TS娘は素敵なキスをして終了
朝起きると、ルームメイトの親友が美少女になっていた。
「……とりあえず、君……じゃなくて、おまえがヒカルだと言うことは理解した」
奏太は疲れた表情を見せて降参した。
朝、いきなり美少女がいて、その彼女が自分はルームメイトのヒカルだと言ったら、普通はドッキリを疑うものである。
そういうわけで、突然部屋にいた美少女の言葉を聞き流していた奏太だったが、ヒカルがお約束的に、彼しか知らない奏太の秘密を暴露し始めて、慌てて止めたのである。
下ネタ満載の話を、美少女の口から言われるのはダメージがでかかった。
あと少し聞いていたら、一線を越えていたら、新たな趣味になったかもしれない。
「うん。分かってくれて嬉しいよ」
すっかり美少女となったヒカルがにこりと笑う。
奏太は目の前の少女がヒカルだと理解したにも関わらず、ドキッとしてしまう微笑みだった。
もともとヒカルは、背も低く整った顔立ちに髪も長めだったこともあって、いわゆる美少年の部類に入るレベルだった。
もちろん、だからと言って襲い掛かろうと思ったことは一度もない。
それはともかく、今のヒカルである。
小さな顔は相対的に瞳を大きく見せて、柔らかそうなほっぺはどっか幼げな印象もある。伸びた髪の毛は邪魔だからか、無造作に後ろ頭に一本でまとめられているんだけど、そのおかげでより、丸っこい小顔が強調されている。
一方でそんな容姿とはアンバランスに、胸は大きめだ。
やや小柄になったはずなのに、胸が大きくなったせいか、ラフなTシャツの裾が軽くめくれて、可愛らしいおへそが見え隠れしている。
具体的に言えば、セーラー服を着せたい。
「えっと……奏太? なんか目がいやらしいんだけど……」
「気のせいだ。で、どうしてこうなったんだ?」
「昨日、単位の代わりに実験に付き合って欲しいって化学の鎌田せんせいに言われて、変な薬を貰って飲んでみたら、こうなったんだ」
「飲むなよ。そんな怪しい物」
ちなみに、単位云々って話をするくらいなので、ヒカルはおバカである。
まぁ多少抜けている方が女は可愛いというので、むしろ今の姿にぴったりである。
「ちなみに、もらった説明書に、こんなことが書いてあったんだけど」
『TS娘は素敵なキスをして終了』
「……こんな怪しげなこと書いてあって、それでも薬を飲むかなぁ」
奏太は呆れる。
とはいえ、TSと言われても、その筋の人じゃなければ、それが性転換を意味するとは知らないだろう。
ちなみに奏太はその筋の人である。
ていうかむしろ女の子になりたい。それで女の子といちゃいちゃしたい。
「まぁ、そのメモから常識的に考えると、キスをすれば元に戻るっていうことだな」
「いやいや。そんな常識、聞いたことないよ」
「あのな。そもそもこの状態が、『常識』じゃないだろ」
「あ、それもそっか」
ヒカルは納得したようだ。
「よし、それじゃキスするか」
「……え」
「大丈夫だ問題ない。どこからどう見ても今のお前は美少女だ。キスするくらいなんてことない。むしろしたい」
ていうか、そのまま押し倒したい。
「ちょ、ちょ、待ってよ! いくら今の僕が女の子でも、僕は僕なんだよ? それでも――」
「なんだよ、ヒカル。彼女がいるくせに、キス程度で動揺して意識しちゃってるのか?」
なんで彼女がいるヒカルが美少女になれて、童貞彼女いない歴生まれた年の自分が男のままなのか、小一時間くらい神に問い合わせたい。
「いい? 奏太、冷静に考えて? 君と僕がキスをする。もしその瞬間、戻ったらどうなると思う?」
「……うっっ」
奏太は引いた。
いくら美少年で、押し倒そうと思ったことが実は一度くらいあった気がするかもしれないとはいえ、キスは論外だ。
腐女子が思っているほど、男の唇は軽くないのだ。
「よし、ならばヒット&アウェー方式で行こう。それならダメージも少なくて済む」
「だからって……奏太と、男とキスしなくちゃいけない僕の身にもなってよ。せめて奏太も女の子になっていたらともかく……」
「そ・れ・だ!」
「ふぇぇっ?」
「その薬の残りはないのか? そもそも『素敵なキス』って言ったら、百合キス以外の何物でもないじゃないかっ」
「えっと、残ってるけど……」
「うしっ。神、ナイス!」
というわけで、奏太は怪しい薬を手に入れた。
いわゆるコーラ瓶のようなものに入っている青色の怪しい液体は、まだ半分くらい残っていた。
残り全部飲むのはもったいない気もしたが、少ししか飲まず、変なことになったら嫌なので、そのまま全部飲み干した。
ちなみに、ヒカルと間接キスになったことに後から気付いたが忘れることにする。
そしてしばらくして、急に眠気が襲ってきて記憶がなくなり、ヒカルに起こされたら、奏太も美少女になっていた。
「よしっ。それじゃさっそく風呂に入ってくる」
「ちょ、ちょっと、早くしようよ」
「黙れ彼女持ち! 女体の神秘を知らずに男に戻れるか」
彼らが入っている学生寮には、部屋ごとにユニットバスが付いている。
奏太はさっそく、風呂へと駆け込んだ。
「あっ、あっ、あーんっっ!」
「……さすがに、声押さえてほしかったけど……。ここ男子寮だし、隣にも人がいるんだし……」
戻ると、ヒカルが部屋の真ん中に正座して、恥ずかしげに頬を染めていた。
「いやー、悪い悪い。ついな。――あ、べ、別に思いっきりえっちなことしてたんじゃないからねっ。この声で、女の喘ぎ声を聴きたくてわざと言っただけなんだからっ!」
「……なぜツンデレ?」
やりたかったからである。
「それじゃあ、さっそくキスを……」
「いや、待て。せっかく女の子になれたんだし、ここを抜け出して女子寮に入りたい。スカート穿いてみたい、着飾って女の子といちゃいちゃしたい」
「駄目っ!」
珍しくヒカルが怒った口調で言って、奏太を床に押し倒した。
奏太は抵抗しようとしたけれど、彼もまた女になったため華奢になっており、身動き取れなかった。
ヒカルの可愛らしい顔が目の前にある。
柔らかそうな小さな唇から、吐息が漏れている。
奏太は観念した。
こんな美少女とキスできるのなら、本望だ。
「……あ……はは。なんか……緊張するね……」
「なんだよ。俺も美少女なんだから問題ないだろ」
「だからって、女の子同士でも緊張するって……それじゃ、するよ」
ヒカルがゆっくりと顔を近づけてきた。
「……んっ……んぅ……」
彼女いない歴云々の奏太は、キスがこれほど良いものなのかと、初めて知った。
気づいたら下からヒカルの背中に手をまわして、彼女の口内を貪るように舌を動かしていた。ぎゅっと抱き合っているため、合わさった胸の感触がまた彼を興奮させ、我を忘れさせた。
というわけで。
ヒット&アウェー方式を無視した結果……
いつの間にか固い感触とともに、二人して抱き合ってキスしている男二人がいた。
「「おぇぇーっ」」
ちなみに、この一部始終は化学の蒲田先生があらかじめ設置しておいた隠しカメラによって、ばっちり録画されており、その映像は学内に流出した。
美少女同士がキスしているシーンは、男子の話題になった。
だがそれ以上に、ヒカルと奏太が男同士で抱き合っているシーンの方が女子に大人気だったそうだが、奏太はすべて忘れることにした。
お読みくださりありがとうございました。
皆様の作品も楽しみにしています。