第1話。夕暮れのコンパス
このお話は、私が幼い頃疑問に思った
『朝日はのぼる。夕日は沈む…じゃあ、その朝日どこへ行ったの?夕日は、どこから登るの?』とお母さんに聞いていた幼い頃疑問に思ったことをテーマに、Aiに文章を作ってもらった共同制作の作品です。
私自身がゴビの調整や行間の演出など、こころを込めて編集しています。
幼い疑問への物語
読者の私と一緒に楽しんでいただけたら嬉しいです
『時をかける交差点 〜運命の書き換え〜』
第1話:夕暮れのコンパス
トントン、トントン……。
夕暮れ時、台所から規則正しい包丁の音が聞こえてくる。
夕ご飯の支度をするお母さんのエプロンの裾を、小さな私はきゅっと引っ張った。
「ねぇ、お母さん。朝日さんはどこへ行ったの? いきなり消えちゃったの?」
お母さんは包丁を動かす手を止めると、
「あらあら」というように優しく微笑んだ。そして、しゃがみ込んで私の目線に合わせると、小さな私の両手をそっと包み込んでくれた。
「朝日さんはね、いきなり消えたわけじゃないのよ。私たちの町をピカピカに照らして、お仕事を終えたから、遠い国へお出かけしたの。あっちの国の子たちが『おはよう』って起きる時間だからね」
「じゃあ、夕日さんは? 夕日さんはどこから昇ってくるの?」
私が西の空の真っ赤な太陽を指さすと、お母さんは秘密の宝箱を開けるような特別な笑顔を見せた。
「夕日さんはね、遠い遠い『夕日の国』からやってくるの。そこは一日中ずっとオレンジ色の、優しくて静かな国。夕日さんはね、長い旅をして私たちの町に届く頃には、すっかり眠くなっているのよ。だから、空をオレンジ色に染めながら『みんなもおやすみ』って、夜のカーテンを引いてくれるの。そしてね、夕方のほんの一瞬だけ、空のどこかにある『ひかりの交差点』で、朝日さんと夕日さんはすれ違うのよ」
「ひかりの交差点……?」
「そう。朝日は『お疲れさま』って夕日にバトンを渡して、夕日は『明日もよろしくね』ってハイタッチするの。そのとき、二人の光が混ざり合って、空が一番綺麗な紫色になるのよ。だから、寂しくないの。明日になったら、また朝日の国から『ただいま』って帰ってくるわ」
お母さんのその言葉を聞くと、私はいつも安心した。
夕焼け空が紫色に変わる瞬間を見るたびに、
「あ、いま交差点でハイタッチしたんだ!」と胸を躍らせていた。
――それから、24年の月日が流れた。
大人になった私――アサヒは、都会の片隅で一人、引きこもるような日々を送っていた。
お母さんは2年前、病気で遠くへ旅立ってしまった。お母さんを失った喪失感から抜け出せず、私の心はあの楽しかった過去に取り残されたまま、時計の針が止まってしまっていた。
ある秋の夕暮れ。お母さんの三回忌の帰り道、私は高台の公園のベンチに座り、形見の「ネジが巻けない古い懐中時計」をぼんやりと眺めていた。
ビルの隙間から、あの頃と同じ、燃えるような紫色の夕焼けが広がった、その瞬間だった。
チ、チ、チ、チチチチチ……!
突然、壊れていたはずの懐中時計の針が、猛烈な勢いで逆回転を始めた。
「えっ……!? なにこれ……!」
驚く間もなく、懐中時計から眩い紫色の光があふれ出し、私の視界をすべて覆い尽くした。強い風が吹き抜け、地面がぐにゃりと歪む。
ハッと気がつくと、私は見たこともない不思議な場所に立っていた。
足元には、光でできた道路が十字に交差している。
右を見れば、どこまでも続く眩しい黄金色の光の海(朝日の国)。
左を見れば、暖かく穏やかな茜色の街並み(夕日の国)。
「ここは……ひかりの交差点……?」
お母さんが教えてくれた、あの童話のような場所が目の前に広がっていた。呆然と立ち尽くしていると、背後から「キャハハ!」と高い笑い声が聞こえた。
振り返った私は、息をのんだ。
そこには、生まれたばかりの赤ん坊を愛おしそうに抱き、幸せそうに笑う一人の若い女性がいた。少し古めかしい服を着ているけれど、間違えるはずがない。
「お母さん……?」
それは、24年前――私が生まれたばかりの頃の、若き日のお母さんだった。
タイムトラベルをしてしまったのだと理解した瞬間、お母さんの姿がにじむ。感動で涙が溢れそうになった、その時。
「……そいつに近づくな」
冷たい、でも聞き覚えのある声がすぐ横から響いた。
驚いて視線を向けると、そこには、ボロボロの服を着て、疲れ果てた顔をした女性が立っていた。
鋭い目つきでこちらを睨みつける彼女の顔は、私自身の顔――いや、今よりも少し歳を重ねた、10年後の未来の私(34歳のアサヒ)の姿だった。
未来の私は、私の胸ぐらを掴み、狂気すら孕んだ必死の形相で言い放った。
「やっと会えた、過去の私。お前が変えるんだ。このままだと、お母さんが病気になる未来は変えられない。10年後の私も、絶望したままだ。……過去をやり直して、お母さんを救ってくれ!」
若き日のお母さん、そして絶望した未来の自分。
過去と未来が交差するこの場所で、私の運命の歯車が、激しく動き出そうとしていた。
(第1話・おわり)




