夜空のもとでの語らい
その夜、ルーナたちは交代で焚き火の見張りをすることに決めていた。
しばらくテントの中で休んでいたルーナのもとへ、やがてニッケが顔を出す。
「ルーナさん、そろそろお願いします」
「ええ、分かったわ。ご苦労さま、ニッケ」
「はいっ」
身体を起こしたルーナが立ち上がると、当然のようにナミも後に続こうとする。
「わたくしも行きます」
「ナミは休んでて。あなたも疲れてるでしょ?」
「しかしお嬢様……」
「いいから。わたしにはアルスもいるもの」
「……かしこまりました。それでは、お言葉に甘えて」
ナミが渋々布団に身を戻すのを見届けてから、ルーナは夜気に包まれた外へ出た。
――ぱちぱちと木の爆ぜる音。
焚き火の橙色が闇を押しのける。
その炎の前に腰を下ろすと、湖から上がってきたアルスが大きな身体を寄せてくる。
『ルーナ、ぼくも見張り手伝うよ』
「ありがとう、アルス。でも、あなたも休まなくていいの?」
『ちゃんと休んでるよ?』
キョトンとしたアルスの返答に、ルーナは前世の記憶を呼び覚ます。
――鯨やイルカは、脳の片方ずつを眠らせて海の中で休息を取る。
空を泳ぐ今のアルスも、きっとその仕組みで眠りながら警戒を続けているのだろう。
「さすがはシャチね。……わたしもそんな風に強くなれたらいいのに」
『えっへん! ぼくに任せなさい!』
誇らしげに胸を張るアルスに、ルーナは小さく笑った。
見上げれば、夜空には数えきれぬほどの星が瞬いている。
ルーナは思わず息を呑んだ。
「ほんとに……きれい。日本の夜空とは比べものにならないわ」
『うん。昔は夜になるとルーナが帰っちゃって、ぼく寂しかった。でも今はこうして、ずっと一緒にいられるんだ』
その言葉に胸が締めつけられる。
思い返せば、勤務時間でしか会えなかった日々。
仕事終わりには必ず別れの時間があった。
「……寂しい思いをさせて、ごめんね、アルス」
そう言ってルーナが額にそっと口づけすると、アルスも舌をちょこんと出して返してくる。
『昔は昔、今は今! ぼくはまたルーナと同じ世界で過ごせて、それだけで幸せだよ!』
「わたしもよ。異世界でもこうしてあなたと一緒にいられる……それが何よりの幸せだわ」
アルスの顔をぎゅっと抱き寄せながら、ルーナは胸の奥でじんわりと温かいものを感じていた。
焚き火の炎と星空の光が交錯する中で、その幸福は確かな形となってルーナの心に刻まれていくのだった。
気がつけば、夜空の星はすでに消え、空には朝の太陽が昇っていた。
焚き火は赤い残り火を失い、灰の中にかすかな熱だけを残している。
「……はっ、寝ちゃってたの……!?」
『おはよう、ルーナ。昨日は疲れてたんだね』
アルスが大きな顔をすり寄せてくる。
呑気な声に、ルーナは額に手を当ててうなだれた。
「見張りしてたはずなのに……!」
『大丈夫だよ。見張りならぼくがずっとやってたし、何もなかったよ。安心して』
「アルス……ありがとう。でも結局、あなたに頼りっぱなしだわね」
詫びるルーナに、アルスは胸びれをパタパタさせて無邪気に笑った。
『気にしないで! ルーナを守るのがぼくの役目だから!』
「アルス……。本当に、最高の相棒だわ」
顔をわしゃわしゃと撫でてルーナが唇をつけると、アルスは嬉しそうに目を細めた。
そこへ、まだ眠たげなベルが大きなあくびをしながらテントから出てきた。
「おはよ~、ルーナちゃん」
「おはよう、ベル。……ごめんなさい、昨日は交代に呼べなくて」
「それは私こそだよ~。気がついたら朝までぐっすりだったんだもん」
おろおろと謝るベルの姿に、ルーナは思わず吹き出した。
「ふふっ、わたしたち似た者同士ね」
「ふえっ? そ、そうなのかなあ?」
ベルが首をかしげていると、今度は元気いっぱいの声が響いた。
「皆さん、おはようございます!」
テントから飛び出してきたニッケが腕をぐるぐる回している。
「おはよう、ニッケ」
「さあ、今日も張り切っていきますよ!」
そのエネルギッシュさに、ルーナとベルは顔を見合わせて思わず笑った。
「ニッケちゃん、朝から全開だね」
「はい! ウチはいつでも元気いっぱいです!」
その言葉だけで、ルーナも少し背筋が伸びるように感じた。
そして最後に現れたのは、釣った鱒をぎっしり詰めたバケツを携えたナミだった。
「皆様、おはようございます」
「「おはようございます、ナミさん!」」
「……またこんなに釣ってきたの!?」
驚くルーナに、ナミは涼やかに微笑む。
「ええ、この湖は実に豊かです。これでもアルス様の一食分にしかならないでしょうけれど」
「キュイー!(お魚ちょうだい!)」
頭を振っておねだりするアルスに、ナミはくすくすと笑いながらバケツを傾けた。
「お嬢様と同じ言葉がなくとも、アルス様の考えはよく分かります。さあ、どうぞ」
鱒を一気に呑み込み、「ごちそうさま!」と言わんばかりに嬉しそうに鳴くアルス。
「やっぱり足りませんね。出発までに、もう一度釣って参ります」
「ナミ、ご苦労さま……」
すぐさま釣り竿を持って湖に戻るナミの姿に、ルーナは肩をすくめつつ苦笑する。
その後、簡単な携帯食で朝食を済ませた一行は、再び旅路へと足を進めた。
ヨル湖での一泊は、ルーナにとって忘れられない記憶になったのである。




