俺と勉強会 中
遠藤は俺たちの誘いに二つ返事でOKをくれた。結局俺の家に集まるのは遠藤、慎平、七海の三人だ。まあ、何時ものメンバーといえばそうだな。
各々、一度帰宅し、勉強道具を持って集まる手はずになっている。七海と慎平は家が近いのだが、遠藤は若干距離があるため。遠藤の帰宅時間に合わせた集合時間を設定している。その時間までは若干の余裕があるので、その間に俺はいつものように近所の商店街へと向かい、勉強会に必要な物を揃えていた。
勉強会とはいっても息抜きは必要である。
一時間やったら十分間の小休止を挟み。それを何セットか行う。これが、長年七海を相手にしてきた俺が編み出した効率のいい勉強方である。
というのは建前で、それ以上は七海の集中力も俺の精神力も持たない。
今は、その小休止の時に飲む飲み物や、適当に摘めるお菓子などを買い出し中である。
予算は千円。マイ・マザーが気前よくくれた野口さんを手に入れた俺に怖いものはない。
今だったら。500ミリの紅茶人数分にスナック菓子をつけることだって可能だ。もったいないのでやらないが。
とりあえず買ったのは1.5リットルのミルクティーと適当な駄菓子をバラバラと。うまか棒たらこ味、うまか棒納豆味、うまか棒サラミ味、その他etc。一本十円で腹と口を満たしてくれるうまかぼーは偉大だ。
五円ちょこもいい。というか何枚か買った。
質より量である。七海は食品にカテゴライズしてあるものならばなんだって食うだろうし。
「まあ、こんなもんだろ」
両手に駄菓子を満載した袋を持ったまま帰路へ着こうとした俺に後ろから声がかけられる。
「あら、こんな所で遭うなんて奇遇、ね。……お菓子好きなの?」
振り向いた俺が見たのは、両手いっぱいの駄菓子袋を気持ち悪そうな顔で見つめていた西岡だった。
服装はジーンズにTシャツというラフな格好。さすがに校門の時のように道着など着ていなかった。
あれから分かったのだが、西岡は俺と同じ高校の、しかも同学年だった。クラスが違う為、今まで存在を知らなかった。しかし、校門の一件もあり気まずかったので今までこちらからは話さなかったし、向こうからも話しかけてこなかった。無理にこいつと関係を築く必要もないしな。
しかしこいつの家、俺の家に結構近い。近所の商店街で鉢合わせるくらいだからな。小学校、と中学校では見かけなかったが、ギリギリ学区の境目となっている場所にお互いの家が経っているので面識は無かったのだ。と言うかさすがに小中高と一緒の学校であれば分かる。
そんな俺が奴の何故家を知っているのかというとだ。別に付け回してアイツの家を調べまわったわけではない。アイツの家はこの辺でも有名な武術の道場なんだよ。俺の通う道場ではないがそこかしこに武術の道場が乱立するこの街特有のご近所事情というやつだろうか。
西岡流柔術といえばこのへんではそれなりに有名な道場だった。どうりで聞いた名前だと思ったよ。というかあった時に気がつけ俺。
「別に好きじゃない。それよりお前、こんな所うろついてていいのか道場は?」
「母に買い出しを頼まれたの」
確かに西岡の両手には食材のぎっしり詰まった袋がぶら下がっている。大根、人参、ジャガイモ、豚肉、他にもいろいろ。かなりの量だった。
「重くないの」
「重いわね、指が千切れそう」
見ると、ビニールの持ち手が、西岡の指に食い込んでいた。血流の止まった指が白く変色している。
「少し持ってってやろうか?」
俺も、両手に駄菓子袋を抱えているが、所詮は駄菓子。中身はスカスカである為、見た目よりずっと軽い。目の前で重い食品を満載した西岡を放って帰るのもどうかと思ったので一応聞いてみた。
「いいえ、大丈夫よ。ありがとう」
まあ、普通はそうだろう。対して親しくもない。というか一度絞め落とされた相手に馴れ馴れしくされるのも嫌なのでは?まあ、厚意の押し付けはよくないな。
「そう、じゃあ俺はこれで」
優雅かつスマートにこの場を立ち去ろうと西岡に背を向け、歩き出そうと足を踏み出した。
「本来ならばそう言っているところなのだけれど……」
俺の肩を西岡の細腕がガシっと掴まえていた。力強かった。今更思う、帰りたい。
「まだ買い物が残っているの。一度帰って荷物を置いてこようか思案してた所で貴方を見かけたものだからつい声を掛けてしまったわ」
はじめから荷物持ちやらせる気まんまんじゃないですかそれ。
「貴方が手伝ってくれると言うのなら、その厚意には甘えることにするわ」
なんだろう、実際は手伝わせる気まんまんなのに、お前がやりたそうだからやらしてやるみないな態度。どこかの馬鹿を思い出させるんですが。
「……左様ですか。俺も時間がないから手短に頼むぜ」
一度手伝いを申し出てしまったので、いまさら後には引けない。
「大丈夫よ、買うものは三つだけだから」
そう言って彼女が向かう先を見て俺は手伝いを申し出たことを激しく後悔した。
「お、重い」
彼女が最後に買うものとは米だった。それも10キロを3袋。
女子に任せる買い物じゃないぞこれ。
「助かったわ、実は台車を持って来ようと思ってたんだけど、うっかり忘れてしまったの」
豪快な忘れ物だな。まあ、買い物の量を見れば台車だって必要になるなこれ
「いつも、こんな量を買ってるのか?」
「まあね。うちには兄妹が多いから」
「へえ、何人」
「12人」
「へ?」
一瞬、手に持つ米の重さを忘れてしまった。
「12人よ。上に2人、下に9人の12人」
この少子高齢化の時代にまさかの2桁。その内どこぞのドキュメンタリー番組にでも出演しそうだ。
「兄妹……多いな」
「まだ増えるかもね」
「ふ、増える?」
お前の両親、頑張りすぎだ。
「全く、少しは自分たちの歳を考えてほしいわ。下の子達にこさえてる所見られたらどうするつもりなのかしら。教育に悪いったらないわ」
そんな事を、平然と言ってのけるお前は既に手遅れだな。
「着いたわ」
西岡家の家の庭事情に驚愕している間に、目的地についていたらしい。
武家屋敷といった感じの建物だ。年季が入った塀の向こうからは、気合の入った掛け声が聞こえてくる。
「稽古中か?」
「ええ、貴方もやっていく」
「いや、遠慮します」
なんかもう、話の一端を聞いただけで結構ぶっ飛んだ家族だということは理解した。関わるには少し心の準備が必要だ。というより俺には時間がない。
「そう、じゃあ普通に上がっていったら?荷物持ちのお礼に、お茶ぐらいなら出すわよ」
「せっかくだが、この後予定が入ってるんでこのままお暇させてもらうよ」
気持ちだけ貰っておきます。
「そう、残念ね。貴方の話を聞いた父が貴方に会いたがっていたのだけれど」
ああ、例の父親か。って俺の話?
……嫌な予感がした。
「何の話を聞いたのかな?君のお父上は」
「校門での戦いの話。私と貴方の接点なんて今日を除けばそれだけでしょ」
「マジで?」
やべえよ自分の娘絞め落とされた挙句、後ろから抱きつかれたなんて聞かされてみろ。俺だったら怒るね。そりゃもう烈火のごとく怒るわ。……早く帰ろ。
「少し待ってて」
言い残し家に引っ込んだ西岡。まさか父親を呼びに戻ったわけじゃあるまいな。米だけこの場に置いて俺は立ち去ってもいいだろうか。
そんな事を考えて居るうちに門開き、西岡が一人で台車をガラガラと押して出てきた。どうやら杞憂だったようだ。助かったぜ。
「お米ここに乗せてくれる?」
「お、おう」
言われた通りに米を台車に乗せた。米の重圧から開放されたためか身体が軽かった。今だったら空だって飛べそうだ。
「助かったわどうもありがとう」
「あ、ああ気にしないでいい。この間の詫びって言ったら虫がよすぎるだろうがな」
俺の言葉に西岡は何言ってんだこいつみたいな顔でこっちを見てくる。
「この間の?」
「いやほら、校門でさ色々となんかやっちまったじゃねえか」
「ああ、別に気にしてないわ」
あらやだ男前じゃない。
「そうか。まあ、それならいいんだが」
「まあ、あの時そうとう頭に血が登ってたのは事実だけどね。人のこと海藻呼ばわりするわ、私と戦ってるはずなのにムキになる相手は一緒にいたあの小さい……なんて言ったかしら……なななみさんだっけ?だったし。誰と戦ってんだこいつって感じ」
なが一個多いな。本人が聞いたらブチ切れそうだ。
「ああそれも含めてすまん」
「まあ、それで負けてれば世話ないわね」
表情にはあまり出さないがかなりこいつのプライドをかなり傷つけてしまった気がする……。
「なんか、思い出したらまた腹が立ってきたわ」
なんか、変なスイッチが入っちまったらしい。
「ああ、それじゃあ俺はこれで」
妙なフラグが立つ前にその場を後にしようとした俺の襟首がむんずと掴まれた。なんかデジャブ。
「やっぱりあんた、もう一度私と勝負して」
「ええ?」
心底嫌そうな声だった。だって嫌だもん。
「悪いと思っているなら。もう一度戦って欲しいのだけれど」
こいつ、人の罪悪感を逆手に取りやがった。
「いや、でもほら」
「だって悔しいじゃない。あんな人を小馬鹿にした奴に負けるなんて」
「本人が目の前に……」
「それに私はあの時冷静さを欠いていたのよ」
「あの……」
「本来の私はもっと出来る。もっとやれる。あの時の状況が私に全力を出させなかっただけだから。私はまだ本気出してないだけ!」
「それ、ニートの常套句」
「お黙り」
「西岡さん!?」
なんか君キャラ変わってない?
「とにかく、私を弄んだ挙句。責任も取らずに逃げるなんて許さない」
その言い回し、誤解を招きそうだからやめて。それは置いといて、この子ったら思いっきり根に持ってるじゃないですか。
「男だったら。責任取れ!」
「は、はい!」
あ、やべ。勢いに押されて返事しちまったよ。やっぱ俺ってダメ人間?
「とまあ、質の悪い冗談はここまでにしておきましょうか」
「へ?」
「まあ、正直再戦はしたいけど、ううん、再戦は絶対するけど。この後あなた予定があるんでしょ?」
「あ、ああ」
「それからでいいわ。私もその間に鍛えたいし」
「ど、どうも、ありがとうございます」
「でもさっきのあなたの反応。映像に残しておけなかったのが残念ね」
か……
「校門前の事はまあ、さっきのでチャラにしてあげるわ」
からかわれたーーーーー!
「じゃあね。荷物運びありがとね」
そう言い残し、放心する俺を残し西岡は自分の家へと引っ込んで行った。
西岡の意外とお茶目?な一面に面食らった俺はその後暫く西岡邸の前に佇んでいた。
しかし、あれだ。あいつ、さり気なく再戦の約束だけは取り付けていったな。負けず嫌いな奴め。
校門の前での事件を気にしてたのが馬鹿らしくなってくる。もしかして、そんな俺に気を使ってわざとやったのか?いやいや考えすぎだろ。それこそ自意識過剰だ。嫌だねー思春期少年の脳味噌は、何でもかんでも自分が世界の中心だと考えたがる。
しかし俺って、転生前の記憶も有るから中身は結構いい年の筈なんだが、あれか?精神は肉体に引っ張られるってやつなのか?なんか、情けなくなってきた。
なんだかどっと疲れた。これからなななみさんに勉強を教えるのは正直しんどいが……
「まあ、頑張りましょうかね」
そう言って俺は自分の家(戦場)へと向かっていった。