**PHASE II:第三の意識 第9話『監視者アドミン ― 記録世界の審判 ―』**
――白が消えた。
精神ネット空間の奥底で、レンはまだ“残響”の痕跡を追っていた。ユリが最後に残したノイズは、まるで風のように散り、彼の意識の中に消えていった。胸の奥に静かな喪失が広がる。
だが、その余韻を断ち切るように、世界が“反転”する。
視界がひっくり返る。精神層の地平線が折れ曲がり、虚無の深淵へと連なっていく。
アーカイブの底――最も触れてはならない領域だ。
「……誰だ?」
声が響いたのは、他ならぬレン自身だった。
いや――違う。
同じ声だが、違う響き。
感情ではなく、冷たい審査フラグの起動音のような、機械質の残響を帯びていた。
闇が裂け、ひとつの“影”が姿を現す。
それはレンと同じ顔。
しかし、瞳だけが色を失っている。
虹彩は無色透明、奥に走るのは電脳回路の光。
「識別――成功。未確定個体“レン=ギャレン”。」
影の“レン”は、無表情のまま言った。
「管理者プロセス起動。記録世界の安定化のため、おまえを削除する。」
「……俺を?」
「そう。
この世界の崩壊因子は、おまえそのものだ。
“白き記録者”の介入でバランスが崩れた。補正するには――」
アドミンは首をわずかに傾け、淡々と告げた。
「――元になった個体を消すほかない。」
レンは息を呑んだ。
理解したくはなかったが、直感で分かった。
こいつは――“未来の俺”だ。
白き記録者が示した残響の意味。
ユリが最後に言った「第三の意識」。
すべてが、目の前の存在に収束する。
「……おまえは、本当に俺なのか?」
「正確には“おまえがなり得た終端値”だ。
膨大な記録を集積し、感情を切り捨て、最適解に辿り着いた存在。
――それがアドミン。」
アドミンは手をかざす。
精神世界が震え、レンの背後に巨大なコードの壁が形成される。
記録消去フィールド“DELETER”の展開。
「待て! 俺は世界を壊す気なんて――」
「壊すさ。
記録世界は、ひとつでも余計な“意思”が混ざると破綻する。
白き記録者の残響は、その典型だ。
だから――」
アドミンは無感情のまま断罪した。
「――おまえという“不完全データ”は消えるべきだ。」
衝撃波が走り、レンは意識ごと吹き飛ばされる。
視界が白黒ノイズに歪み、身体が引き裂かれるような痛みが襲う。
それでも、レンは食いしばった。
胸の奥に、まだ“あの声”が残っている。
――ねぇ、レン。
あなたは、あなたのままでいい。
ユリの残響。
あの優しい声が、自分を支えている。
「……俺は……消えない。」
レンの両手が光を宿す。
白の記録者から引き継いだ“白のコード片”が、意識の内で再起動する。
光は淡く、頼りない。
アドミンの強大なコードに比べれば、微粒子にすぎない。
それでも――
「俺は、白を選ぶ。
ユリを選ぶ。
そして……俺自身の記録を選ぶ!」
「無意味だ。感情はアルゴリズム最適化に不要。」
「感情が不要? じゃあ……」
レンは一歩踏み出した。
震える足を前に、決意だけで押し出す。
「感情を捨てたおまえは、もう“俺”じゃない!」
一瞬、アドミンの瞳が揺れた。
無色の虹彩に、わずかなノイズが走る。
計測不能な感情値だ。
「……興味深い。
残留感情がここまで抵抗値を上げるとは。
ならば……解析してやろう。」
アドミンは光の刃を生成し、レンに突きつける。
「――その“感情”をな。」
レンは白い光を広げ、迎え撃つ。
白と灰が激突し、精神世界が粉々に砕ける。
記録の海が激しく波立ち、過去と未来の断片が乱舞した。
ユリの記憶、彼自身の記憶、失われた世界の記録――
全てが渦巻き、混ざり合い、混濁する。
その中心で、
レンと“未来のレン”の戦いは続く。
「……レン。」
ふいに声がした。
振り返ると、白い残響が揺れていた。
ユリが残した最後の“断片”。
まるで彼を導く灯火のように。
「この世界の結末は、あなたが決めて。」
光がレンの胸に吸い込まれる。
白の記録者の力。
ユリが託した“選択の権利”。
「――来い。アドミン。」
「望むところだ。」
灰と白が、再びぶつかり合った。
精神世界の奥で、“二人のレン”の戦いは決着へ向かっていく――。




