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一葉知秋

お久しぶりです。

かなり期間が空いてしまいすみません!しかも、今回はそれほど長くなく...それでも皆様に楽しんで頂けるよう書いてみましたので、ぜひ楽しんでいってください。

その瞬間、アサディーの心臓は跳ね上がり、頭が真っ白になった。

しかし、どれだけ待っても体に衝撃は来ず、耳元で何度も何かを囁かれていることに気がついたアサディーは、その言葉が静かにして、という意味のものだと理解した。

知らないうちに、口を塞がれていた手を思いっきり握っていたアサディーはその手から力を抜き、口元から手を離して貰えるよう静かに促した。

アサディーの口元に当てられていた手はそれに逆らうことなく離れていき、アサディーがゆっくりと後ろを振り返ると、そこにはあの少年がいた。

自分以外の誰かが生きていること、そしてそれが自分の知っている人物であることにアサディーは酷く安堵し、泣きそうになった。

アサディーが先程よりいくらか落ち着いたことを悟ったのか、少年はアサディーと視線を合わせるように跪いてゆっくり言葉を紡いた。


「ここから逃げる。だから一緒に来てくれ」


簡潔で、簡単な言葉の並びを聞いて、アサディーは瞬時に内容を理解した。分かったことを示すためにアサディーは頭を2回傾けると、その反応をずっと待っていたかのように少年はすぐにアサディーの手首を掴んで走り出した。

少年とアサディーの歩幅は全く違う。それでも転ばずに何とか少年に付いていけているのは、少年がアサディーがぎりぎり追いつける速さを見極めているからだろう。

しかし、アサディーにそんなことを考える余裕などなく、建物を出て、森に入り、池の水面を走り、また更に森の奥へと入り、どこからともなく現れた小屋に走り込んだ。

そこで少年は立ち止まり、息を乱しているアサディーの方を振り返った。そして急に少年はアサディーのフードをバッと取った。走っている間、フードが取れないようずっと押さえていたアサディーはその行動に呆気に取られた。


「やっぱり...」


少年のその声で我に返ったアサディーは急いで脱がされたフードを被り直した。しかし、フードを被り直そうと僅かに下を向いたアサディーは、視界の端に映りこんだ灰色の髪に体を硬直させた。紛れもなく自分の髪である。

アサディーの心臓は跳ね上がり、ドクドクと嫌な音を立てた。サーバントから何度も人前ではアサディーの灰色の髪を晒すなと言われ続け、寝る時や体を拭く時でさえ脱いだことがなかったのだ。

何故今まで茶色だった髪が急に灰色になったのか理解できなかったが、この少年に見せてはいけなかったことだけは確かで、アサディーは後ずさった。しかし少年は、もしかしたらサーバントの言うことが間違っていたのかと錯覚するほど無反応で、アサディーはさらに混乱した。


「あの領主の娘が灰色の髪を持っているということは有名だから知っているよ」


いつまでも警戒心を解かないアサディーに少年はそうゆっくりと語り掛けた。


(え?)


思わず話しかけられ、アサディーは一瞬思考停止に陥ったが、すぐに言われた内容を頭で翻訳し直した。


(知られていたのかっ!?...じゃあ、何故サーバントはあんなことを?見ると不快になる人が多いから?それとも...領主の娘だと気が付かれてはまずかった?)


衝撃の事実にまたもやアサディーの頭の中は疑問で埋め尽くされた。

しかし、少年はそんなアサディーの様子を無視して話し続ける。


「明日の朝までここにいて。きっとあいつらは夜しか活動しないから、朝になれば撤退する。その間にもっと遠くに逃げて」

(...朝までここに居ろ?遠くに逃げて?...どっちだ?)


アサディーがきちんと理解出来ていないことが分かったのか、少年はまた強調しながらゆっくり話した。


「朝までここにいて。その後、遠くに逃げて」

「朝までここに居る。その後遠くへ逃げる」


アサディーが復唱すると少年は左右に二段階で首をかたむけた。強い肯定の印だ。そして少年は懐から何かを取り出すと、アサディーの首に手を回した。思わずアサディーが身を引こうとするが、少年はアサディーの肩に乗っている両腕を瞬時に下に押し付けて、アサディーが動かないよう固定した。

その間に、作業は終わったらしく、少年がアサディーの首元から手を引くと、アサディーはすぐに首元に下げられた物を持ち上げた。何かを下げられているとは感じていたのだ。

持ち上げた物の正体を見た瞬間、アサディーは目を見張った。

アサディーの手の中にあったのはあのドラゴンの鱗だった。鱗に小さな穴が空いており、どこにでもあるような細い紐がその穴を通ってアサディーの首元まで続いている。

お世辞にも綺麗だとは言えない装飾品。けれど、それを見たアサディーはとても泣きたくなった。今は男の性を持っており、あのドラゴンの死をある意味受け入れていたはずなのに鱗1つでどうしてこんなにまで悲しくなるのか、アサディーにはよく分からなかった。


(結局あのドラゴンを殺した犯人が分かっていない...もしかして、あの人たちを殺した犯人と同じなのか?だが、どうして?それにどうして俺たちまで狙われている?)


アサディーはドラゴンの鱗を手で握りしめ、顔を少し上げると、少年の首元にも同じような紐が吊るされているのが目に映った。

紐から下は服の中に仕舞われており、一体何が吊るされているのが分からなかったが、十中八九アサディーと同じドラゴンの鱗だろうと思われた。

ドラゴンの死体を見た時も埋めた時も、そのあとも少年は悲しんでいるそぶりを見せなかった。だから、こんなものを作っていた事が意外で、アサディーは自分の少年に対する印象が変わったことを感じていた。

アサディーが少年の顔を改めて見たとき、ふと月の光が小屋の窓枠から差し込んできて、少年の顔を照らした。

白金のように白に近い金髪に青味を混ぜ、何トーンか色を暗くしたような髪色が月光に反射し、茶色が薄くなって橙色のように見える瞳がこちらを見つめている。

髪型は上辺の髪は内側に緩くカーブを描くように纏まっているが、下の長い襟足の部分だけ外側へと跳ねていてまるで狼の鬣(たてがみ)のような髪型をしている。前髪は眉毛のところまでの長さで、その両脇の髪は深紅の色をした組紐のような紐で結ばれており、特殊な結び目が出来ている。少年が動く度に垂れの部分が揺れる。

顔は12、3歳のような顔つきをしていたが、身長が男子にしては低いため、もしかしたらもっと若いのかもしれない。

そんなことを今更のように認識し直し、アサディーは驚いた。ほぼ毎日会っていたのにアサディーは少年がどんな顔立ちだったのか今まではっきりとは覚えていなかったのだ。ならば一体今まで何を見て少年だと判断していたのかアサディー自身が不思議になるほどだった。

アサディーは相手の性格の断片を垣間見たことで、相手の存在を初めてしっかりと認識したのだ。


(かなりのお人好しだということは感じていたけど...どうして大して親しくもないのにそこまでしてくれるのか今まで理解はできていなかった。でも今回のは俺と一緒にあのドラゴンの死を悲しんでくれているのが分かる。だからか?)


少年は少し外を伺うような素振りを見せると、再びアサディーと目を合わせ、真剣な面持ちで口を開いた。


「君の名前は?」


アサディーは自分の名前が問われていることに一拍置いてから気が付き、慌てて答えた。


「...アサディー」

「アサディー...?」


少し驚いた様子の少年にアサディーは不安を覚えた。もしかしたら何か間違えてしまったかもしれないというアサディーの不安を他所に少年は少し考え込んだ後、アサディーに言葉を返した。


「...クガーチッ」

「え?」


一瞬自分の知らない単語かと思ったアサディーだったが、少年が胸を拳で叩いて、再び同じ言葉を繰り返す様に名乗り返されているのだと気がついた。

自分の胸を拳で叩く仕草は自分のことを話そうとしているときに行う動作だった。


「クガーチ?」

「クガーチッ」

「...クガーチ?」

「...クガーチッ」


アサディーは再確認のために少年に言われた言葉を繰り返したが、どうやら発音が違うらしく、少年は何度も繰り返した。しかし、残念ながらアサディーには何が違うのか全く分からなかった。

何度言い直させても無駄なのだと諦めたのか、少年は繰り返すのを止め、また違う言葉を放った。


「でも、本当の名前はロギィーカ」

「え?」

「ロギィーカ」

「...ロギーカ?」

「いいや、ロギィーカ」

「ロギーカ」

「ロ、ギィー、カ」

「ロギイーカ」

「ロギィーカ」


今度は中々許して貰えず、少年は何度も繰り返した。


「ロギィーカ」

「ロ、ロギィーカ...?」


そう言った瞬間、アサディーは少年、いやロギィーカの目が細まった気がした。気の所為かもしれないと思うほど些細な変化にアサディーはロギィーカの心中を探ろうと思考を巡らせるが、相応しい答えが見つからない。

一拍置いたあと、少年は唐突に微笑んだ。


「もし、本当に鳥の卵以外食べれないのなら、せめて人前で食べることは避けなさい」

「え?」

「でも、他に食べられるものがあるなら鳥の卵は食べてはいけないよ。死にたくなかったらね」

「...は、はい?」


通常よりも早口で話されたロギィーカの言葉にアサディーが戸惑っている間にロギィーカは立ち上がり、アサディーのことを見下ろしていた。


「朝までここに居て」


そう一言言い残すと、ロギィーカは小屋を飛び出して行った。ロギィーカの後ろ姿が見えなくなる前に月は雲に隠れ、少年の姿は暗闇の中に消えていってしまった。


(...卵?食べるな?どういうことだ?しかもまた死ぬとか死なないとか言われた気がする...まさか、卵を食べたら死んだりする、のか?いや、そんなまさか...)


そこまで考えたとき、アサディーはロギィーカが一体何処に向かったのかという今更な疑問に行き当たった。


(もしかして、またあの工場に戻ったのか?まだ犯人が近くにいるかもしれないのに...しかも片腕をなくした状態で...)


そして再び月明かりが雲間から差し込んだとき、アサディーの脳裏にある光景が思い浮かんだ。その光景はアサディーが今まで見てきた夢の内容で、今までぼんやりとしか思い出せなかったのが不思議なほど鮮明にアサディーの脳裏に蘇ってきたのだ。

アサディーが今まで見てきた夢はまるで予知夢のように様々なロギィーカの死に様を映していた。アサディーはその夢を見る度に今まで見てきた夢の内容を思い出し、あの手この手でロギィーカのことを救おうと努力するが、いつも叶わずロギィーカは死んで夢は終わるのだ。

アサディーの背中に冷たい汗が伝った。手は冷え、心臓は早鐘のように打っている。

ロギィーカの死因には片腕をなくしてしまってバランスを崩してしまったからというものもあった。


(どうして今更思い出したんだ!?もっと早く思い出せばあの子供が腕をなくす事態を避けられたかもしれないのに!)


筆舌に尽くし難いほどの後悔を抱えながら、アサディーはロギィーカを追うために外へ飛び出した。











クガーチッ、もといロギィーカは再びスアカルケイザュイのもとへ戻っていた。足元には血溜まりが広がっている。


(まだあいつからは指示が来ていないはずだ。なら、一体誰がやったんだ?)


ロギィーカは死体に近寄って傷口を眺めた。傷口はぐちゃぐちゃに潰れており、所々打撲痕もみられる。傷の箇所は頭や肩、背中やお腹と様々な場所に出来ており、対して規則性はないように思われた。あえて言うならばどの傷口も死体の高い位置に出来ており、おそらく男性に襲われたものだと分かる。また、複数の打撲痕があることから殺傷力の低い鈍器のようなもので殴られ、何度も殴られて絶命したものだろうとロギィーカは考えた。


(使われた武器を予想するに、野盗の類いがよく用いる武器に似ているが、何かを盗んだ痕跡も無ければ、服を脱がされた跡もない。打撲も必要最小限に抑えられていて、死体を弄んだ痕跡がない。それに死体の体のどの部分も欠けていない。野盗の仕業とは考えにくい)


ロギィーカは立ち上がって、辺りを見回した。死体は無尽蔵に転がっている。規則性なく転がっているその死体の山にロギィーカは僅かな違和感を感じた。全員上向きに横たわっているのだ。確かに寝ている間に殺されている者もおり、その者の死体が上向きになっていることはおかしくないが、明らかに恐怖に引きつり、今にも逃げ出しそうな顔をしている死体が手足を揃えて上向きになっているのには違和感があった。まるで犯人が故意的に死体を仰向けにしたとしか考えられなかったが、犯人がなぜ死体を全て仰向けにしたのかロギィーカには分からなかった。


(野盗ではないとすると、ハンスアカル派の輩か、サバキト派の者たちか...)


思案に明け暮れながらもロギィーカが死体の山を眺め続けていると、もう一つ違うことに気がついた。

その死体の山の中には、ある少女がいなかったのだ。アサディーと親しかったあの少女が。


(何処に行ったんだ?)


ロギィーカはもう一度目を皿のようにして死体の山の中を探したが、やはり少女は見つからず、死体の人数を数えてみればロギィーカとアサディーを除いてあと一人足りなかった。

違う部屋も見てみようと部屋の外へ足を踏み出したとき、外から物音が聞こえ、ロギィーカは施設の外へ走り出した。

しかし外には誰もおらず、ロギィーカが辺りを見回そうと背後を振り返った瞬間、体の左側を風がすり抜ける音がした。

左足を見やれば地面に矢が突き刺さっており、ロギィーカは次の攻撃を避けようと素早く壁に背を付けた。


(一体誰が矢を打ってきたんだ...?かなり精度が高かった。恐らく野盗のような者ではない)


次に矢が刺さった場所は、ここから見て最初に矢が刺さった場所の左側だった。幸い、幾度か死線を乗り越えてきたロギィーカはすぐに壁を背にする判断が出来たが、そうでないものは思わず体ごと左足を右に傾けて避けてしまい、その矢が刺さっていただろう。


(1度目の後、2度目の矢が放たれた間隔から考えてそれほど距離は離れていないはず...)


再び地面に刺さった矢を見たロギィーカは、その矢の角度から、もし片腕を失っていなければ矢は地面ではなくロギィーカの腕に刺さっていたことに気がついた。


(まさか腕を失ったことで助かるとは...)


自分の左腕を見たロギィーカは、小屋に残してきた少女のことを思い出した。


(何も知らない少女だった。いや、幼女と言うべきか?あんな幼子が本当に邪悪な『   』だというのか?普通の人と何ら変わらないず、力すら使えないように見えた。無知で弱く、脆く、儚い、守らなければいけない存在に思えた...だから同情したのか?)


ロギィーカは左腕を掴んで握りしめた。ロギィーカを責めるかのように鈍い痛みが身体中に響き渡る。それでもなお足りないとでも言うかのようにロギィーカは自分の下唇を噛み締めた。


(同情でこんな間違えをしたのか?復讐はどうするつもりだ?皆の思いを出会ったばかりの幼女のために無下にするつもりか?腕を失った今、一体どうすれば...もう)


そこまで考えたロギィーカは自嘲気味に口元を歪めた。左腕から手を離し、目を閉じてため息を吐く。


(いずれにせよ、もうあの幼女に肩入れは出来ない。矢を放ってきた者があいつの手下ならあの幼女と共に始末される可能性がある。それならばその真意を探らなければならない。逆にあいつの手下では無いのなら...その正体と目的を調べなくては)


アサディーにドラゴンの鱗を与えた事も、アサディーの名前を知り、自分の名前を教えて事も、それら全てが同情という言葉では説明出来ないことをあえて無視して、ロギィーカは心にそう整理をつけた。

その時、ふと嫌な予感を覚えたロギィーカは、いつの間にか下がっていた顔を上げた。その瞬間、ロギィーカの胸元へ一直線に矢が飛び込んで来た。

最後までお読み頂きありがとうございました。ようやくアサディーの夢の正体や少年の容姿、名前を出すことが出来ました...

次回は恐らくキーワードのうちの一つが出せるのかな、と思いますので、楽しみにしていただけると嬉しいです。

それでは次回お会い出来る日までお元気で。

大変な時期ですが、乗り越えられるよう応援しています。


クガーチッは加具土命カグツチノミコトから、ロギィーカは陽炎かぎろいから考えました。

少年の瞳はアンバー(琥珀色)、髪はアッシュブロンド、髪型はウルフカットをイメージしています。アサディーはこういうことに対する知識があまりないので印象的な話になってしまいましたが、補足として。

目の色や髪を結んでいる紐の色、名前が大体赤系統で炎を連想させることには少し意味があったり...

ハンスアカルは普通に反スアカルで、スアカルケイザュイという施設が自国にあることを反対している集団です。理由は色々ありますが、それは今後の話の中で出していければと思います。

サバキトはサバトと黄を合わせた言葉で、それらを裁くという意味でサバキという言葉が入っている名前です。

黄色は西洋の方での印象を表していています。ただ、ユダヤ人という意味より異端者という意味で使っています(黄色に対してユダヤ人の印象から異端者という印象が出来たのだとは思いますが...)。

ここまで来ると『』の中に何が入るのか予想出来てしまいそうですが、アサディーはまだ訳を知らないため、まだ空欄で。

どうしてアサディーの知らない他の単語には『』が付いていないのに、この言葉だけ付いているのかも後々お話出来ればと思います。



最近の話ですが、1話目から読み直し、文章の読みにくさに驚愕しました...やはり書いていると気が付かないものですね。文章の書き方も今とは違うようで...今度書き直せれば良いなと思っています。

また、更新間隔が開きすぎて恥ずかしながら忘れている設定もあるので確認の意味も込めつつ...


ここまで読んでいただき有難うございました。

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