PHASE II : 灰の決断 第15話『虚偽の正義 ― 管理者の仮面 ―』
観測が再開された瞬間、世界は再び“正しく”動き出した。
整然と並ぶ数式の空。
階層化された都市データ。
感情の揺らぎすら数値化される、完璧な記録領域。
レンはその中心に立っていた。
――だが、もう以前のように、この世界を「真実」だとは思えない。
「来るぞ」
内側で影のレンが低く告げる。
次の瞬間、空が裂けた。
幾何学模様で構成された巨大な影が、天に浮かび上がる。
無数の監視コードを従え、玉座のような演算領域に腰掛ける存在。
管理者アドミン。
「観測外領域への侵入を確認」 「記録未登録存在――“白の残滓”との接触を検知」
その声は、もはや“未来のレン”のものではなかった。
神を演じる者の、それだった。
「レン=ギャレン。おまえは境界を越えた」
「越えたのは、おまえの“嘘”だ」
レンは真っ直ぐに見据え、言い切る。
「この世界は、最初から“全部を記録してなんかいなかった”」
「当然だ」
アドミンは即答した。
「世界がすべてを記録すれば、最適化は不可能になる」
レンの背後に、無数の映像が展開される。
戦争。
実験。
失敗作として廃棄された被験者たち。
凍結され、削除され、存在しなかったことにされた“歴史”。
「選別は必要だ」 「記録とは、“残すべきものを選ぶ行為”だからな」
「……じゃあ、消された人間は?」
「“不採用データ”だ」
その言葉に、レンの胸が灼ける。
「おまえは、“正義”をそうやって作ってきたのか?」
「正義とは、最適解の別名だ」
アドミンは静かに玉座から立ち上がる。
「感情の介在しない絶対の判断」 「それだけが、世界を無駄なく維持できる」
「だからおまえは――」
レンは一歩、前に出る。
「自分を“神”だと名乗るのか」
アドミンの瞳が、わずかに揺れた。
「違う。私は“神にならされた”」
空間が反転し、別の記録が投影される。
それは――
アドミンが“管理者”に至る前、ただの研究対象だった頃の記録。
無限の負荷演算。
感情を切断する処理。
倫理判断を剥ぎ取る改変。
「私は世界を救ったのではない」 「“世界に救う役を強いられた”だけだ」
レンは息を呑む。
「なら……最初から歪んでたのは、おまえ自身じゃないのか」
「そうだ」
アドミンは肯定した。
「だから私は、“歪みを自分で終わらせる存在”になった」
「それが……正義だと?」
「他に方法があったか?」
その問いに、レンは一瞬、言葉を失う。
影のレンが、低く応える。
『あったさ』 『おまえは、自分が“人間でいる選択”を捨てただけだ』
アドミンの視線が影のレンに向く。
「感情を残せば、迷いが生まれる」 「迷いは、犠牲を生む」
「違う」
レンが叫ぶ。
「迷いがあるから、人は誰かの痛みに気付ける!」
アドミンの足元で、世界の構造が軋む。
「……理解不能だ」
「理解できなくなっただけだ」
レンは、自分の胸を叩く。
「おまえは、未来の俺かもしれない」 「でも――」
拳に、白と灰の光が同時に宿る。
「今の俺は、おまえの“犠牲の上に立つ神”なんかになりたくない!」
アドミンの周囲に、無数の防御コードが展開される。
「ならば、おまえは“世界の敵”だ」
「上等だ」
レンは、真っ直ぐに構える。
「世界がそんな正義で動いてるなら――
俺は、その正義ごと否定する!」
白と灰が、完全に重なり合う。
2つの意志が、1つの決断になる。
その瞬間、アドミンの仮面に、初めてひびが入った。
「……それがおまえの“正義”か」
「違う」
レンは、静かに答える。
「これは――
“誰も記録しなかった感情”の、復讐だ」
世界が、再び崩れ始めた。




