お湯の沸くキッチンの前にたたずむ僕
こちらは、自作品『雪の舞う駅のホームにたたずむ僕』の二次創作です。
文章そのままに、場面を「カップ焼きそばを作ってるシーン」に置き換えました。
お湯が沸いていた。
コポコポ、コポコポと音を立てながら沸いていた。
鍋の底から湧き出る空気の塊はどこか儚げで、まるで僕の心を象徴しているかのようだった。
「もういいかな」
彼女は鍋の中を覗き込んでそう言った。
「もういいよね」
僕もそれにこたえる。
彼女は鍋を持ち上げると、蓋を開けて待っていた2つのカップ焼きそばに注ぎ入れた。
湯気とともにカップ焼きそばのいい匂いが漂ってくる。
「どれくらいでできるかな?」
震える声で尋ねると彼女は言った。
「たぶん、すぐよ」
嘘だとすぐにわかった。
彼女は嘘をつくとき、首を傾ける癖がある。
目の前の彼女は首を傾けてゆらゆらと身体を揺り動かしていた。
その仕草がとてもかわいくて、僕はわざとだまされたフリをした。
「そっか、よかった」
「うん……」
彼女は頷くとグッと僕の胸に頭をもたげてきた。
「だから、少しだけ、我慢して」
「すぐに食べられるんだ。我慢するよ」
「うん」
彼女は頭をもたげたまま離れようとしなかった。
じっと僕の胸に頭を押し付けていた。
その肩に手を添えると彼女は言った。
「まだ、開けないでね」
「うん、君もね」
「熱いから、気を付けてね」
「うん、君もね」
「スパイスには気を付けるんだよ?」
「うん、君もね」
「お湯を捨てる時、麺をこぼしちゃダメなんだから」
「うん、こぼすもんか」
「………」
「……他には?」
「ええと、それから、それから」
なおも言いたそうな彼女だったけれど、無情にもセットしていたキッチンタイマーが鳴り響いた。
完成の合図だ。
彼女は僕の胸から頭を放して、こう言った。
「出来上がりだね」
チョロチョロッと流れるお湯の音とともに湯気が立ち上る。
巻き起こる煙の中で、彼女は泣いていた。
ボロボロと涙をこぼしながら泣いていた。
なんで?
なんで泣くの?
お湯を捨てただけで泣くなんて。
泣き虫だな。
僕は曇った彼女のメガネを覗き込みながら精一杯の笑顔を見せた。
クシャクシャな顔をした彼女の顔がいっそうクシャクシャに歪む。
スッと伸ばした手の平が、僕のカップ焼きそばに触れた。
「ソース……」
「……え?」
「ソース……先に入れた」
「あ」
気が付けば蓋からはソースの色に染まったお湯が流れ出ていた。
やってしまった。
僕はとんでもないことをしでかしてしまった。
まさかソースを先に入れてたなんて。
大失態だ。
だから彼女は泣いていたのか。
申し訳ない顔をして横を見ると、彼女は涙目を浮かべながら僕の頭を小突いた。
「このおっちょこちょい」
クスリと微笑む彼女に、僕は「てへっ」と舌を出した。
お読みいただきありがとうございました。
元の作品も読んでいただけると嬉しいです。