第7話 黒の覚醒 ―モディファイア・レン―
PHASE II:黒の覚醒(フェイズ・ツー:黒の覚醒)
——静寂の闇が脈動していた。
レンは目を開ける。だがそこは宇宙でも、ネットワーク空間でもない。どこまでも深く沈んだ“影の記録層”。記憶の裏側だけが集積される深淵領域だった。
ユリが白き記録者となり、最後の光を残して消えたあの瞬間。
レンの意識は、この黒層へ落ちてきたのだ。
——レン。
背後から声がする。振り返ったレンは息を呑んだ。
そこには、自分と同じ顔をした“黒い男”が立っていた。白でも光でもない。影そのものが人型を取った、もう一人の《ギャレン》。
「……俺、なのか?」
「ああ。お前が封じてきた“怒り”と“迷い”、そして選ばれなかった記憶。
その残渣だけで形成された、もう一人の《ギャレン》だ」
黒い男は静かに歩く。足音ひとつ響かない。
それは影が影を撫でるような、不気味な静けさだった。
「ユリを消したのは……お前じゃないのか?」
「違う。彼女自身が選んだ。
お前を“白”へ導くため、己の記録を削って消えたんだ。
だが──」
黒の気配が、刃のように鋭く変化した。
「お前はまだ、白の記録も黒の記録も扱えていない。
だから——進化が必要だ、レン。」
闇がうねり、黒い粒子が渦を巻く。
レンの身体に痛みが走った。
「やめろ……っ、何を——!」
「受け入れろ。これは続きだ。
白では届かず、黒では壊れる。
その中間に立つ“書き換えの者”となるのが——
お前の道だ」
黒い手が伸び、レンの胸へ触れる。
その瞬間、視界が逆転した。
暗闇が裂け、凍っていた感情が流れ込んでくる。
怒り。
孤独。
恐怖。
そして……ユリを失った痛み。
(こんなにも……押し込んでいたのか、俺は)
胸の奥で黒が震え、白の残響と衝突し、そして——混ざった。
レンの身体に新しい“装甲”が現れる。
黒の破片が皮膚から浮かび、白い光がその隙間を埋める。
両者が絡み合い、やがてひとつのデータ骨格へと収束していく。
黒と白。
影と光。
矛盾するはずの二つの記録が、ひとつの形を作り上げた。
「——それが、お前の新たな姿。
《モディファイア・ギャレン》の誕生だ。」
黒のギャレンが告げた瞬間、黒層全体が振動した。
深層が共鳴し、黒い光の波が吹き荒れる。
「ここから先は、お前自身で選べ。
白き記録者を救うのか。
黒を掌握するのか。
あるいは——記録そのものを書き換えるのか」
レンは拳を握り、ゆっくり目を開く。
その瞳には黒でも白でもない、淡い“銀”の光が宿っていた。
「俺は……俺の選択で進む。
ユリを取り戻すために。
そして——誰かの記録を奪う存在を、止めるために」
黒のギャレンは満足げに笑うと、霧のように消えた。
「行くといい、レン。
さらに深い場所——アンダー・アーカイブに、
白き記録者の残響がある」
闇の底から呼ぶ声が聞こえた。
ユリの声。微かで、壊れそうで、それでも確かだった。
「ユリ……待ってろ。必ず行く」
レンは黒い光に身を投じ、深層へと落ちていった。
その背中を見送り、ブラック・アーカイブの底で何かが目を覚ます。
——記録世界を統べる“第三の意識”。
《アドミン》の起動を告げる音が、闇に響いた。




