04 とある公園のダンジョン
その公園のダンジョンは子供達の遊び場と化していた。日本の公園に発生したダンジョンは大抵はそんなもんだ。ダンジョンの発生時は気味悪がられて近づく人もいなかったが好奇心の強い者が中に入りどうもないと分かると入る人が続いてやがて人はその存在に慣れて日常の風景に溶け込んだ。ダンジョンの中にはいつの間にか公園に住むリスや野ネズミが住み着き芝生が生え木々が生い茂っていた。あたかも公園の一部であるかのようにダンジョンは辺りに馴染んで行った。ダンジョンの中は年中暑くも寒くも無く心地よいので公園に集まるママ達も当然の様にダンジョンに入ってお喋りを楽しむ様になった。外の喧騒からも離れて静かなので午睡を楽しむお年寄りなんかもいたりして中々の人気スポットだ。気味が悪いなんて思う者は誰も居なくなった。人々はダンジョンに魅入られて多幸感に包まれ警戒心は薄れ違和感は忘れた。ダンジョン中毒ってやつだ。
「お名前は?」交番勤務の若い警察官が子供に尋ねた。
「いっ君」
「いっ君のママは何処かな~」
「大穴の中」
「大穴?……ダンジョンの事かな?それじゃあお巡りさんが探してくるよ。此処で待っててね」
子供はダンジョンの中で遊んでいて周りに親の姿が無いのを心配した大人が迷子として交番に連れてきたのだ。捨て子でなければ親はダンジョンに居るのが普通だよな。既に夕方になっていてじきに日が沈む時間だ。子供を同僚に預けて子供を捜しているだろう親をダンジョンまで捜しに行った。
・
・
・
・
「いっ君のママは捜したけどいなかったよ。いっ君のお家は何処かな~」
「大穴の中」
「先輩、どうも話が通じていません。住所が分かる様な物も所持していませんし如何しましょう」
「親は引き続き捜すとして子供は一時保護するしかあるまい。君は署に子供を連れて行ってくれ、僕は此処に残るよ。親が捜しに来るかも知れないからね」
親が交番を尋ねる事は無く子供の親は見つからなかった。子供に親の居場所を尋ねても家の場所を尋ねても「大穴の中」としか答えなかったのだ。ここから先は児童相談所に任せるかとなった時に県庁に新しくダンジョン課がなるものが出来てダンジョンに関わることはそこに連絡を入れるよう通達があったこと思い出し連絡した。するとダンジョン課の職員は飛んできて子供の保護を引き継ぐことになった。
「ダンジョンの中で迷子になっていたんですよね」
「そうだよ。でも捜しに行っても親は居なかったよ」
「隠れていたのかもしれませんね」
「何で隠れる必要がある?ただの迷子だよ」
「誰かに追われてダンジョンに隠れている可能性はありますよ。借金取りとか。怖いお兄さん達にバレるぐらいならと考えた可能性はあります。取り敢えず明日からダンジョンの中を探ってみますよ」
「夜逃げしてダンジョンに隠れているとかか。交番勤務だから手伝えることが有ったら声を掛けてくれれば手伝うよ」
「それでは何かあったら声を掛けます」
次に日からダンジョン課の職員たちはダンジョンに入って子供の親を捜していた。一度子供を連れてダンジョンに向かうのが交番からも見えた。一週間ほどで捜査は終わった様で最後の日には知り合いになったダンジョン課の職員があいさつに来た。
「捜査は無事終了しました。あの子の親も無事見つかったので一応お知らせに参りました」
「ダンジョンで見つかったのかい。やっぱり夜逃げとかかな」
「機密事項なので詳しくは話せませんがダンジョンの奥で見つかりました。それで少し御相談が」
「何かな?」
「ダンジョンでまた似た様な迷子が出たらダンジョン課に連絡をお願いします。それとダンジョンの奥に人が迷い込まない様に職員を配置する事にしましたのでご協力宜しくお願いします」
「子供じゃなくて親が迷っていたのか!」
「まあ、そんな所です。それで人が二層より奥に入り込まない様に昼間は二層に人を配置する事にしました。公園のダンジョンの封鎖も検討したんですが二層辺りまでは憩いの場として利用者が多いのを考慮した結果止めました。ダンジョンの入り口の看板には奥への立ち入りを禁止する旨を追加します」
公園のダンジョンでは大抵の人は一層の芝生か雑木林で寛いでいて子供連れがせがまれて二層まで行くぐらいだった。三層から先は森が深くて迷い易いことは知られていたからそこから奥へ入る人はまずいなかった。が危険性を周知徹底するために看板を書き換え職員を配置したのだ。
「ああ、注意しておくよ」
「宜しくお願いします」
それからはダンジョンで迷子が出る様な事は無かった。知り合いになったダンジョン課の職員は時々ダンジョンの調査に来ては我々と挨拶を交わすようになった。
ダンジョン課の職員加藤は公園のダンジョンの迷子の話が回って来た時に『また唯の迷子だろうな』と思いながらも尤もらしい事を言ってダンジョンの調査を開始した。ダンジョン課に回って来るのは公園のダンジョンに犬が住んでいるとか寝ている浮浪者が邪魔だとかどうでも良い様な案件ばかりダンジョン絡みの事はこちらに回す様に通達が有ったので仕方がないとは言え『犬は保健所だろ』『浮浪者の面倒なんて知るか』とか思いながら問題に対処していた。迷子の話も時々回っては来たが大抵は直ぐに親が飛んできて子供を預かる事も無く終わった。
「迷子の親を捜すぞ」
五層までは森林が続くだけで角の生えた大き目のウサギやリスがいたりはしたが特に異常は無かった。公園のダンジョンなんてこんなものだ。野良犬が入り込んでいたりすると厄介なんだが今時の日本の町中にはまずいないので心配ない。猫は入り込んでいる筈だが角が生えて多少強くはなっていても食料も豊富な様だし人を襲う事はまずない。だが六層目辺りから様相が変わってきた。明らかに人の手が入っている木がある。『人が入り込んでいるのか?ホームレスがこんなに奥まで入り込んだ話は聞いた事が無いな』と不審に思いながらも人を捜し続けたところ九層目に畑らしきものが存在して人影があった。
「あの~あの人の頭に角が有りませんか?帽子ではないですよね」
「角に見えるな。って事は此処は人のダンジョンだ。人が住みついて増えているんだ」
「怯えているみたいなんですが。どうします」
「声を掛けるしかないだろう。白旗は通じるのかな?」
「でもマニュアルにはそうありますよ。日本人の子孫の筈だから知識が伝承されていれば分かるだろうと書いてあります」
ダンジョン課の対処マニュアルにはダンジョンに住人がいた場合の対処方法が書いてあった。
「知識の伝承がなかったら通じないって事だな。ダンジョンに住むと時間の流れが違ってくるとか聞いた事があるけど本当の様だな。何世代ぐらいたっているのかな」
幸いにも彼に白旗の意味は通じて日本語も通じた。彼の身長は角を合わせるとかるく二mを超えていて顔は厳つくてマッチョと表現するしかない体形だ。少し不安そうな様子が姿形に合っていなくておかしかった。俺は彼に睨まれたらちびって腰を抜かす確信がある。
「こんにちは、初めまして、加藤と申します」
「こんぬつは、矢上だの。何か用かの」
「お話が有って伺いました」
「丁寧だの。なんか話に聞いとったんとは違うの」
「どんな話ですか?」
「外の奴等に見つかったらの捕まっての大穴から追ん出されると爺ちゃんは言うとったの」
どうやら彼等は追い出されることを恐れている様だな。ダンジョンの事は大穴と呼んでいるらしい。そう言えば迷子のいっ君もそう呼んでたな。
「それは無いですのでご安心下さい。少なくとも六層目より奥はあなた方のものです」
ダンジョンの所有権についての法は整備中ではあるが入り口については発見者と土地の所有者そして内部については最初に占有した者に権利が生ずる。この場合の占有の意味はダンジョンを支配してコントロール下に置く事を意味している。要はダンジョン内部を利用している人のものだよって事だ。畑にしても良いし、雑木林にして薪を採っても良い。とにかく利用しなくては権利を主張できない。彼等の場合は明らかに六層目から木の伐採跡が有ったのでそこから奥は確実に彼等のものだ。彼等が主張すれば四層目までは確実に彼等のものに出来る筈だ。現在公園として人々が確実に利用しているのは二層目までで此処までは公園として県の管理下にあり県の所有となるがそこより奥は今回の調査が公式には初めてだからまだ占有しているとはとても言える状態ではない。
「追ん出しに来たんではないんだの」
「ええ、実は迷子が見つかりましてその子が家が大穴の中だと言うので親御さんがこちらにいるのではないかと捜しに来たのですよ。この子なんですが」と子供の画像を見せた。
「子供?そう言えば一人居らんと村んもんが騒いどったかの。この画ではよく分からんの~」
「今度此処に子供を連れてきますので確認お願いできますか?本人はいっ君と言っているのですが」
「いっ君?……本人を見れば分かるかの。連れてきたら良いの」
「長の方はどちらにお見えですか?ご挨拶に伺いたいのですが」
「村長が居るんはもっと奥だの。ここからは遠いの」
「加藤さん、そろそろ戻らないと出る頃には夜ですよ」
そうか今日は少しでも早く帰りたいな。ダンジョンに人が住んでいるのを早く報告したい。次は泊まりの準備もして来ようかな。
「そろそろ戻らないといけません。村長への挨拶は今度伺います。次は子供を連れてきますので宜しくお願いします」
「ん、話しとくの」
我々は挨拶もそこそこに引き返してダンジョンから出て直ぐに上司に報告した。
「この公園のダンジョンには人が住んで何世代か経っています。最初に住み始めた人達が生存の可能性も有ります」
「大発見だね。それで子供の件は如何?」
「確実ではありませんが以前子供が居なくなったと騒ぎが有ったそうなので可能性は高いです」
「そうかそれは良かった。戸籍の手配もしないといけないね。第一世代の人が生きていれば遣り易いんだが。彼等には戸籍が有る筈だからね」
「戸籍の年と実年齢に食い違いが起きますよ?こちらの一年があちらで四十年程になる感じですよ」
「それでも分かれば親御さんとも連絡は取れるだろうしそれに日本人とは限らないしね」
「たしか原則として日本国籍を与える事になっていますよ。角の生えている人達の事ですが」
「角が生えていたんだよね。他には?」
「まだその一人としか接触していません。動画があるので送りますよ」
「おお、本当だ。角が有る。角以外はなりはデカいが普通に人間だな」
「話しても普通に人間ですよ。素手で戦って勝てる人はそんなには居ないと思いますが」
次の日に迷子のいっ君を連れてダンジョンの九層目を訪れるとおっ来たかと言う感じの矢上さんと再会した。
「こんにちは矢上さん。いっ君を連れてきました」
「こんぬつは。その子がいっ君かの。見覚えんある子だの」
いっ君も見覚えがある様で矢上さんに駆け寄って抱き上げられていた。子供を大事にしている様だな。
「いっ君の御両親はどちらですか?」
「村んもんはまだあんたらが怖い様での。居るんはもそっと奥だの。昼間に此処まで出て来るんはおらぐらいだの」
「こちらから伺っても宜しいですか?駄目なら出直しますが」
「んな。村長が連れてき言うとるんでの。行くかの?」
「伺います」
それから彼等の村に行って村長と会談した。村長はダンジョンを最初に見つけて塒に決めたホームレスだ。最初の内は人も入って来なかったので浅めの層で仲間と暮らしていたそうなんだが気が付くとダンジョンの中が公園の延長の様になって人が出入りするようになった。それで追い出されると思った彼等は奥へ奥へと住処を移していったそうだ。皆ダンジョンに魅入られていて木を植えたり畑を作って内部を拡げて行ったらしい。ホームレスの中には元農民もいたから外の畑から色々と拝借すれば畑を造るのは容易だったようだ。最初の住み着いたのはホームレスばかりだったんだがやがて家出少年少女やら自殺志願者やら諸々の事情を抱えた者達が隠れる様に居ついて気が付くと村になっていたそうだ。
ダンジョンの中に暫くいると魅入られて離れ難くなる。普通なら家が外にあるからそれでも家に戻るのだけど彼等は家が無いか家を捨ててきた者達だからそのまま当然の様に中で暮らすようになった。それでも時々は外に出て色々と漁っていた様なんだが中でずっと暮らしていてダンジョンの奥の生活環境が整うと居心地が良くなって次第に外に出なくなった。近代文明の恩恵をそう易々と捨てれるのかと思う人もいるだろう。でもダンジョンに魅入られたダンジョン中毒の人にとってはそんな事は如何でも良いことなのだ。特に外に家も無く中に住み着いている彼等にとってはほんの些末事なのだ。それで気が付くとダンジョンの中では四十年程経っていたって話だ。村長は自分は八十歳ぐらいだと言っていた。実際は年月を気にする人がいなかったので多分そんなもんだと言う感じだ。見た目は四十代?三十代にも見えるな。だが村人の人数や年齢構成から見るにそんな所だろうと同行していた研究者は判断していた。服なんかは如何しているのか聞いてみたらダンジョンに夜中に来てゴミを捨てて行く人が結構いるそうで衣料も時々大量に捨ててあるそうだ。夜中なら見咎められる事もまずないので浅層にも行くらしい。そう言えば大人達の服は如何見てもサイズが合っていないよな。次に来るときはビッグサイズの服を持って来ようか。既製服では無理かな?
我々は村に数日滞在して村長とダンジョン内部の権利関係について様々な取り決めをしてダンジョンを出たのだが外の日付はダンジョンに入った翌日だった。
日本で初めて人が中で居住しているダンジョンが見つかった。最初にダンジョンに住み始めたのはホームレスだ。そして家出人は上はいい年をした大人から下は小学生まで、後は自殺志願者とか逃亡者とかがダンジョンに魅入られて住み着いたようだ。もうすぐ四世代目が産まれそうな状況でまだ最初に住み着いた第一世代が生存していた。彼等が生きている間に接触できたのは幸運だった。もし死んだ後の接触だったら交渉が如何なっていたか分からない。彼等は外の人間に見つかったらダンジョンから追い出されると思っていた様だからな。争いごとになったらダンジョンで強化された彼ら相手に勝てるとは思えない。法律上は日本人の子孫で日本国民なんだから猪のダンジョンの様に自衛官を投入とはならないだろうしな。
彼等の存在については当面は極秘として政府が公開する事は無かった。彼等はこれから産まれる子供達の未来の姿だ。動揺が広がり混乱するのが目に見えていた。角の生えたネズミやウサギがダンジョンの外でも見られるようになった頃に不安に思った親達が病院に殺到して大変だったのだ。今の所この変化を止める方法を人類は持っていない。騒がれようが糾弾されようが誰にもどうしようもないのだ。先送りするしか手が無かった。
政府は公園等にあるダンジョンに人が住んでいないか調査を始めた。人だからと言って放置すると世界中で問題になっている怪物の様になる可能性が無いとは言えない。取り込めるなら取り込んだ方が将来的な危険も少ないだろう。調査の結果、日本中で二十以上の似た様な状態のダンジョンが発見された。殆どは街中の公園のダンジョンだったが中には全島民がダンジョンで暮らしていたなんて例も有った。
その離島では台風の時に避難場所としてダンジョンを使って復興の間もダンジョンに居続けるうちにダンジョンに島民が住み着いちゃったのだ。島民全員がダンジョンに魅入られているから止める者はいない。役場の人間はダンジョンから役場に通っていたらしい。離島である事もあって外部からは気付かれなかったようだ。以前から島の変わりもんがそのダンジョンの中を開拓していて自給自足が可能となっていたのも大きかった様だな。島にはもう一つ半水没状態のダンジョンがあってそこもその変わりもんが色々と弄っていてダンジョンの中は生け簀状態になっていたそうだ。この場合は中で暮らしていると言ってもダンジョンを家替わりに使っているだけだ。住んでいるのも浅層だし外に家もあり行き来していた。ダンジョンに籠っているのではなく外との行き来が頻繁なためかまだ角が生えた人はいない。家が外に合ってダンジョンに通っているのとあまり変わらない状況だな。