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正直に言って、妙な見た目をしています

生まれてきた赤子を見て最初に悲鳴をあげたのは、年老いた産婆だった。

三十年も村の赤子を取り上げてきた産婆が、恐怖に取り乱しながら産屋を飛び出してきたので、赤子の父親の男は、妻と我が子に何か異変があったのかと顔を強張らせた。

妻の名を呼びながら産屋に駆け込んだ男を迎えたのは、濃い血臭と、重労働に疲れ切って弱った風情の妻と、彼女が抱いた、元気な産声をあげる小さな赤子だった。異変はどこにも見当たらない。

初産である妻を置き去りにして自分だけ遁走した産婆を、男は罵った。

「何があった!? 無事なのか!? ああ、こどもは……」

妻の傍に駆け寄った男は、子どもを抱きかかえる妻の腕が震えていることに気づいた。

「あなた……あなた……」

縋るように男を見上げ、乱れる心を抑えるように、妻は赤子をきつく抱き直した。落ち着かせようと、男は妻の腕に触れた。

「わたしは……わたしは、ああ、どうしたらいいの!?」

「なんだ、どうしたんだ? 落ち着きなさい!」

「だめよ、この子はわたしの子よ! 化け物なんかじゃない!」

突如泣き叫び出した妻が吐いた化け物という言葉に男は動揺した。母親の泣き声につられたように、赤子の産声もいっそう大きくなった気がした。

「いったい何なんだ……」

泣きじゃくる妻の肩に腕を回そうとして、男はそのとき初めて我が子を見た。

「なんだ、これは……!?」

産婆を驚かせたのはこれか。

この赤子の柔らかな頭部にうっすらと生えた髪の色は紛れも無い純白。

(いや違う……これは金髪だ)

男は無理に自分にそう言い聞かせた。

そう、赤子は常に色素が薄いものだ。成長して見事なブロンドになった者は、幼いころはしろと見紛うようなプラチナブロンドであることが多い。

(この子は少し色が薄いだけ……)

しかし、男の期待は裏切られる。

涙を流す母親が頬を寄せてすりつけたのに反応して、赤子が目を開いた。

男は今度こそ恐怖の叫びをあげた。

薄桃色のその双眸に。




バケモノさんは、正直に言って、妙な見た目をしています。生まれたときから白い髪の毛に赤い目で、バケモノさんの父親は、そんなバケモノさんを見て盛大な悲鳴を上げたそうです。普通の人はそんな色で生まれてきたりはしないものだからです。

とても気味が悪い赤ん坊のバケモノさんを見て、バケモノさんが生まれた村の人たちはもしかしたら災いを呼ぶかもしれないと考えました。そこで、バケモノさんはすぐに殺されることに決まりましたが、旅の預言者(本人曰く)が

「殺すと祟るかもしれないぞ」

と言って村人たちを散々脅したので、バケモノさんも怖いけれども祟りも怖い村人たちは仕方がなくバケモノさんを十二歳くらいまで育てました。

後にバケモノさんのお母さんが教えてくれたところによると、旅の預言者は預言のあとお母さんのところに立ち寄って、「これで子どもは死なずに済むだろう」とウィンクをしてみせたそうですから、本当に預言者だったのかどうかはわかりません。わかりませんが、少なくともバケモノさんとお母さんにとっては、立派な救世主でした。

バケモノさんが十二歳になった頃に、流行病が村を襲いました。原因はまったくわかりませんでしたが、たくさんの人がばたばたと高い熱に倒れていき、お年寄りや子どものように、体の弱い人から順に亡くなっていく、恐ろしい病気でした。

これはきっと、いや、絶対に、バケモノさんのせいだ、と村人たちは相談して頷きあい、バケモノさんを殺そうとしました。しかし、バケモノさんのお母さんは、たとえどんな色の髪と目だろうと、自分が生んだ子がとても可愛かったので、村人たちにきづかれないうちにバケモノさんと一緒に村から逃げてしまいました。

余談ですが、バケモノさんがいなくなった後も、病は村から消えませんでした。



さて、バケモノさんとお母さんがとりあえず村から逃げ出してみたものの、どこへ逃げたものかわかりませんでした。立ち尽くしているわけにも行かないので、とりあえず、道を辿って一番近い村へ行ってみました。

隣村の村人たちは、バケモノさんを一目見るなり叫びました。

「化け物だ!」

拳よりも大きな石をたくさん投げられて、バケモノさんとお母さんは慌てて逃げ出しました。

そのさらに隣の村に行ってみましたが、同じことでした。

どこへ行っても石を投げられ、罵られることに悲しくなったバケモノさんは、もう人間の近くには近づかないと決めて、森の中で暮らすことにしました。

それでも、お母さんには人間たちと一緒に幸せに暮らして欲しかったので、ある日お母さんが人間の村の近くでうたた寝をしているところを見計らい、お母さんを置き去りにして一人で森の奥へ行ったのでした。

お母さんは悲しんだでしょうが、きっと結局は人間たちと楽しく暮らせていることでしょう。

そうして何年か経ちました。

バケモノさんはそろそろ寂しくなってしまって、とある村へ行ってみることにしました。村の近くに来たとき、バケモノさんは怪我をして動けない人間を見つけました。人間は、バケモノさんを見るなり悲鳴をあげて命乞いをしました。

「食べないで下さい! 食べないで!」

バケモノさんは人間は食べないのですが、そうとは知らない人間は叫び続けます。

「私にできることなら何でもします! あげられるものなら何でもあげます! だから、食べないで!」

ぎゃあぎゃあ騒ぐ人間の相手が面倒臭くなって、いい加減森の奥に帰ろうかな、と考えていたバケモノさんはその言葉に心を動かされました。いいことを思いついたのです。

「――――何でも?」

「何でも!」

人間の顔があまりにも真剣で必死なので、バケモノさんはその言葉を信じることにしました。

バケモノさんは、人間を助けて、村まで連れて行ってあげる見返りに、あるものが欲しいと言いました。

「人間が一人。言葉を話せて、元気な人間が一人欲しい」

何でもお喋りできる友達が欲しかったのです。

しかし人間は、きっとそれは食べるために、さもなければ、お嫁さんにするために欲しいのだろうと思いました。

「若くて美人の女を連れてきます!」

別に美人である必要も女である必要もないけれど、若い方が長く一緒にいられるだろうと思ったので、バケモノさんは頷いておきました。

そして、バケモノさんが怪我をした人間を村に連れて行った翌日、バケモノさんが教えたとおりの森の中のある場所に、女の人が一人きりで置き去りにされていました。女の人は、バケモノを見るなり

「化け物!」

と叫びました。

「あんたみたいなのに食われるくらいなら、死んだほうがマシよ!」

そしてその言葉通り、隠し持っていたナイフで自分の喉をついて死んでしまいました。

バケモノさんは友達が欲しかっただけなのに。

バケモノさんは、村の外れにやってきて、女の人が自分で死んでしまったことを伝えました。

「一人では、まだ、足りないのか……」

けっしてそういうわけではないのですが、助けてやった村人は苦々しい顔をしながら、また後日新しい女の人を連れて行くとバケモノさんに約束しました。

次の女の人は、バケモノさんを見るなり、

「化け物!」

と叫んで、怯えて森の中に逃げ込み、バケモノさんが止めるのも聞かず、危ない獣のいるあたりに迷い込んで食われてしまいました。

バケモノさんは、次に村に現れたときに、美人でなくても女でなくてもまったくかまわないから、自分から逃げない人間がいい、と助けた村人に伝えました。村人は少し考えて、

「七年待ってください」

と言いました。

バケモノさんは、七年待ちました。何年も待つうちに、一人ぼっちで暮らすことにも随分慣れて、人間との約束なんてどうでもよくなっていましたが、それでも七年経ちました。

そして約束の七年後、連れて来られたのが、このイケニエの女の子なのでした。

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