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30 真由に角が生える

 日本の巷では北アメリカ大陸で起きたグールの氾濫が大きな話題となっていた。日本中がグールの脅威を喧伝するもので溢れており日本政府は沖縄の島々の防備を更に強化していた。だが長谷部家では人の関心はそこには全く無く、全ての関心が真由に向いていた。


「真由は少し成長が速過ぎないか?もう百七十cmになる」


 真由は少し前から身長がぐんぐん伸び始めてあっと言う間に嫁を越えてしまい今では俺と同じぐらいだ。ダンジョンの所為で成長が促されているとはいえ速過ぎないかなぁ。


「女の子はこんなものよ。早ければ七歳ぐらいから第二次成長期が始まるし」


「そうだっけ」


 そうか真由は九歳だから身長が伸びるのはおかしくはないのか。思い返すに小学生高学年の頃は女子の方がでかかったな。でも百七十cmは大きすぎではないかなぁ。


「ダンジョンの所為で私達の頃とは違うから違和感があるだけよ」


「そうかなぁ」


「そうよ。体が大きいから違和感があるだけよ」


 うちの奥さんは自分に言い聞かせる様にそう言った。俺は真由が赤ん坊の頃にも同じ様に感じた事を思い出した。


「そう言えば真由が赤ん坊の時もみるみる大きくなって違和感があったよなぁ」


「そうそう。定期健診で周りの赤ちゃんも同じだったから安心したけど」


 ダンジョンの発生以降に生まれた赤ん坊はそれ以前に比べて第一次成長期における成長が大きくて初めの頃はニュースにもなっていた。ただ赤ん坊であることに変わりはなく皆が同じ様に大きくなったからか人はその状況に直ぐに馴染んでしまって騒がれもしなくなった。同じ頃に角の生えたウサギやリスを見かける様になってそれを騒ぎ立てた声の方が大きかったのもあるかな?


「真由はあとどのくらい背が伸びるのかな?」


「女の子は高くても二mぐらいと聞いているけど?」


「二mまでは普通ってこと?まだ伸びるの?」


「うちのダンジョンにも強化人は居るでしょ。最近は村でも見かけるし。あれが普通なのよ」


「そうか……そうだよな。あれが普通なんだ。今まで実感がなかったよ」


 うちのダンジョンの深層にも強化人が住んでいて時々浅層に来ては温泉に浸かったり、元里山にある猪のダンジョンに入っては狩りをしたりしている。村のダンジョンの深層にも彼等は住んでいて今ではここらでも普通に見かけるからもう珍しくもない。ただ俺には娘の真由がそうなる実感がこれまでなかったんだ。


「まぁ、これから真由には角も生えてくるわけだし益々実感する事になるわ」


「そうか角なんかも生えてくるんだったな。……真由は角が良いのかな?」


「私は聞いていないけど……何で?」


「研究が進んで変化を色々と選べるようになったからさ」


 今ではナノマシン技術の研究が進んで第二次成長期の変化を選べるようになっていた。日本のダンジョンの住民の間では既に一般的な技術になっていて角を確実に生やしたいあるいは牙は嫌だといった選択に普通に使っている。

 聞く所によるとヨーロッパ諸国はこの日本が開発したナノマシン技術で角を生やさない選択が可能となったのを知るとすぐにその技術を導入したらしい。それで子供に角ではなく鬣の選択をせまる白人の親が増えているそうだ。首周りの鬣なら顎髭を伸ばしているのとあまり違いが無くて角よりは受け入れ易いらしい。嫌なら脱毛すれば良いって感覚の様だな。ただ白人でも角を生やさない選択をしたのは地表に住む子供達だけだそうだ。どうやらダンジョン内で生まれ育った子供達に角に対する忌避は無いらしい。まぁ、親が角を生やしているのに角を忌避する子供はそうはいないだろうな。

 日本では角や鬣を選ぶのが普通で牙や鉤爪は人気が無い様だ。どうやら角や鬣は装飾の意味合いが強いらしい。強さ基準で選ぶ子供もいるみたいだけど日本では少数派の様だ。


「実用よりは装飾よね」


「……角が生えたら村では真由が最初だよな」


「そうね。最近は村に子供が増えたけど真由が産まれた頃は少なかったもの」


「あの頃は役場勤めの若い奴の所を除くとうちにしか子供はいなかったからな」


「それが今では出産ラッシュだもの」


「俺もまさかこの年になって弟や妹ができるとは思わなかったよ。学校も廃校寸前だったのに話が無くなったし」


 日本ではダンジョンの利用が日常となった辺りから子供人口が増加し始めて今では学校の数が足りない事が問題になりかけていた。これはダンジョン由来のナノマシンによって流産や乳児の死亡率が下がった事にも要因があるが一番大きいのはアンチエイジング効果で肉体年齢の若返った四十代以上の女達が子供を生み始めて出生率が上がった事にある。

 研究によると人の出生率が上がったのはダンジョンの氾濫によって人の種の存続に対する危機感が高まったためらしい。日本人は地表でも増えているのだがダンジョン内では爆発的に増加していた。

 ダンジョンの氾濫前の人は種としての危機感に乏しかった。地球上で人に対抗し得る種は人しか居なかった。人が絶滅するとしたら想定されていたのは核戦争で自滅とか行き過ぎた環境破壊で自滅とかだった。それが無ければ自分が子供を産まなくても誰かが産んで人は種として存続する筈だった。それがダンジョンの発生で覆ってしまった。人が繁栄する裏で絶滅の危機にあった幾多の生物種がダンジョンによって勢いを盛り返して地表で人を圧倒し始めたのだ。

 現在の地球上の人の勢力圏は極地を除くと地表の二割に満たないと見られている。人が何とか優勢を保てているのは制したダンジョンの数が多いためで数で凌いでいるに過ぎなかった。人は数で優勢を保たないとこの競争に負けてしまうのだ。それを本能的に察知して出生率の上昇に繋がったものと研究者達は推論づけていた。


「都会から戻って住む人も増えたしね」


「うん、ダンジョンを使えばここから南極にだって通勤は可能だからな」


「便利になったわよねぇ。ただ困るのは真由の行動が把握できないのよ」


 真由がダンジョンを発見してペンギンを放し飼いにすると決めて以降、真由の行動範囲は飛躍的に拡がっていた。真由がダンジョンに住む強化人の子供達と一緒になってダンジョンを使ってあちこちと飛び回っているからだ。日本人のダンジョンのある所へなら案内さえあれば何処にでも行けるので真由は政府の公表前から南極へも行っていた。真由は親の私達が知らない間に友達と連れ立ってペンギンのいる所であれば何処へでも足を運んでいた。そんな感じで育ってきたので真由が今何処にいるのか家族の誰も把握しきれない。真由は夕飯時にはいつの間にか帰ってきていてその日に何があったのか話すのでそこで初めて何処に行ったのかが分かる感じだ。最近は話す言葉から支離滅裂さが消えて話している事も随分分かる様になってきた。そしてそこに時々スペイン語らしき言葉が混じっていたりする。スペイン語かぁ、南米大陸には確か日本人のダンジョンが幾つもあるんだよな。外国にある日本人のダンジョンの出入りは監視があるから大丈夫だとは思うけど……南米かぁ、まだ行ったことがないな。一度行ってみるかな。


「今年の旅行は南アメリカに行ってみない?」


「何よ急に。それも南アメリカなんて。地球の裏側じゃないの」


「日本人のダンジョンが在れば行けるんだから問題ないじゃないか」


「まぁ、そうなのよね。でも何で南アメリカなの?」


「真由と話していて時々スペイン語が出るんだ。それで気になってさ」


「ああ、それは私も気になってた。それで真由に聞いたけどあれはスペイン語ではなくてポルトガル語よ。遊びに行っているのは南アメリカではなくて国内ね。ほら、ブラジル出身の日系人が多く住む町があるじゃない。そこよ」


 南米から出稼ぎに来て日本に定住していた日系人の多くが日本に帰化していた。ダンジョンの氾濫以降の世界的な混乱で母国に戻る目処が立たなかったのだからこれは仕方がない。それに戻ろうにも南米で昔からの国を維持できているのは今ではチリとアルゼンチンぐらいだ。ダンジョンを使えば日本との行き来が可能とはなったものの肉親を捜しに行く者や救援に向かう者はいてもジャガー等の勢力圏となった母国には戻ろうにも戻れないのが現実だろう。


「スペイン語じゃないの?」


「ええ、ブラジルから出稼ぎに来てそのまま居ついた家族の子供達とダンジョンの中で仲良くなったみたいね。真由はダンジョンを使って飛び回っているから行く先々にお友達がいるのよ。うちのダンジョンにも遊びに来てるわよ」


「ふ~ん。見た覚えがないな」


「うちは家族全員が日中は自分好みのダンジョン層に籠って好き勝手してるもの。会うとしたら昼ご飯だけど真由は最近別だし」


「言われてみればこのところ昼は真由とは食べてないな」


 昔は家族一緒にダンジョン内の母親のお気に入りの場所で昼飯を食べていたのだが真由はいつの間にか来なくなっていた。朝飯と夕飯は家で一緒に食べていたし平日は学校給食があるからか休日に昼飯を一緒に食べなくてもあまり気にならなかった。農家は土日が休みと決まっている訳ではないし、ダンジョン内で好きに働いている事もあってかうちの家族は世間とは感覚がズレているんだ。家族全員が自分の好きな事をして生活が成り立ってしまっているから休みが無くても気にならないんだ。


「お昼はお友達と食べているのよ。たまにお友達の分のお弁当も渡しているもの」


「そうなんだ。一度会ってみたいな」


「私はダンジョンの中で一度会ったわよ。お弁当のお礼を言われたわ」


「へ~。それでその友達は真由と同じぐらい大きかった?」


「そう言えば同学年の女の子の一人とはあまり差がなかったわね」


「なら、あれで普通なんだな。でかいけど」


「そうね。普通ね」


「ん~。あとは角だな。いったいどんな感じなんだろうな」


「取り敢えず学校に相談してみるわ。選べるなら選ばせなきゃ」


「ああ、そうだな。選べるんだから選ばせた方が良いな」


 学校に相談したら父母への説明会がある事を知った。まぁ、予想が付く事なのでお役人が予め動いていたらしい。お役人の想定外だったのは角や鬣等を選ぶ方法が予想外に早く開発されてしまった事だ。今はそれへの対応で天手古舞らしい。説明会では子供の第二次成長期についての説明があって指定の病院に予約して診察を受ける様にと指示された。渡されたパンフレットには『詳しくはHPに在ります』とだけあった。こんな説明会を一昨年辺りから始めていたそうな。








 真由が指定の病院で診察を受けて選択してから半年もするとで真由の爪は分厚く丈夫となり額では角が育ち始めた。鬣は嫌だったようで首周りはすっきりしたままだ。日本の女の子の間では首周りの鬣は顎髭みたいで人気が無いらしい。日本では角はあまり違和感もなく受け入れられていた。その為か日本人で角を生やさない選択をした子供はあまりいない様だ。

 真由は角が彫刻するに足る長さまで伸びたら形を整えて彫刻を施し、その上に色を着けたりして飾り立てるのだそうな。学校では角に模様を彫るのは髪形を整える程度の事として問題とはしない方針らしい。角への彫刻はダンジョン内の住人の慣習として社会的に認知されているので今更どうこうできはしないのだ。ただ真由には残念な事に角へのペインティングによる着色については校内では原則禁止だそうな。うちの家族は角の装飾について真由にどうこう言う気はなかった。毎日ダンジョンに入って中の連中と親しくしているのに同程度の飾り立てはしない方が不自然だ。

 日本のダンジョン内の住人は角の彫刻模様を様々な識別に利用している。日本本土に住んでいるとあまり感じないけど日本人は極地では最大勢力となっていて世界的にみると支配するダンジョンの総数をロシアと競っている状況なんだそうだ。日本人のダンジョン内の総人口はとっくに十億人を超えていて、それもあってか日本では個体識別の為の模様を角に彫るのが慣習となっていた。彼等はこの角の模様を一瞥すれば凡その血筋や出身が分かるらしい。当然ながら日本人かどうかもこの角の模様で判別が可能だ。因みに角を生やしていない者達は角を彫る代わりにタトゥーを入れている。真由はダンジョン内の彫り師さんに角を彫って貰うそうだ。角の彫刻には様々な決まりごとがあるらしくて真由が家紋を知りたがったので教えておいた。


 真由の背丈はみるみる伸びてそろそろ角に模様を彫ろうとなった頃には二m近くとなっていた。日本の家屋はこんなに背の高い者が住む造りにはなっていないので敷地内に背に合わせた家を子供達の為に新築した。床から天井までは凡そ四mあり充分に余裕が有る造りにした。そんな事より問題となっていたのは学校だ。第二次成長期の個人差が著しくて日本の小中学校では学習要綱等が現実にそぐわなくなっていた。成長期を迎えていたら小学五年辺りで二mを越えても珍しくもないのだが、成長期を迎えていなければ百三十cmぐらいでも普通だ。知能も第二次成長期に著しく向上するので第二次成長期を迎えた子供と迎えていない子供で能力に差が有り過ぎる。かと言って完全に分けるのは同年齢で精神年齢にあまり違いはないらしく情操教育上は好ましくないらしい。だからと言って分けないと能力に差が有り過ぎて……と方針が定まらないらしいな。

 まぁ、大人達の悩みなんて子供達にはどうでもいいことだ。真由は呑気なもので相変わらず子供達を引き連れてダンジョン内を駆け回っていた。まだ成長していない子供でも犬に乗せてしまえば一緒に行動できるから構わないらしい。ここ最近はスッポンを狩るのが真由のブームらしくて週に一度は食卓に上っていた。少し前まで見るのも怖がっていたのだが体が大きくなるに連れて平気になって狩るのが楽しくなったらしい。スッポンの狩り方はダンジョン内の友達に教わったそうだ。








 気が付くとママとパパは小さくなっていて、額は少しづつ盛り上がり始めていた。額が盛り上がり角を支える土台となってそこに角が生えてくる。鏡を見たり額を触ったりする度に自然と頬が上がって笑みがこぼれた。額から生えた綺麗に彫刻された角の想像で私の頭の中は一杯なのだ。遊んでいる時も気が付くと角を触ってニタニタしているらしい。彫刻のデザインは仲良くなった彫り師のお姉ちゃんと一緒に考えた。角が適度な大きさとなったらそのデザインに基づいてお姉ちゃんに角を彫って貰うのだ。

 彫師のお姉ちゃんと仲良くなったのは随分前だ。私のダンジョンの深層に住む友達の一人がお姉ちゃんに角を彫って貰って、それを見た私が良いなと思ってお姉ちゃんを紹介して貰って角のデザインを持ち込む様になった。その頃の私はまだ背が百三十cmもなくて角なんて生える気配もなかった。私が最初に持ち込んだデザインは決まり事も何も知らないで描いたものだったからやんわりと駄目出しを食らった。それから何度も描き直してはチェックして貰って完成した角のデザインは机の引き出しの奥にしまってある。私は時々そのデザインを取り出しては角が額に生えているのを想像してにんまりしていた。


 角に対する私の思いは額の角が大きくなるにつれて膨れ上がっていて最近は彫り師のお姉ちゃんのもとに毎日足繁く通っていた。


「そろそろ彫ってもいいかな」とその日お姉ちゃんに言われた。


 私は嬉しくて嬉しくて思わず飛び跳ねてしまった。


「それで今から彫るの?今日中に終わる?」


「一日では終わらないよ。今日は形を整えるだけ。その後はこの油で角を磨いて彫るのはそれからだ。少しづつ彫るから彫り始めてから彫り上がるまでひと月はかかるよ」


「いっぺんには彫れないの?」


「そんな事をしたら真由が持たないよ。角を彫っている間は頭を固定して動けないんだよ?下彫りから始めてゆっくりと彫るのさ」


「そうか……でもダンジョンの深層と外では時間の進みが違うでしょう?大丈夫?」


「此処にひと月いればいい。外では十八時間だから一泊する感じだ。親御さんに許しを貰ってきな」


「うん。分かった」


 こうして彫り上がった角をママとパパに見せた。ママは「綺麗ねぇ」と何度も角を撫でていたが、パパは角をじっくりと見て「家紋がないな」とブツブツ言っていた。







 真由の額に角が生えた。少しづつ延びるのを見ていたからか思っていたほど違和感はない。彫り上がった角をじっくりと見せて貰ったのだが家紋は何処にも無かった。聞いてみると彫刻に立体感が欲しくて家紋を目立たなくしたのだそうだ。単純に使うと家紋が悪目立ちするらしい。注意深く探せば分かると真由は言っていたが俺には分からなかった。

 真由は彫刻を施した角に組紐やリボンを付け替えては鏡を見て嬉しそうにしていた。学校でもリボンぐらいなら華美でなければ問題とはしないらしい。

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