双子
義勇兵と言うのは、いくつかの守らなくてはいけない掟がある。
いくつもの掟の中で、もっとも重要視されているのが、《義勇兵になるには、義勇兵事務所とギルドの両方に所属を置かなければない》と言う掟だ。
【ギルド】とは、義勇兵に対し、“スキル”と呼ばれる技・魔法を教える団体の事だ。義勇兵達は皆、いくつもあるギルドの中から一つの職業を選ばなければいけない。
ギルドの数は多種多様で、戦士、狩人、拳闘士、呪術士、僧侶などなど、多くのギルドが存在している。
シュゲンも拳闘士ギルドに所属していて、拳闘士としての技術や技を教えられている。
そして、シュゲンの視線の先で、ゴブリンの群れと戦っているのは、服装や装備から見て、“狩人”と“陣法士”だろう。
狩人は男の子で、動かし易い古着の服に革製の胸当てを身に付け、短剣を振るっているが肩には弓を掛け、矢筒も背負っている。もう一人は女の子で、キモノと呼ばれる衣服を着て居て、手には鈴の付いた杖を持っていた。
「あの二人・・・新人か?。不味い、二人共まともに戦えてない。」
狩人くんが如何にか、前に出て果敢に攻めているけど・・・遠目でも分かるほど、腰は引けているし、手足も震えて居て、攻めて居てもゴブリンは軽々しく避けられてしまっている。
陣法士ちゃんに関しては、薄暗くて表情までは見れないけれど、その場に座り込んでしまって居て、恐らくは戦意喪失してしまっているんだろう。
「手助け・・・するしかないよな?」
オレは厄介な事になったとため息と吐きながら、二人の元へと駆け出した。
本来なら、義勇兵は自己責任で仕事を行わなければならないと言うのが、暗黙のルールだ。なので、一度依頼を受けたなら、失敗したら賠償金を払わないといけないし、命の危険があったとしても自分で何とかしないといけない。
オレ自身も危ない目に何度かあったけど、誰も助けてはくれなかった・・・だから、今回も本当なら助ける義務なんてないんだけど、目の前で歳下の連中が死なれるのは目覚めが悪い。
駆け出すと同時ぐらいに、「がぁぁ!!」と言う狩人くんの悲鳴が聞こえて来た。どうやら、ゴブリンの攻撃を受け止められずに、モロに食らってしまった様だ。
ゴブリンの持っている得物は、大抵は錆びた剣とか斧とかで、狩人くんの右腕に食らわせたのは棍棒を振るっているゴブリンみたいだ。防具を付けているとはいえ、ギルドから配給される新人用の防具だろうから、大したものじゃない。
いくらゴブリンだと言っても、マトモに食らって仕舞えば、骨の二、三本は折れてしまう・・・というか、狩人くんは折れてるんじゃないか?。
悲鳴を上げながら倒れ、右腕を抑えているのが見えた。
マズい。彼が倒れてしまった所為で、完全に追い込まれてしまっている。
「クソッ! 間に合え!!」
走りながら、そこら辺に転がっている石コロを掴み、狩人くんに近いゴブリン・・・と言うか、ゴブリンならどれでも良いから当たって欲しいと願いながらゴブリン目掛けて、投げつけた。
投げた礫は、大半は突拍子の無い方向へと言ってしまったが、思っていたよりも多くの石がゴブリン・・・ゴブでいいや。
ゴブ達に命中して、「グガァァ!?」とか「グゥエエ!!」とか叫びながら、オレの方に振り向いた。
狩人くんや陣法士ちゃんも、オレの方を驚いていて言っていたけど、今はそれどころじゃ無いので無視だ。
「はいはい!! こっち向いて向いて!!。てぃやぁあぁぁ!!」
ゴブ達の注意がこっちに向いた頃には、ゴブ達はオレの間合いに入ろうとしていた。
確実にゴブを狙いたいけど、そうも言ってられない。取り敢えず、二人に一番近いゴブ目掛けて、飛び膝蹴りを繰り出した。
拳闘士の固有スキルのお陰で、跳躍力が上がってくれているので、ゴブが臨戦態勢に入ろうとしていた時には、膝蹴りがゴブの顔面にヒットしていた。
膝に当たったゴブの顔面・・・いや、頭蓋骨が折れてた感触とめり込む感覚が伝わって来た。折れたのは、鼻の骨ぐらいか?。意外とゴブって丈夫なんだよな・・・面倒くさい事に。
だが、そのお陰で、ゴブは吹き飛んで行き、盗賊くんとゴブ群れの間に入る事が出来た・・・まぁ、ここまでは良いんだが、この後はどうしたもんか。
流石にゴブ群れも、「グアァア!!」と威嚇声を出しながら、オレのことを敵だと見なして、持っている武器を構え始めた。残るは四体もいる。正直、オレも疲れてるし、これ以上戦いたく無いのが本音だけど・・・そう思いながら、ゴブ達に対して牽制をするのを忘れ無いように気を付けながら、後ろにいる二人に話し掛ける。
「平気!?・・・って、平気なわけないよな?。 えぇっと、今どんな状況?」
「えっ・・・あの・・に、兄ちゃん・・誰?。えっと、えっと・・・」
「今はそんな事話してる暇ない!。 怪我は! 動けるのか?! 走れるのか!! ハッキリしろ!!。 って! ちょ、おいコラ!?。こっちは話してる最中だってのに!!。」
狩人くんが倒れて腕を抑えながら、現状が理解出来ない様だったけど、だからと言って懇切丁寧に自己紹介をする訳にも行かない。
話も終わっていないというのに、ゴブ達が一斉に襲い掛かって来た。全く、マナーのなっていない奴らだ。
だけど、ゴブ達の目標は盗賊くん達から、オレに変わった様でオレに向かっている。オレは反撃は控えて、守りに徹し、手甲とグリーブで守られた手足を駆使するスキル【守式 柔の壱型・流】で、ゴブ達の攻撃を弾き返しながら応戦を始めた。
【守式 柔の壱型・流】は攻撃を受け止めるのではなく、受け流す守りのスキルだ。受け流す事で、直接的なダメージを受けなくて済むし、次の行動が取れ易くなるスキルなんだけど、その分体力を奪われてしまう。
なので、あまり長時間は使えないし、まだオレも使いこなせていない分、完璧には受け流せない。
と言う状況下で、ついついキツめに言ってしまって悪いとは思うけど、こんな状況だとしょうがないでしょ?。で、オレが怒鳴ると、二人はビクってなりながら、しどろもどろに返事をしてくれた。
狩人くんはオレの予想通りで骨折してしまっている様だ。他にも怪我をしているらしいけど、「大丈夫、です・・・」と言って居たが、多分走るのは難しいだろう。
対して、陣法士ちゃんの方はほぼ無傷らしく、何とか走れると怯えながら答えてくれた。なら、一人だけなら何とかなるか。
「おい、合図したら森の方に逃げるぞ!。」
「「えっ!?」」
二人が驚いている間も、ゴブ達の攻撃をどうにか防いでいた。勿論、いくつか攻撃をくらっているが、クリーンヒットはしていない。それでも、痛くない訳がないし、そろそろ我慢の限界だ。
オレはタイミングを見計らい、ゴブ・・・取り敢えず、ゴブリンBとしておこう。Aは因みに、膝蹴りを食らわせた奴ね。
そのゴブBが大振りの攻撃をしようと、大きく持っている武器を振り被った瞬間を見逃さずに攻め込んだ。
深く踏み込み、全身を使って拳を前方へと突き出した・・・拳闘士の基本スキル【正拳突き】だ。
ただ殴る様に見えるけど、全身の可動域を駆使して繰り出す拳は、単純に殴るよりも威力がダントツで違う。
ゴブBの土手っ腹に当たった拳は深々とめり込み、ゴブの骨をボキボキと砕ける音が間近で聞こえ、ゴブの口から鳴き声にならない声も一緒に聞こえた。
そして、ボールが壁に跳ね返る様に吹き飛んでいくゴブB・・・そして、ゴブBが吹き飛んだ先にいた三体のゴブに衝突した。
「今だ、走るぞ!!」
吹き飛ばされたゴブ達を確認したオレは振り返り、大声で叫んだ。
その合図に陣法士ちゃんは森へと走り出し、オレは倒れている狩人くんを肩に担ぎ走り出した。森の中を三人で走り抜けて行くと、「お、追ってきた!!」と担がれている狩人くんが叫んいる。
後ろを振り向きたい気持ちを抑え込み、ひたすら前を向いて走るしか無かった・・・少しでも遅れたら、追い付かれてしまうだろう。
それだけは避けたい所だが、この後はどうする?。流石に、このまま走り続けるのは難しいだろう。
「あ、あの、あそこに隠れそうな場所が・・・」
どうやって、この状況を凌ごうかと考えていると、少し前を走っていた陣法士ちゃんが指差していた。シュゲンがその方向を見ると、少し離れた所に見えたのは、旧市街が使われていた頃の名残だろう朽ちた建物が見えた。
確かに、このまま走るよりも隠れた方がやり過ごせるかも知れない。
「よし、分かった。一先ず、あそこへ逃げ込もう。」
「「は、はい!」」
シュゲン達は森の中を右往左往しながら駆け抜け、目的地として決めた建物へと逃げ込む事に成功していた。実の所、途中からゴブ達の追っては巻けたのだが、念の為に建物へと逃げ込んでいた。
逃げ込んだ建物は、宿屋だったのだろうか?。一階は受付や食堂で、二階が客室だったらしいが半分以上は朽ちていて、木々に呑み込まれている。
シュゲン達は茂ってる木々を間を登り、二階の客室部分だった場所に残された僅かな空間に逃げ込んでいた。
「巻けた・・・みたいだな。はぁ・・・しんどかった。」
ゴブ達の気配は完全に消えている。物陰から少し顔を出し、辺りを見渡し安全を確認出来ると、シュゲンは一気に気が抜けてしまい、情けない声が出てしまっている。
「あ、あの・・・」
「多分、もう大丈夫だと思う。取り敢えず、もう少し隠れてからここを離れよう。」
シュゲンの横で心配そうに見つめている陣法士ちゃんが居て、彼女に膝枕されている狩人くんが横になっている。
「だから、それまで彼の“治療”をしてあげて。 君は陣法士だろ?」
「は、はい!。えぇっと・・・法式展開・・・【治生の陣】」
陣法士ちゃんが返事をすると、横たわっている狩人くんに両手を向けた。すると、地面に“法式陣”と呼ばれる魔法陣が現れると、鮮やかな緑色の光が輝き出した。
すると、法式陣の中心で横たわっている狩人くんの体に変化がおきる・・・緑の光の粒が、狩人くんへと流れ込み、傷が少しずつ消えていく・・・いや、癒されている。
義勇兵の街・エルドアには、数多くのギルドが存在する。その中には、傷付いた人々を癒す事が出来る職業がある。
その中の一つが、彼女の職業である陣法士だ。陣法士は“陣法術”と呼ばれる治癒術を使う職業なのだ。
その特徴は法式陣内にいる味方の怪我を癒す事が出来る事だ。難点は限られた空間しか癒す事が出来ないし、治療速度は他の治癒術に比べ、少し遅いのが難点だ。しかし、一度に大勢の治療が可能で、仲間との連携が出来ればかなり心強い職業と言える。
「うぅ・・・あれ、痛くない?」
「“イッセー”!?・・・よ、良かった・・・うぅ。」
暫くすると、治療が済んだ様だ。横になっていた狩人くんが驚いた様に起き上がり、それを見た陣法士ちゃんが涙を流しながら、狩人くんに抱き着いた。
うんうん、なかなか感動的な光景だ。オレはそんな二人を見ながら、少し和んでいるとある事に気が付いた。この二人・・・顔が似てると。
助けた時よりも夜も更けてしまい、辺りは真っ暗になっていたのでよく見えなかった。だが、ようやく夜目に慣れて来て、二人の顔をようやく見る事が出来る様になったからだ。
「あ、あの、助けて下さって、ありがとうざいます!!。」
「助かりました!!」
感動の時間が終わった様で、涙を拭った風水士ちゃんがオレの方を向き、深々と頭を下げる。それに続く様に盗賊くんも頭を下げた。
どうやら、先程まで元気のなかった盗賊くんも、治療のお陰で元気になっている。
「無事で良かった。と言うか、こっちも悪かったよ。もう少しカッコ良く助けたかったんだけど、こんな有り様だし。」
「いえ、そんな事ないです!?」
「そうっス!?。あの時、もうダメかと思ってたっス・・・兄ちゃんには感謝してるっス。」
出来たら、ゴブ達を全員倒せたらカッコ良かったかもだけど・・・我ながら情けない。けどまぁ二人共、あんな無様な結果だったけど、気にして無い様だった。
だけど、狩人くんはなんだか情けなさそうな表情を見せながら肩を落とし、陣法士ちゃんもつられる様に俯いてしまった。
多分、助けられなかったら、どうなっていたか・・・と改めて、実感して落ち込んでいるんだろうな。
オレにもそう言った経験が有るから、何と無く分からないでもない。
「そうだ。自己紹介がまだだったね?。オレはシュゲン、見て通りの拳闘士なんで宜しく。ところでさ、二人って兄弟なのかな?。」
ちょっと無理やりだったかな?。まぁ、あのまま重い空気のままなのも嫌だし、無理矢理にでも話題を振ってしまった。
すると、案の定、二人共キョトンとした表情を見せたが、落ち込んでいた狩人くんは元気な笑みを見せた。
「おれ、イッセーっス!。職業は【狩人】っス。兄ちゃんの言った通りで、おれ達は双子っス。」と、イッセーと名乗った狩人くんが、その名の通りの元気の良さで自己紹介をしてくれた。
「私、は・・・スズハ、です。職業は陣法士です・・・私たち・・義勇兵にはつい最近なったばかりで・・・」と、イッセーの後に申し訳なさそうに自己紹介をする陣法士ちゃん事、スズハが頭を下げた。
オレは自己紹介をした二人を和ませようと、笑顔を見せながら、「よろしく、イッセーくん。スズハちゃん。」と言うと、イッセーは満足げに笑い、「ウッス!」と返事をし、スズハも緊張が少し解れた様だった。