5 オトナシ
帰り道。
夜が明け始めた薄い空の下、二人は並んで歩いていた。
「なあ、お前……もしかして、喋れないのか?」
青年はこくりと頷き、懐から一枚のカードを取り出した。
少しくすんだケースに入ったそのカードには、《自己紹介カード》と書かれており、丁寧に書かれた文字が並んでいる。
『名前は“オトナシ”です!
大学生やってます!好物はくだものです!
生まれつき声が出せません。でも筆談でお話できます!
貴方のことも教えてください』
「自己紹介カード? へえ、オトナシ……? これ本名か?」
オトナシと名乗った青年は、ふるふると首を横に振る。
『あだ名。分かりやすいでしょ?』
「まあ、なあ……あんがとよ」
カグチがカードを返すと、オトナシはそれを指さし、次にカグチを指差した。
「……? ああ、俺はカグチ。今は無職で、えーと……好きなもんは……おでん?」
オトナシは嬉しそうに、『カグチ』という口の形だけを作った。
声は出ていないのに、不思議と聞こえた気がした。
彼はそのままノートの表紙に何かを書き込むと、ページをめくって新たに文字を綴る。
『よろしく、カグチ。
カグチはなぜあそこに?』
「あっ……と、な……」
カグチは答えづらそうに言葉を濁す。
その様子を見て、オトナシはそっとペンを動かした。
『ごめん、無理して言わなくていいよ』
そして、少し考えるように間を置き、さらに続けて書く。
『君も星空を見に来た。そうでしょ?』
ノートの端に、あの川らしき線と子どもの落書きみたいな五芒星を描いて、彼はにこりと微笑んだ。
「……そうだな」
表情が和らいだカグチを見て、オトナシはノートを閉じると、ふっと微笑んだ。
やがて、分かれ道に差し掛かる。
オトナシがカグチとは逆方向の道を指し、手を振って歩き出そうとした瞬間、カグチはふいに声をかけた。
「じゃあな! 気ぃつけて帰れよ」
オトナシは目を丸くしたあと、ぱっと笑顔になると、ぶんぶんと大きく手を振りながら軽い足取りで道を進んでいった。
カグチは彼の後ろ姿を見届けたのち、明け方の道をゆっくりと歩き始めた。




