。我ながら約束は守る男だぜ」
俺はハンニルの目を見て説得する。
殺意は一時的に抑えておく。
ここで威圧する意味はないからだ。
とにかく信頼感を獲得するのが先決であった。
(こういう奴は力に弱い。反抗するだけの気力は持っていないだろう)
別に拷問で情報を引き出してもいいが、その手間が面倒だ。
人間を解体して喜ぶ趣味もないので、なるべく穏便な方法で吐かせるのが一番であった。
ハンニルにとってもそれが望ましいのではないか。
「う、うぅ……」
追い詰められたハンニルは口を無意味に開閉する。
視線をあちこちに彷徨わせて、何か言いたげだった。
ところが俺の目を見た途端に押し黙る。
それを何度か繰り返した末、やがて決心したのか震える声で言う。
「分かった。すべて話そう。その後、解決まで私は身を隠す」
「勝手にしな。どうせ三日もかからないさ。ちょっとした休暇と思えばいい」
俺がそう促すと、ハンニルは少し安堵して頷いた。
どうやら信頼してくれたらしい。
恐怖と焦りで判断力が馬鹿になっている。
(情報を吐いた後に殺される可能性を考えていないのか?)
本能的にその展開を頭から追い出しているのかもしれない。
誰だって非情な末路からは目をそらしたいものだ。
ハンニルは聞き逃しそうな小声で言う。
「懇意にしている組織から、君の行動を制限するように言われたのだ。少しだけ時間を稼ぐだけで大金を支払う、と」
「なるほど。で、どこの組織が依頼してきたんだ」
「それは――」
続きを言おうとしたハンニルが、不自然なタイミングで止まる。
その首を鋼鉄製の矢が貫通していた。
見れば近くの窓に穴が開いている。
ハンニルは、外から狙撃されたのだった。
「あ、ぃえ……ぁ?」
ハンニルは呆然と涙を流す。
痙攣する手で矢を触りながら吐血した。
そこからふらついて窓に寄りかかる。
「な、ななな、だっい」
体勢を崩したハンニルは、その身を窓の外へ投げ出す。
すぐに地上から鈍い音がした。




