森を抜けて
アルスの背に揺られながら進むことしばらく、ルーナのお腹からキュルル~と可愛らしい音が鳴った。
「あ……っ」
お腹を押さえて頬を染めるルーナに、ナミが静かに提案する。
「出発してからまだ何も召し上がっていませんからね。そろそろ休憩いたしましょうか」
「そうね。――アルス、止まって」
ルーナの声に応え、アルスはふわりと宙で静止する。
降り立った草地で、ナミが黒いトランクを開いた。
「このようなこともあろうかと、今朝サンドイッチを用意しておきました」
「さすがナミね! ありがとう! ――ニッケとベルもどう?」
差し出された包みを見て、二人は目を丸くする。
「え、いいんですか!?」
「なんか悪いよ~!」
「気にすることないわ。だって、もう友達でしょう?」
にっこりと微笑むルーナに、ベルは口を押さえて涙ぐんだ。
「ルーナちゃん……!」
パンを開けば、色鮮やかな野菜に卵、燻したハム。香ばしい香りが空腹を刺激する。
「んーっ! すっごく美味しいです!」
とニッケが礼儀正しく感嘆し、
「こんなの久しぶりだよぉ~!」
とベルは頬を膨らませて笑った。
「喜んでいただけて光栄です」
ナミも控えめにほほえむ。
「さすがナミね」
ルーナが誇らしげに言った。
その時、大きな頭が横からぐいっと割り込んでくる。
『ぼくもごはん食べた~い!』
「はいはい……。ナミ、例のアレを」
「承知しました。――コネクト」
ナミが魔法で取り出した鰯の束をルーナが放り込むと、アルスは一呑みに。
ごっくん、と喉を鳴らした瞬間、潮の匂いがふわりと漂った。
「ひ、一口が大きいです……!」
「あんなに身体が大きいんだもん……!」
二人はぽかんと口を開け、圧倒されていた。
「さて、腹ごしらえも終わったし、そろそろ行きましょうか」
「はい、お嬢様」
再びアルスの背に乗り込み、一行は鬱蒼とした森の奥へと進んでいった。
しばらく進むと、木々の密度が薄れ、差し込む光が一層まぶしくなっていく。
「そろそろ森を抜けますね」
「さすがアルスですね、もう森を抜けてしまうなんて!」
「徒歩だったら丸一日かかっちゃうところだよ~」
「キュイ~!」
ニッケとベルに褒められて、アルスは嬉しそうに声を上げた。
やがて森を抜けた瞬間、視界は一気に開ける。
眼下に広がるのは、黄金色に波打つ広大な田園地帯だった。
「きれい……!」
ルーナは思わず息を飲む。
陽の光を浴びて金色に輝く麦畑が地平の彼方まで続き、風に揺れるたびに波のような模様が生まれては消えていく。
その合間には、白い壁に赤い屋根を載せた小さな農家が点々と立ち、煙突からは煙がゆるやかに昇っていた。
畦道には腰を曲げて作業する農夫の姿や、追いかけっこをする子供たち。
干し草を積んだ荷馬車がゆっくりと進み、どこからか牛や羊の鳴き声も響いてくる。
「森の静けさとはまるで別世界ですね……」
とナミが目を細める。
アルスの背に揺られながら、ルーナは胸いっぱいに澄んだ空気を吸い込んだ。
「……この景色、きっと一生忘れないわ」
農道沿いをアルスがゆったりと進むたび、鍬を振るっていた農夫たちが一斉に手を止め、驚きと好奇心の入り混じった視線を向けてくる。
「……やっぱり目立ってしまうのね」
「当然でございます。こんな田園にアルス様のような存在、誰も見たことがありませんから」
その時、畦道から小さな子供がふらりと飛び出した。
「アルス、止まって!」
ルーナの声に従い、アルスは胸ビレを突き出すようにして急停止する。
母親が慌てて子供を抱き寄せ、畑の奥へ連れ戻していった。
「ちょっと怖がられてるのかしら……」
「アルスくん、こんなに可愛いのにね」
「……致し方ありません」
ルーナとベルが残念そうに呟き、ナミはそっと肩を落とした。
のどかな田園地帯を抜けると、平原の向こうに赤茶の外壁がそびえるのが見えた。
「町だわ!」
「地図によれば、花の町フローラです」
ナミが冷静に答える。
「ウチらちょうど、フローラから狩りに出てたんですよ!」
「よかった~、帰り道が近くて安心だよ!」
「あなたたちの知ってる場所なのね。頼りにしてるわ、二人とも」
やがて赤レンガを積み上げた外壁に近づくと、槍を持った門番が声を張り上げる。
「止まれ!」
「な、なんだそのデカブツは!?」
アルスはきょとんと首をかしげ、ルーナに小声で囁いた。
『デカブツって、ぼくのこと?』
「そうみたいね……でも、このままじゃ中に入れないわ」
「ここはわたくしに」
ナミがひらりとアルスから降り、懐から銀細工のバッジを取り出す。
「こちらはダックリバー家の第三公女、ルーナ様であらせられる!」
毅然とした口調に、門番たちは慌てて槍を下げ、背筋を伸ばした。
「こ、これは失礼を……! どうぞお通りくださいませ、公女様!」
急な手のひら返しに、ルーナは苦笑を漏らす。
「ウチらはこれで通れます!」
ニッケが腰の袋からカードを取り出し、ベルも同じく提示する。
「それは?」
「ハンターギルドの証明書です。依頼の受注や町の出入りで身分証明になるんですよ」
「旅人にとっては欠かせないものなんだよ~!」
カードの端には一つ星が刻まれていた。
「では、参りましょうか」
「ええ。――アルス、よろしくね」
『うん! 任せて!』
こうしてルーナ一行は、花の町フローラへと入場した。




