詰め屋
「そうですか、ご返済を延長して欲しいとおっしゃるんですね?」
と、星崎は物腰やわらかに言った。紳士的な口調であった。
「はい」
と、吉野は必死に土下座してうわずった声で言う。
「何とか一週間。何とか一週間待ってもらえませんか?それまでには必ず、必ず返済しますから......................」
座卓のお茶はとっくに冷えていた。星崎は畳から立ち上がると、吉野を見下すようにして、
「どうやら、あなたにはご返済は無理のご様子だ。これは困りましたねえ?こんな時はどうするんでしょうね。重い借金を抱えたまま悩み続けるか、それとも皆のように、いっそのことと、例えばこの近くのT地区の踏切で命を絶って、重い悩みから解放されるか、あなた次第ですな?」
紳士的だが、強制力を持った強い口調であった。そう言い残すと、黙って星崎はアパートの扉を出ていった。残された吉野は、必死になってワナワナと震え続けていた........................。
「死ねと言うんだな?」
と、藪野は座った目つきで吉野を見返した。喫茶店のテーブルに腰かけて、吉野はブルブルと震えていた。しばらく藪野は黙っていた。そのあとで言った。
「おそらく、詰め屋って奴だな。返済不可能な無価値な人間と判断すると、自動的に消しにかかる。世の中って恐ろしいものだ。彼で何十人、自殺したかしれたものじゃない」
「お、俺、どうしよう.............?」
藪野は正義漢であった。今となっては、彼の心の中で、通常の法律はもはや無用であった。彼自身が法律と化していた。彼がルールであった。
しばらくの沈黙ののち、ある決意をしたように、藪野は重い口調で、
「よく分かったよ。すべて俺に任せてくれ、お前の悪いようにはしないよ、互いに袂を分け合った旧知の仲だろ、水くさい。安心しろって」
それを訊いてホッとしたのか、吉野はゆっくりと身体を崩して、
「これが奴の名刺だ。役に立つかどうか分からんが、使ってくれ。頼む。何とか頼む」
藪野は沈黙していた。そのあとで、ポツリとひと言、
「詰め屋か.............................」
と、ニヤリと笑った。
暗闇である。
真の暗闇に、浮かび上がるシルエットのように、ふたつの人影が映った。
片方の人影は、戸惑うように、両手を振る。
もう片方の人影が、手にナイフのようなものを握ると、ふたつの影が重なり合った。
やがて、片方の影が崩れるように倒れて、もう片方の人影は、あたりの気配を探ってから、どこかへ去っていった..........................。
寂れた墓地である。
桶と柄杓を持った吉野は、片手の花束を見つめながら思った。
藪野よ、お前って奴は.............。
藪野は、もう数ヶ月前に、自分で偽装工作した交通事故で事故死していた。そして、その保険金の受取人名義を吉野にしてあったのだ。彼は立派に正義を果たしたのである。
藪野の墓石の前に座ると、吉野は静かに合掌し、心の中で強く呟くのであった。
「藪野よ、お前の恩は一生忘れんぞ。安らかに眠ってくれ..............」
もう真夏である。あたりに鳴り響く蝉の声が、よりけたたましく吉野の耳に聞こえてくるのであった.......................。




