第8話 アンダー・アーカイブ ―白の残響―
PHASE II:白の残響
——落下していた。
どれほどの時間、深淵へ沈んでいるのか分からない。
だがレンは確信していた。
この先に“白き記録者ユリ”の残響がある。
ブラック・アーカイブの底部からさらに下、
アンダー・アーカイブと呼ばれる最深領域。
記録世界の誰も到達したことのない“無名の層”だ。
(ユリ……待ってろ。必ず取り戻す)
新たな装甲、モディファイア・ギャレンの素体が脈動する。
白と黒、二つの光が混ざり合い、レンの意識を震わせた。
やがて落下が止まり、足裏に冷たい金属の感触が広がる。
周囲一面、銀色の霧。
何千もの断片化したデータが吹雪のように舞っていた。
天も地もない、無重力の静寂空間。
ここが——アンダー・アーカイブ。
「……ユリ?」
レンが呼びかけると、霧の向こうで微かな揺れが起きた。
かすれた声が聞こえる。
——……レン……?
その瞬間、胸の奥が熱くなる。
ユリの声だ。間違いない。
だが次の瞬間、空間が裂けるような音が響いた。
銀霧を押し分けるように、人型の“何か”が現れた。
白い。
透けている。
しかし、感情が抜け落ちた瞳だけが、虚無の光を宿していた。
「……ユリ?」
レンが名を呼ぶと、その存在は少しだけ首を傾けた。
「認識:対象 レン。
感情データ:未復元。
記録者ユリ:現在、同化中……」
声はユリだ。
だが喋り方は、まるでプログラムだった。
(……ユリは“データの破片”になってるのか)
白い存在——
**《ホワイト・エコー》**が一歩踏み出すたび、
足元の霧がまるで雪のように砕け散る。
「レン……あなたは、白でも黒でもない……
“未分類データ”……危険因子……」
「違う! 俺はお前を助けるために来たんだ!」
「判定:接近、拒否……」
次の瞬間、白い腕が軌跡を残して振り下ろされた。
刃のような情報体が空間を切り裂く。
レンはすれすれで避ける。
背中の装甲が薄く裂け、黒い光が散った。
(本気で攻撃してきている……!
これはユリじゃない、“残響”だ……)
白い影は動きが速い。
ユリの思考速度をデータ化したような鋭い動き。
「ユリ、聞こえてるなら戻ってこい! 俺だ!」
呼びかけに、白い存在がわずかに反応した。
攻撃が止まり、顔が近づく。
「……レン……?」
かすかに、ユリの表情が見えた気がした。
だが——
「感情データ:破損……再生……不可……」
声が途切れ、白い存在がふらりと後退。
その身体に、黒いノイズが走った。
「危険……
黒層より侵入した影……識別不能……」
(影……? いや、違う)
レンは気づいた。
白いユリの残響に混ざっている黒ノイズは——
自分が連れてきた黒の記録者のデータだ。
レンの背後の闇から、黒の気配が伸びようとしていた。
「不完全な形でここへ来れば、影が侵食を始める……
そういうことか……!」
レンが黒の光を抑えようとすると、
白の残響が突然、両手を広げて立ち塞がった。
「レン……危険……退避……して……」
ユリの声だ。
今度は間違いなく“ユリ本人”の感情が含まれていた。
「ユリ! 戻れ! ここにいるなら、帰ってこい!」
レンは彼女へ手を伸ばす。
白い霧が反応し、ユリの残響の輪郭が少し濃くなった。
——レン……
囁き声が耳元で響く。
その瞬間、レンの意識に白い光が流れ込んだ。
ユリの記憶断片。
最後にレンへ向けた想い。
「まだ……あなたを守りたい」という声。
(やっぱり……ユリは“消えてなんかいない”)
レンが踏み出す。
「俺は、白でも黒でもない。
どちらも“救う側”になるんだ。
だから——お前を取り戻す!」
黒と白が同時に爆ぜた。
レンの身体から放たれた光が
アンダー・アーカイブの霧を押し広げる。
白の残響が眩しさに震え、腕を伸ばした。
「レン……帰りたい……
一緒に……いたい……」
「俺もだ、ユリ!」
二人の光が触れ合った瞬間——
空間が大きく揺れ、耳を裂くようなノイズが鳴り響く。
アンダー・アーカイブの奥底で、
巨大な“眼”のような光が開いた。
——第三の意識。
記録世界のすべてを監視する存在。
《アドミン》が、完全起動を開始した。
「侵入者確認——
未許可データ《モディファイア》と
破損記録者を検出……処理開始……」
巨大な光が、二人を見下ろした。
レンはユリの残響を抱きかかえ、立ち向かう。
「来いよ、アドミン……
この記録世界ごと、書き換えてやる!」




