ジェミニの森(1)
双子がいっぴき。
双子がにひき。
双子がさんびき……
眠れない夜に数えていたら、通兄さんに笑われてしまった。
双子は、どれだけ数えたってふたり以上にならないよ、と。
ぼくは、おかしなことを言うものだな、と思った。
「お~ん~ど~れ~は~!」
背後から聞き慣れた怒声が近づいてくる。
げっ、と叫んで振り返れば、級友兼級長の水島テツが怖い顔をして立っていた。
「清掃当番! サボるなって何回言えばわかるんだ、猛っ」
「ごめんて~。次は絶対やるからさ、見逃してよー」
「おまえの『次』も『絶対』も! オレはもう信じない!」
そう叫ぶと水島は猛の二の腕を掴んだ。彼の背中で、逃がさないぞという意思表明の炎が立っている。
「はなしてくれよ、テッちゃん。なんせご指名なんだよ、今日は」
「はぁ? 何のご指名だよ」
「合コン。女子大生のオネエサマ方と」
「……」
水島は最大握力を行使した。
「痛い痛い痛い! 骨折れる割れる砕ける!」
「おまえのようなヤツは粉骨砕身してしまえー!」
この二人の教室でのやり取りは、もはや二年F組の面々にすれば茶飯事と化している。
ある者は彼らの喧騒に苦笑を漏らし、ある者は気にも留めず清掃にあたり、ある者は各々の雑談に忙しい。
「水島くん、粉骨砕身の使い方間違ってるよね」
「ほっといてやりな、花実」
水島の用例間違いを囁きあっているのは、近くで見ていた陣川と松本。もはや囁きどころか丸聞こえであるが。
「陣川、おまえも協力しろよ。副級長だろ」
「いやもういいじゃん、音羽のことは諦めよう」
「なんかコエーよ、その言い方。ていうか甘いだろ、いくらコイツが割とイケメンだからって……」
「イケメン、関係ない。やらない奴は何言ったってやらないでしょ。水島ももうほっときなよ。一人くらい足らなくても掃除はできるわ」
そう言い切って陣川は窓の外へ身を乗り出し、黒板消しを叩き始めた。彼女もまた本日の清掃当番なのだ。
水島は、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしてまごついてしまう。
「陣川ねえさんはドライだねぇ。それがありがたい。んじゃそういうことで! おつかれっしたー」
「あっこら! 待て、猛!」
その隙をついて猛が脱兎のごとく駆け出した。その足はスプリンターのように速く、水島が制止するも、あっという間に姿は消えてしまった。
ぐぬぬと拳を握り、この級長は険しい表情で陣川を睨んだ。隣の松本の方が怯えている。
「なんであんな風に言うんだよっ」
「関わるのが面倒だからよ」
「おまえそれでもクラスメートかっ」
「それでもクラスメートよ」
「ああ言えばこう言うっ」
「そしてこうも言う。水島、あんたって普段はそんなに正義漢じゃないよね」
いきり立っていた水島の目が突然泳いだ。
そんな様子を知ってか知らずか、陣川は相変わらず窓の外へ黒板消しの粉を落としている。
「あんたって去年も級長だったけど。ああいうヤツは、基本的に放置する派だったじゃん。なんであいつには絡んでくの?」
水島と陣川は一年生の時も同じクラスだった。
特に親しいわけではなかったが、陣川の方は観察力があるのか、水島の特性をしっかり掴んでいたらしい。
「……幼なじみなんだよ」
ポツリと水島が呟く。なぜか居心地が悪そうだ。
へぇ、と松本が驚きの声を上げた。陣川はふぅん、と言った。
「ってことは、あっちとも?」
陣川が黒板消しを叩くのをやめた。しかし、上半身はずっと窓の外に放り出したまま、そんなことを問うてくる。
水島は眉をひそめ、先程から彼女がずっと見ている方向へ視線を揃えた。
そこにいたのは、猛。いや、猛ではない。猛と同じ顔の、男子生徒――
「充……」
彼もまた当番なのだろう、竹箒を細かく動かし、花壇横の水洗場を掃いている。
乱れ知らずの頭髪、銀縁の眼鏡、きっちりと首元まで締めた制服。何もかも違うけれど、その容貌だけは猛と同じ。
猛の一卵性双生児の弟。隣のクラスの、音羽充だ。
「合コン大好きなお兄ちゃんと、学年首席の弟クンか。あんな個性的な双子と竹馬の友だってんなら、そりゃあんたもほっとけないわよね」
「なんだよ。チクワの友って」
「……。ググれ水島」
ようやく身を起こし、白けた表情の陣川が教室の前方へ去っていく。もう会話に飽きてしまったらしい。
「なぁ松本。アイツ、オレのことバカだと思ってるだろ」
「うん、でもさやかは嫌いな人には話しかけもしないよ。元気出して」
「フォローになってねぇ」
水島は枯れた笑いを漏らした。