生死不定
お久しぶりです。前回からかなり間が空いてしまいましたが、皆さんお元気でしょうか?
ニュースでは連日新型コロナウイルスによる被害が報道されていて、皆さんが体調を崩されていないか心配です。
体調面以外でも苦労なさっている事は沢山あるかと思います。画面越しで他人事のようになってしまいますが、乗り越えられるよう頑張ってください。応援しています。
辺りの騒がしさで、アサディーは目を覚ました。
アサディーが体を起こすと、既に働きに行く時間のようで、僅かな月明かりを元に身支度をしている女性たちの姿があった。
その姿を見ながら、働かない頭でアサディーはいつものように先程見た夢の内容を思い出そうとした。しかし、すぐに霧がかかったようにぼんやりとしてしまう。そうなってしまえばいくら思い出そうと頭を捻っても夢の内容の一端すら掴むことは出来ない。そうしていつもアサディーの頭に残るのは、歪な形、歪な色をして夜空に浮かぶ月の記憶だけになるのだ。
アサディーが諦めて支度を整えようとした時、ふと明るい茶色の髪が視界の端に映った。
(あれから何度見ても灰色の髪には戻らない...まるで初めから灰色の髪ではなかったかのように...)
自分の髪を見続けていたアサディーはふと疑問が湧いてきた。
(サーバントは灰色の髪を隠すようにカパを渡してくれたけど、それまで私はどうしていたんだ?そもそもいつ私はこのカパをサーバントから貰った?)
カパを付けているのが当然のように感じていたアサディーは、その疑問の答えが分からないことに愕然とした。
(あれ?何か...おかしい?)
言い表すことの出来ない違和感の正体を探ろうとしたとき、床についていた手に石碗が当たり、昨日の出来事が蘇った。
(そういえば昨日の監視者が......)
急にその監視者が自分のすぐ横を通り抜けたことを思い出したアサディーは、今更ながら鳥肌が立つ程の恐怖を覚えた。昨日は少年の腕が切れてしまったことに衝撃を受けて頭が働いていない状態だったのだ。
アサディーは思わずその場で蹲った。頭の中から追い出そうと思う程逆に強く意識されてしまい、虫酸が走るような気持ち悪さを覚える。何度も腕を摩っていたアサディーの手は、いつの間にか爪を立てて腕を引っ掻いていた。その痛みで少し冷静になれたアサディーは、肩で息をしながら体を起こした。その直後、冷や汗がアサディーの背中を流れ落ちる。
(あ...ああ、そうだ、あの子の様子を見なきゃ)
監視者の関係で少年のことを思い出したアサディーは震える体を押さえながら何とか辺りを見回した。
しかし、少年の姿はどこにもない。
(あの怪我で一体どこに...)
僅かに焦りを覚えながら、アサディーは石碗を抱えて少年を探すために部屋を出た。
もうその頃には先程湧いた違和感のことなどアサディーの頭には残っていなかった。
アサディーはぎりぎりの時間まで宿舎の中を探したが、少年は何処にもいなかった。仕方なしに仕事場へと行くと、少年は既にそこにおり、あの少女と話していた。
(えっ?なんで働きに来ているんだ?え?)
腕が切れて相当痛いはずなのに平然と少女と話している少年の姿にアサディーは目を疑った。いくら職場環境が悪いこの施設でもさすがに腕を切り落とされた者に休息を与えると思っていたのだ。
(あんな酷い怪我をしても休めないの?それとも自主的に...?そもそもあの怪我で動いても良いものなのか?悪化したりとかするんじゃ...)
どう対処すべきか考えていたアサディーの視界に少年の肘から先がない腕が映り、アサディーは思わず目を逸らした。自分が少年から腕を奪ってしまったという罪悪感からその腕を直視すること出来なかったのだ。アサディーが前世で腕がない障害者を見慣れなかったからということもある。
(前世で犯した罪への罰のために生きなければいけないのだと思った...けれど、それはあんな幼い子供の将来を奪ってまで受けなければいけない罰だったの?運命というものが、どうしても私を生かそうとするならばそれを甘んじて受け入れるつもりだった。それが例え苦しいものでも受けなければいけないものだと思っていたのに、実際苦しんでいるのはあの子供で私じゃない......私は一体何をやっているんだ!例え見た目が子供になったとしても中身は大人だ!大の大人があんな小さな子供に守られてあの子の将来の可能性を奪ってしまうなんて!)
過去に戻れるのならば戻ってやり直したいと強く思うほどの後悔がアサディーの胸を埋めつくした。思いっきり自分を罵倒して罵りたいほどの怒りが湧いてくる。けれどそうしたところで何も変わらない。それが分かっているからこそアサディーは必死に深呼吸をして自分を落ち着かせた。
その頃にはもう少年はあの少女との話を終わらせてどこかへ行こうとしていた。
それに気がついたアサディーは少年のあとをすぐに追った。早く腕に巻かれた布を取り替えなければ、仕事しなければいけない時間になって取り替える時間が無くなってしまうのだ。
アサディーがちょうど少年の真後ろまで来た時、急に少年が後ろを振り返った。予想していなかった少年の動きに固まってしまったアサディーの事など気にも止めず少年はアサディーに話しかけた。
「そういえば昨日言えなかったことだけど、そろそろ君の作業場を変えようと思ってたんだ。ここに入ってきたばかりの人は一通り色々な職場で働くものだから」
「え、えっ、えっと...あの、もう一度お願いします」
「あっ、ごめん。んー、働く場所を変えたいと思うから少し付いてきてもらっていい?」
「...はい。理解しました。...貴方は...働くこと、大丈夫ですか?」
そのアサディーの言葉に少年は少し考えたあと、自分の腕を見て納得したように頷いた。
「まあ大丈夫...だと思うよ。それより君はどうして俺に付いてきたの?...もしかしてその布と水を渡しに来てくれた?」
「...?」
「その布と水をくれるの?」
少年はアサディーが持っている石碗と包帯代わりの布を指差した。
意図を理解したアサディーがすぐに頷くと少年はアサディーに手を差し出した。どうやら少年が自分で布を替えるつもりらしい。
(確かに欠損した腕に布を巻く正しい方法を知らないからこの子が自分で布を巻けると言うならば有難いけれど...私のせいで腕を失ってしまった少年に何でもいいから償いたい)
しかし、アサディーはそれをどうやって少年に伝えればいいか分からず、戸惑っていた。
そんな様子のアサディーに少年は一瞬訝しげな表情を浮かべたが、もう仕事をしなければいけない時間であることに気がついた。
「取り敢えず、話は帰ってからにしよう。新しい仕事場について話すからついてきて」
「......は、はい」
少年によって紹介されたアサディーの次の仕事は、編み終わった糸を全てまとめて結び、箱に詰める作業になった。
少年の腕の治療については少年とアサディーが共同で行うことで落ち着いた。
布や綺麗な水に関してはこの職場の管理者が監視者を通して少年に支給したため、足りなくなることは無かった。
(労働環境は最悪だが、こういうことに関してはきちんとしていてよかった...)
素直にそう思ったアサディーだったが、少年はその管理者の対応に計画続行の意を感じ、少年の表情が晴れることは無かった。
(布を取り替えるのも終わったことだからあの...『古き住人』の元へ行っても大丈夫かな?...というより、『古き住人』ってドラゴンという認識で良いのかな?ドラゴンの生態について詳しいわけでもないけどそう認識した方が接しやすい気がする?かも)
少年が布の縛り具合を確認しているのを見ながらアサディーはそんなことを考えており、途中で大事なことに気がついた。
(ん?この子の腕がこの状態だからこの子はあのドラゴンの餌の虫は取れない?つまり、私が......えっ)
重大な事実に気がついてしまったアサディーは冷や汗をかいた。アサディーにとって虫は見るだけで寒気がするような存在だ。しかもそれを捕まえるなどという芸当が自分に出来るなどアサディーには到底思えなかった。
元々この地域は寒い気候のため虫はあまりいない。時折暖を取るためか部屋の中に虫が侵入してくることはあるが、その程度だ。だから虫がよく出ると毛嫌いされていた館での庭掃除や古書室の掃除もアサディーが実際に虫関連で困ったことは数回程度しかなかった。
そのぐらいここでは虫は目にしないのになぜが少年は何処からか虫を捕まえてくる。
(それでも与えない訳にはいかないし...飼うと決めたのに放置するのはあまりにも非情...いや、あれは飼っている状態なのかは分からないが...)
最後の点検がし終わった少年にアサディーは声をかけた。
「...あなたは、いつも、どうやって...どこで?虫をつかまえていますか?」
「土の中、土の中は地上より暖かいから虫がいることが多いんだ。あとは枯葉の中もよく虫がいる」
「えっと...」
「土の中と枯葉の中。一緒に探しに行こう。食べさせてもいい虫の種類も教えたい」
「えっと...ん?腕は...?」
「問題ない」
「痛い!おそらく!」
アサディーの言葉に少年は言葉を止めた。考え込むように少年は目を伏せた。アサディーの言葉の意図が分からなかったのだ。
少年の中では痛いから動かないという選択肢はなかった。痛みとは、周りに弱点としてばれないよう隠さなくてはならず、我慢するものであったからだ。だから、その通りだ、痛いのだ、と認めたところで自分の行動は変わらない。
結局疑問の答えは出ないまま少年はアサディーを見つめた。取り敢えず今はすぐに行動しないと睡眠時間が短くなってしまう判断したのだ。
「大丈夫。行こう」
そんな端的な言葉を言ったあと少年はすぐに部屋から出ようとしたため、アサディーは止める間もなく少年について行くしか無かった。
初めにあのドラゴンが無事かどうか確認することになった。昨日は少年の件で見に行けなかったのだ。
ドラゴンがいるはずの木の下には食べられた後であろう虫の死骸が散らばっていた。
それを見て、アサディーは思わず先に進むのを躊躇してしまったが、少年は躊躇わずその木の虚を覗いた。そうするといつもはすぐにあのドラゴンは虚から顔を出して顔をなめてくる。しかし今回はいくら待ってもドラゴンが虚から顔を出すことは無かった。
少年の顔が段々と険しくなり、アサディーは不安に駆られた。
(もしかして、昨日は来なかったから?お腹が空いて自分から外に出て食べ物を探しに行ったのかも...)
少年もアサディーと同じような考えに至ったのか、2人で辺りを探し回ることになった。探すと言ってもどの辺をどの程度探せばいいのか全く検討もつかないアサディーだったが、少年に習ってドラゴンが元々居た場所を中心にして少年とは反対側に半円を描くようにして探していった。
最初にその異変に気がついたのは少年の方だった。あまりにも時間がかかりすぎるため、仕方がないのでまた明日探そうと少年がアサディーに声を掛けようとしていた時だった。
2、3匹の黒い羽虫がある方向に飛んでいくのだ。アサディーはそれを見つけた瞬間体を硬直させて虫の動きを目で追うだけだったが、少年は違和感を覚えて眉を顰めた。
(おかしい、この地域にこんなに羽虫が飛んでいるなんて...しかも同じ方向に飛んでいっている)
何か嫌な予感がした少年は音を立てないよう慎重にその虫の跡を追った。
ある方向に飛んでいくとは言っても真っ直ぐ一直線に飛ぶわけではないため、羽虫がどこを飛んでいるのか目で追わなければならない。さらに羽虫は黒ですぐに景色と同化してしまう。
追うのはとても困難な事だったが、少年はほぼ迷うことなくその歩みを進めていった。
着いたのは宿舎の裏手の方だった。その1箇所に黒い羽虫達が集まり、飛び回っている。近づけば異臭がした。
羽虫たちが集っている物体はある形に似ていた。ただし、その鱗は光り輝くほどの艶を失い、黒ずんではいるけれども...
(な、んで?)
アサディーはどうしてそこにあのドラゴンがいるのか理解が出来なかった。
(もしかして一日中食事が出来なくて衰弱死してしまったのか?確かにこのドラゴンは産まれたてのまだほんの赤子だ。いくら非常事態があったとはいえ毎日見に来るべきだった...)
深い自責の念に苛まれているアサディーの横で少年は地面に横たわるドラゴンに手を伸ばした。少年が手を伸ばすと同時にドラゴンの上に止まっていた羽虫たちが激しく辺りを飛び回る。
少年がドラゴンの鱗を撫でると、簡単にその鱗が剥がれていった。よく見ればあちらこちらでドラゴンの鱗が剥がれ、肌が見えている。血が通っていなさそうな黒い肌だった。
少年が静かにドラゴンを裏返すと、そこには深い刺傷があった。
(え...?殺された?)
アサディーの頭はさらに混乱した。どうしてこのドラゴンを殺さなければならなかったのか、殺した人はどうしてドラゴンの居場所を知っていたのか、誰が殺したのか、どうやって武器を持ち込んだのか、どうやってこの施設に侵入したのか、何一つアサディーには分からなかった。
何より、どうしてこのドラゴンが死ななければいけなかったのかが全く分からなかった。
少年は無言のままドラゴンを抱き抱え、森の方へ歩きだした。しかし、いつまで経っても着いてこないアサディーに少年は振り返って足を止めた。
混乱し、全く働いていない頭で何とか少年が着いてこいと言っていることを理解したアサディーはゆっくりと少年の方へと歩き出した。
思考停止した状況でアサディーが少年の跡を追うと、少年は先程までいた虚のある木の側で立ち止まった。
そこにしゃがみこんで手に抱えていたドラゴンを地面に横たえると、いつの間にか手に持っていた木の枝で地面を掘り始めた。アサディーが少年のやっていることを理解した頃には地面に横たわっているドラゴン1匹埋められるくらいの深さの穴が出来ていた。少年は木の枝を横に置いて、ドラゴンをそっと穴の中に置いた。そのドラゴンに少年が土をかけていくのを見て、アサディーも土を手で掬ってドラゴンにかけていった。
2人で行うと、あっという間にドラゴンの姿は見えなくなり、穴も消えていった。
あまりに呆気ないお別れに放心状態でアサディーが座り込んでいると、少年が横から覗き込んできた。
少年の顔を見て、腕を見て、アサディーは宿舎に帰らなければならないと億劫そうに立ち上がった。
宿舎への帰り道、少年は何も話さなかった。アサディーもまた何も話さなかった。
1つの命が潰えたのに自分たちは普段通り生活しなければならない、それがアサディーにはただただ不思議でならなかった。
皆が寝静まっている頃、アサディーはふと目を覚ました。外から差し込む強い日差しのせいか、先程まで見ていた夢せいかは定かではなかったが、アサディーの目は異様に冴えていた。
アサディーは日光を遮るために掛け布団を頭から被ってもう一度寝付こうとしたが、掛け布団が薄すぎてほとんど光を遮ることは出来なかった。段々と息苦しくなってきたアサディーは諦めて掛け布団を下ろし、寝返りを打った。
何度寝返りを打ってもやはり寝付くことは出来ず、アサディーの頭の中はあのドラゴンのことで一杯だった。
(どうして私の周りいると傷ついたり、死んだりしてしまうんだろう...)
アサディーはまだあのドラゴンが死んだという実感が湧いていなかった。今でもあの虚の前に立てばひょっこり顔を覗かせてくれるような気がした。
(このままじゃ駄目だ。仕事中もずっと上の空だったし...どうすれば...)
その時、アサディーの耳に微かな音が聞こえた。音のする方へ向かうと少年が魘されていた。起こすべきかどうか一瞬迷ったアサディーだったが、すぐに少年の体を揺すった。
「...お、起きて!起きて!」
何度か少年の体を揺すると、急に少年の手がアサディーの手首を鷲掴んで少年は目を覚ました。
しばらくぼんやりと辺りをさ迷っていた少年の瞳がアサディーを捉えると、少年は微かに目を見開いた。
「だ、大丈夫ですか?」
「どうして、ここに?」
「...声が聞こえて」
「もしかして...寝言煩かった?」
「ねごと?」
「寝ている間に話す言葉のこと」
「...なるほど」
「起こしてくれたのか。ありがとう」
そう言って少年はアサディーの手首から静かに手を離した。
その後2人は互いに黙り込んだ。
一体何の夢を見ていたのか、と踏み込んだことを聞いていいものなのかとアサディーは悩んでいると、急に少年が沈黙を破り、「また明日」と言った。
他に話すべきことが思いつかなかったアサディーは少年の言葉に素直に頷き、自分の寝床へと戻ることにした。
翌朝、アサディーは何か異変を感じて辺りを見回した。アサディーの周りにいる大勢の女性たちを見て、自分が感じた異変が何か察したアサディーは酷く憂鬱な気分になった。
(周りが女性だらけで酷く居心地が悪い...しかもこの制服――――オレには似合わないだろう...)
最後まで読んで頂きありがとうございました。
まさか当初はあのドラゴンがこんなに早く退場するとは思っていませんでした...しかも名前を付けないまま...皆さんはぜひ好きな名前で呼んであげてください。
次回はアサディーのもう一つの秘密が分かると思います。気になる方は楽しみにしていてください。
先のお話はもう頭の中にあるのですが、中々時間が取れず進みません...次回もまた投稿まで期間が空いてしまうかと思いますが、もしお時間がおありでしたらぜひ読んでいってください。
今回は読み返した回数がいつもより少なかったため、誤字脱字が多いかもしれません。もしお気づきになられましたら教えて頂けると嬉しいです。