三年後の義勇兵
「んっ・・・あぁ・・・もう朝?」
とある宿屋の一室で眠っていた男は、カーテンの隙間から射し込む光が目元が照らされて、心地良く寝ていたが目を覚めてしまった。
ベッド上で気怠い体を起こした。その右肩と左胸には、刺青の様な紋様が刻まれ、視線が引かれてしまう。
体を起こし切った瞬間、見えている世界がグラっと歪んで見えて、驚きと同時に気持ち悪くなった。
頭を抱えて、激しい頭痛と吐き気に耐えている男は、三年の月日が経って成長したシュゲンであった。
「気持ち悪りぃ・・頭痛ぇ・・・昨日、飲み、過ぎた。」
歪んで見える世界と割れる様な頭痛、体の気怠さに襲われて、最悪の目覚めを体感してしまっていた。
あれ・・・昨日、何してたんだっけ?。二日酔いの所為なのか、昨日の事が思い出せない。確か、仕事が終わって、飯のついでに飲み始めて・・・そうだ。
シュゲンは始めは軽く済ませようとしたら、近くにいた奴らと一緒に飲むことになって・・・奢って貰ったんだっけ?。
記憶は酒場で飲んでいたけど、途中までしか無くて、自分の宿屋に戻ってきた記憶がないだけど。
「んんっ・・・ぐぅ〜・・・ぐぅぅ〜〜!・・・」
「あぁ〜・・・なるほど。」
昨夜の事を思い出そうとしてたオレの隣から寝息が聞こえてきた。
その寝息を聞いて、ゆっくりと視線を向けると、オレがどうしてここに居るのか分かってしまい、情けなくなってしまった。
隣で寝ているのは、酒場で一緒に飲んでいた連中の内の一人の男が眠っていた。しかも、気づけば、オレと寝ている男は、お互い裸で一つのベッドにいた。
「あぁ〜・・・またやっちゃったか。」
こんな状況では、そういう事をしたとしか考えられず、オレは自分に呆れ返ってしまったいた。
はぁ・・・少し禁酒した方がいいのかも知れないな。
後悔しながら、オレは今だに痛む頭痛と二日酔いの痛みに耐えながら、静かにベットから降りた。辺りを見渡し、乱雑に散らばっている自分の服を拾って、着替え始めた。
一応、財布の皮袋の中身を確認したが、金が盗まれていない様で安心すると、オレは物音をたてない様に部屋を後にした。
そして、宿屋を後にしたオレが外に出て、建物を改めて確認する・・・案の定、普通の宿では無く、”休憩宿”の様だった。
休憩宿とは、つまりはそう言った事の為の場所だ。その証拠に、オレが出た後から男同士と女同士の二人組が一夜を楽しみ終えて、宿を後にしていた。
シュゲンは出て来たカップルを何組か見送ると、自分が本来止まっている宿屋へと歩き出した。
あのギルドでの出来事から、既に三年の月日が経っていた。
あの後、シュゲンは滞りなく義勇兵となった。そして、義勇兵となったシュゲンは数多くの仕事をこなし、一人前に義勇兵にまで成長した。
幼さが残っていた体は三年の年月と、過酷な義勇兵としての仕事のお陰なのか、逞しく成長した。
褐色の肌をしたシュゲンは十六歳になり、身長も百八十センチ近くにまで伸び、筋肉のついた恵まれた体格にまで成長していた。
今の歳を考えれば、まだ背が伸びる見込みがあるし、止まっても別に良いとも思える。
シュゲンの居るのは、ヴァルドニア王国と言う国にある【エルドア】と言う街だ。
シュゲンは義勇兵となった日から、このエルドアを拠点として生活をしているが、シュゲン以外の義勇兵もここを拠点としている連中は数多くいる。
エルドアの街は、殆どが石造りの建物で、その半数は長い年月を経て、殆どが崩れている。
しかし、そんな建物を利用しているところが殆どだ。その他は、木造建ての建物だったり、屋台やテントなどで生活している人が多い。
そんな街中をシュゲンは戸惑いなく進み、ようやく目的地である宿泊宿に戻って来た。
【銀遊亭】と言う宿で、シュゲンは一度受付に顔を見せ、帰宅した事を伝え、ついでに朝食を注文している。
朝食を済ませると、借りている部屋へ戻り、仕事に行く為の準備を済ませた。
着ていた私服から着替え、ノースリーブのアンターシャツの上に、皮革製の胸当てを身に付けていた。胴体は動きを妨げない軽装の防具のみだが、両手足には金属製の丈夫に作られた手甲(手の甲から肘まで)とグリーブ(脛から足の甲まで覆う鎧)を身に付けていている。
その二つは防具としても機能しているが、“武器”としても役目を果たしている。シュゲンは“拳闘士”としての装備を装備していた。
武具を身に付けて、身支度を整えたシュゲンは荷物の入った袋を担ぎ、部屋を後にした。
宿から出た頃になると、街中の賑わいもピークになっていて、市場が最も盛り上がりを見せていた。
オレが暮らしている街・エルドアは、別名:義勇街と呼ばれる程、義勇兵が暮らしている。街を歩けば、大抵が義勇兵で、一般の住民は殆ど居ないと言っていいほどだった。
義勇兵が7割、一般住民が1割で、残りの2割は義勇兵に関係の連中や商売人だ。だからなのか、行商人の行き来も多くて、毎日の様に賑わっている。
そんな賑わっている街中を進んでいると、屋台を良く見かけてしまう。その中でも、串肉の屋台が良い匂いを漂わせていて、今すぐ買って食べたいところなんだけど、それよりも今日の仕事を決めなければならないので、渋々諦めた。
色んな誘惑と葛藤しながら、たどり着いたのはエルドアの中心部にある傭兵師団エルドア事務所・通称・”ホーム”へと辿り着いた。
既にホームの周辺では、同業者である義勇兵達が出入りしているのが見え、シュゲンもその中に混じり、ホームの建物中へと入り、向かいの壁へと進んでいく。
正面玄関の目の前にあるのは、依頼盤と呼ばれる掲示板で、そこにはエルドア周辺から寄せられた依頼内容が書かれた紙がびっしりと貼られている。
依頼用紙には、依頼している仕事内容、報奨金額、達成までの締め切り期間が書かれている。
「さてと、今日はどれにしようかな?」
オレは依頼盤を眺めながら、今日の仕事を選び始めた。依頼は無闇に受けるものではなく、自分の背丈にあった物を選ばないといけないのが定石だ。
例えば、依頼内容が魔物と呼ばれるモンスターの討伐だった場合、弱い魔物なら問題ないが数を倒さないといけない場合、一人だと時間も労力も馬鹿にならないし、下手をしたら身の危険に晒される事もある。
それに、時間内に終わらせられない場合は、逆に自分が賠償金を払わないといけなくなる・・・金儲けの為の仕事なのに、そんな目には会いたくない。
そんな事にならないように、自分の力量をちゃんと把握しないといけない。オレなんて、義勇兵になりたての頃は、何度も失敗しては金欠になった事が何度かある。辛かった・・・本当に辛かった。
なので、そう言った自体を避ける為に、他の義勇兵の連中は、数人の小団を組んで依頼を受ける事が多い。
人数がいれば、それなりに高いレベルの依頼を受けても平気だし、賞金も高くなる。勿論、最後には報奨金は分配するので、報奨金によっては勿体ない事もあるが安全に稼げるというのは、魅力的な意味がある。
「オレもそろそろパーティでも組むかな?。」
シュゲンは依頼盤を眺めながら、小さく呟いた。ここ最近は、ソロで依頼を受けていたシュゲンは、一日最低限の金額しか稼げていない為、懐が寂しくて仕方がないのだ。
義勇兵は一般職と比べると危険なリスクが高いが、その分大金を儲かれる仕事なのだ。だが、その為に必要な出費も多い。
武器、装備の修理や新しいものを購入するのもタダでは無い。ケチり過ぎれば、ここぞと言う時に問題が起きる場合もあるから、定期的に金が必要になる。
そう言った出費が嵩み、生活が厳しくなって来ていたのだった。
「かと言って、今更パーティ組んでくれる奴が居るかどうか、っと。・・・これでも受けるかな?」
今後の事を考えながらも、取り敢えずは手頃な依頼を見つけ、依頼書を千切り取った。
今回は、エルドアの北の方にある旧市街へ向こう事にした。依頼内容は、“旧市街跡周辺”に生息しているゴブリンを十体狩る討伐依頼だった。
報酬は銀貨二枚らしいけど、追加で狩れば一体につき、銅貨五枚と追記されていた。
一人でゴブリンを十体か・・・まぁ、無理はしない様にすれば、何とかなると思う。それにソロで銀貨二枚はかなりデカイ。
銀貨一枚は銅貨百枚分に相当する通貨。銀貨一枚あれば、一週間は普通に暮らせるぐらいの金額だ。
屋台の飯が大体銅貨三〜四枚ぐらいだし、酒場の酒も同じだ。宿屋は一泊銅貨十枚ほど掛かるけど・・・。
そう考えれば、銀貨二枚に追加の銅貨が有れば、なかなかの報酬の様に思える。
少し考え込んで、受ける事に決めたオレは、依頼書を持ってホームの中に設立されている受付で手続きを済ませ、その足で旧市街跡へと向かって行った。
旧市街跡は、エルドアの街から北に向かって、2時間程歩いた場所にある。
今から百年ぐらいの大昔、この場所でエルドアの街は栄えていたらしい。けど、突如として、ゴブリンを始めとする魔物が街を襲い、壊滅。当時の街の住人達はどうにか逃げ延びて、今の場所にエルドアへと移り住んだらしい。
今現在では、時間と共に朽ち果ててしまって。その殆どが森林化してしまっている。だけど、良く見れば当時の面影を残した建物の跡を見かける事が出来る。
「うらぁぁぁぁ!!」
森林化している旧市街跡の中で、シュゲンは手甲を身に付けてた拳を握りしめ、前方へと突き出した。
すると、「ふぎゃ!!」と言葉にならない悲鳴が響き、小さな人影が吹き飛んでいく。
吹き飛んで行ったのは、深緑色の肌と尖った耳と鼻があり、大きな口には尖った牙が生えているのが特徴的な人間に近い体型をしていた。だが、その肌は人間の物ではなく、深緑色の肌をしている。
全長は150センチあるか無いかと行ったとこだろうか。衣服の類は身に付けず、上半身は裸でボロい布を腰に巻いているだけの姿をしてるのは、ゴブリンと呼ばれる魔物だった。
「ふぅ・・・ようやく十体目。あぁ、しんどっ・・・。やっぱり、一人だとキツかったかな?。」
旧市街に辿り着き、数時間が経とうとしてた。到着した頃は、まだ日が高かったけれど、既に暮れ始めている。薄暗くなった森の中で、シュゲンは疲れ切った顔で肩を回しながら、周辺を見渡していた。
シュゲンの周りには、先程殴り飛ばしたゴブリンの他に二体倒れている。二体共、ピクリとも動かず、息絶えていた。
ゴブリンは義勇兵の間では、弱小の魔物として新人義勇兵が相手する様な魔物という認識が主だ。だが、ゴブリンは群れで行動する魔物で、三〜六体で行動している事が多い。
いくら弱いからと言っても、一人で討伐するのには時間と労力が必要になってしまう。シュゲンも時間を掛けて、ようやく十体のゴブリンを討伐したていた。今までに何度か逃げたり、数が多過ぎて見送たり、多少なりとも傷を受けてしまっていて、心身共に疲弊してしまっていた。
疲れきりながらシュゲンは隠しておいた荷物を取りに向かった。やっぱり、パーティを組んだ方がいいな・・・そうすれば、もう少し楽出来るし、生存率も上がる。
「だけど、運良くパーティが組めるかどうか。イタタっ・・・はぁ、少しやられ過ぎたか?。疲れた・・・とっとと、エルドアに戻ろ、う・・・ん?。」
今後の事を考えると頭が痛い・・・と言うか、全身痛いんだけどね。取り敢えず、隠してあった荷物を取り出そうとした時、静かな森の中で微かに何か聞こえた気がした。
金属がぶつかり合う様な音が聞こえた気がした・・・他の義勇兵か?。
エルドア旧市街跡には、ゴブリン討伐の依頼以外にも多くの依頼でやってくる義勇兵も多いから、そこまでおかしい訳じゃないけど・・・なんか変だな?。
「なんか・・・叫んでる?」
オレは耳を澄ませた・・・すると、やはり金属音と一緒に誰かの声が僅かに聞こえる。
その声が聞こえた瞬間、嫌な予感がオレの頭の中をよぎった・・・なんか、気になる。
取り出そうとした荷物を再び隠し直し、オレは声の方へと走り出した。
森の中を走っていくと、声がハッキリ聞こえて来た「危ない!!。」「うわぁ!!」と言う声が聞こえて来た。聞こえて来たのは、別々の声だから二人かな?。
聞こえた声は、少なくとも陽気な声ではない事は分かるし、それどころか切迫している様に聞こえた。近付いていくに連れて、余計にハッキリと聞こえて来た。
「やっぱり無理だよ、早く逃げよう!」
「だ、だけど、どうやって、うわぁぁ!!」
薄暗い森の中を走り抜けると、拓けた場所に出た。そこで見えたのは、二人の義勇兵が五体のゴブリンに囲まれているのが見えた。
男女二人の義勇兵・・・歳は同じぐらいで、十二、十三ぐらいの少年少女で、男の子の方がゴブリンが振り被った棍棒を、短剣で受け止めている処だった。
「あいつらは・・・“狩人”と“陣法士”か?」