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聖女、グレる。  作者: 水神流文筆道開祖
第一章 聖女と悪魔の前奏曲
8/22

井戸は斜めにひび割れて

 女神教会の総本山〈聖地教会〉は、円形の巨大な壁に囲まれている。

 教会の南側には巨大な門があり、そこからしか出入りすることができない。

 聖地を守る結界が張られているので、壁を越えて侵入することは不可能だ。

 壁の中は治療室などの一部を除き、関係者以外立ち入り禁止である。


 そのため、礼拝堂や孤児院は壁の外に建てられていた。


 王都には礼拝堂と孤児院が一つしかない。

 誰しもが目を奪われる外観。その威容、その存在感、その光景は異様であった。

 長い歴史の中で増改築を繰り返し、まるで城のような巨大建造物と化していた。

 外観だけにとどまらず、内装も貴族の邸より豪華な宮殿のような有様である。

 王都の孤児たちは「住処だけは王族」と揶揄されたりするが、必要に応じて改築しただけで、職人たちがやたら気合いを入れた結果こうなっただけである。


 しかし、終戦したのに孤児となる子供が一向に減らないのはなぜなのか?


 親と死別した子供たちよりも、親に捨てられた子供たちのほうが多い。

 子供を捨てた親にも理由があるのだろうが、やりきれないことである。


「よっ……調子どーよ? おまえら」


 三人の子供たち――私の友達に気さくな挨拶で声をかけた。

 私とイザベラは市場で買物をすませ中央公園をのんびり散策していた。

 たまたま通りかかった広場で、友達が遊んでいたので興味が湧き、今に至る。

 中央公園の南側には孤児院があり、この三人の女の子は教会が養う孤児たちだ。

 孤児かどうかは服装を見れば一目でわかる。

 孤児が着用している生成色の貫頭衣と茶色のボーンサンダルは孤児院が用意したもので、簡素だが丈夫で長持ちする。

 今日日こんな古風な服装の子供なんて孤児くらいである。

 カイ、メイ、レイ、遊びに興じていた私の友達が一斉に振り返り声をあげた。


「せいじょさま! せいじょさまだ!」

「げっ! 噂をすればセイジョ! や、やばい!」

「バカ! みだりに御名を唱えるから! 三回唱えると死ぬって噂が――」


 えっ? 何それ……知らん……怖……って、私の名前を勝手に呪いにするな!

 同い年のレイを見据える。琥珀色の瞳が微かに揺れ、水色の長い三つ編みが尻尾のように振れる。柔らかな小麦色の肌には汗が滲んでいた。

 姦しい仲良し三人組が、何やら私のことを噂していたようだが……。


「三回唱えると死ぬって? 面白いな。レイ、私の名を言ってみろ」


 レイに意地悪な言葉を投げかけた。聖女セイジョ・セイジョ。ほれ言ってみろ。


「――えと、まあ、なんだ……気にすんなよ。ただの噂だから、な?」


 レイは作り笑いを浮かべ冷や汗をかいていた。怪しい……胡乱な目を向ける。


「おまえが噂を流した張本人だろ?」

「あひょ!?」


 直感を信じて問うとレイは奇声をあげた。やっぱおまえかよ。だと思った。

 私より背が高いからってなめやがって……だが、今そのことは置いておく。

 最年少のカイ――もうすぐ七歳だったか、犬の獣人の女の子に話しかけた。


「どうしたカイ? 珍しく泣いてたようだが……」


 カイの白い頬は涙の跡で汚れており、栗色の瞳は赤く充血していた。

 今は泣きやんだようだが、看過するわけにはいかない。

 カイは犬耳を倒し尻尾を振ると、私に手を伸ばした。カイに近づき抱き寄せる。

 右手でカイの頭をなでる。左手で腰まで伸びた栗毛にそっと触れて慰めた。

 カイは私の背中に手を回し、ぎゅっと抱きしめてくれた。胸の中で命が震える。

 優しいぬくもりが二人の体を巡り回帰する。カイを見つめると、続けて尋ねた。


「……泣かしたのは誰だ?」

「メイが、メイがわるいの」


 名指しされたメイを流し目で見ると、もげそうな勢いで首を横に振っていた。

 一歳下のメイはショートカットのせいで少年のようだが、れっきとした女の子で橙色の美しい髪に可憐な顔と白い美肌が、背徳的な魅力を醸していた。

 髪を伸ばしたほうが絶対可愛いのに、なぜだかメイは頑なに伸ばそうとしない。

 一年前、メイは自慢の長髪を切り捨てた。

 メイに顔を向けると、その澄んだ翡翠色の瞳を覗き込み、諭すように言った。


「女の子を泣かせるとは、感心しないな」

「オレも女の子なんだけど……」

「女の子同士なら尚更だ。被告人メイ、事情を述べよ」


 少しおどけてみせると、気が抜けたのかあっさりとメイは白状した。


「オレたちメンコで遊んでて、カイが全然勝てなくてさ。で、泣いちゃったわけ」


 異世界の遊戯〈メンコ〉とは、「紙の絵札」を使って戦う子供に大人気の競技。

 ……だったような気がする。聞いた話だが、確か異世界では悪の結社が……。


「せいじょさま! メイをやっつけて!」


 カイがそう言うと私の鼻先に絵札を突きつけた。

 絵札を手に取りまじまじと見る。カイに尋ねた。


「これって……私?」

「うん、せいじょさまのメンコ、すごくかわいいでしょ?」


 えっ? 何それ……知らん……怖……って、私の姿絵で勝手に商売するな!

 許可した覚えなんてないぞ? きな臭いな……だが、今そのことは置いておく。

 話が脱線しそうな気配がしたので、話を元に戻すためカイの意思を確認する。


「つまり、メイとメンコして勝てと?」

「うん!」


 ――いつの間にか、メンコ対決をすることになった。

 カイと離れメイと対峙する。

 私とメイの間にはレイが立っており、立会人として勝負を見守るようだ。

 カイとイザベラは離れた場所で勝負の行方を見守っている。

 メイの絵札には王子が描かれていた。

 明らかに私の絵札より厚みがあり重そうである。

 王家を上げて、教会を下げる。なんとも地道でせこい政治活動である。

 メイの鋭い視線――本気。ならば私も本気でやらねば無礼千万。鋭く睨み返す。

 火花が散るようなヒリヒリとした空気の中、不機嫌そうにメイが私に尋ねた。


「……ていうかさ。あの女、誰よ?」


 メイが視線をイザベラに向ける。誰もツッコまないので紹介しそびれていた。


「ああ、あれは私の侍祭だ。名は――」

「はあ!? 侍祭にしたのか!? オレ以外のやつを!?」


 メイは私の言葉を遮り意味不明なことをほざいた。

 いや、わからんわけでもないが、どうしてメイがそんなことを口走るのか?


「メイ、おまえ……私の侍祭になりたかったのか?」

「バ、バカ言ってんじゃねぇ! んなわけあるか!」


 メイは顔を真っ赤にして否定するが、それでごまかせるほど私はバカではない。

 私のことを嫌うメイでも高収入の聖女の侍祭は魅力的らしい。ういやつよのう。

 生暖かい目でメイを見ていると、翡翠色の瞳を怒りに染めてメイが言い放った。


「オレが勝ったら、あの女を解放しろ。セイジョの侍祭にするなんて可哀想だろ」

「は? イザベラを手放せと? 私のイザベラを?」


 メイの額に私の額をくっつけてゼロ距離でガンを飛ばす。

 私より背が低いくせにメイも負けじと私にガンを飛ばしてきた。

 相変わらず根性だけは一人前だな。

 だが、意外なことにその瞳が徐々に潤むと、メイは涙を一粒流した。

 らしくない涙に思わず動揺する。メイは涙目で睨むと私を非難した。


「何が『私のイザベラ』だ惚気やがって、この変態! そんなに巨乳がいいか?」

「愚問だな。大は小を兼ねるって金言知らないのかよ? ああ、巨乳がいいね!」


 即答するとメイはぽろぽろと涙を流した。なんで泣くんだよ……意味わからん。

 泣かせる気はなかったが、酷く傷ついたらしい。慰めたほうがいいのだろうか?


「だったら――」


 メイは濡れた瞳で私の瞳を射貫き、声を震わせて私に問うた。


「――オレが、きょ、巨乳になったら……侍祭にして……くっ、くれるの?」


 就職活動かな? 八歳で進路を決めるのは早すぎるが……私は真剣に答えた。


「メイが大人になってもなりたいと思うなら、侍祭にしてもいいけど……」

「ほ、本当か? 嘘じゃないよな?」


 聖女は約束を必ず守る。しかし、それはそれとして聞かねばなるまい。


「私の侍祭なんて可哀想ではなかったのか?」

「可哀想だから、オレが侍祭になって世話してやるんだよ。わ、わかるだろ?」


 どういう理屈でそうなるんだ? 全然わからん。勢いだけで言ってないか?

 だが、今そのことは置いておく。置いたものが際限なく積まれているが……。


「私のこと嫌いなくせに、無理してないか?」


 人生を棒に振ってほしくないのだが、メイは意地を張る。


「無理してねえ! き、嫌いだけど、可哀想だろ? だから、一緒に――」

「あぁあぁあぁあぁあぁあ!」


 突如、レイが奇声をあげた。勢いそのままにレイが私たちに怒鳴り散らす。


「さっきから聞いてりゃ何イチャついてんだテメェら!」

「「イチャついてねえ!」」


 レイの頓珍漢な指摘に私とメイの反論の声が同時に上がる。

 妙なところで馬が合うのは幼馴染のなせるわざか?

 私はむしろ好ましく思っているのに、なぜ嫌われるのか……。

 そんなことはお構いなしに、レイは話を戻すため強引に決闘開始の合図をした。


「メンコデュエル!」


 そういえばメンコ対決だったっけ……すっかり忘れていた。

 それっぽいかけ声と共に、レイは右手をすっと天に突き上げる。

 それと同時に、メイが右手に持つメンコを振り上げて構えた。

 よくわからないが、とりあえず見よう見まねで同じく構える。


「チャージ三秒、スローエントリー、ノーオプションデュエル」


 ちょ、待てよ! 情報が、情報が多い! わかんねーよ! 何もわかんねーよ!

 考えたところで答えが見つかるわけないので、素直に疑問をレイに投げかけた。


「チャージ三秒って何?」

「三秒数えるからそれまでに強化魔法で体とメンコを強化しなさいってこと」


 あっはい。続けて問う。


「スローエントリーって何?」

「チャージ三秒後に好きなタイミングでメンコを地面に放ちなさいってこと」


 あっはい。続けて問う。


「ノーオプションデュエルって何?」

「基本ルールで戦うってこと。相手のメンコが地面に接触するまでにメンコを放つことができなかったらその時点で負けだからね。先投げが有利で後投げだと相手のメンコから発せられる衝撃破とそれに伴う上昇気流を制するのは困難よ。メンコをクラッシュバウト、場外に出すか破壊すれば勝利……ってマジで知らないの?」


 いや、知らんがな。思わず南部訛りでツッコんでしまう。

 聞いた限りでは、とても子供の遊びには思えないのだが?

 まあ、とにかく破壊すればいいらしい。

 聖女とは万物の破壊者と見つけたり。破壊は聖女の得意分野だ。

 思う存分破壊して進ぜようではないか! レイを見据え、自信満々に言った。


「だいたい理解した。もう始めていいぞ」

「よし、いくぞ。メンコデュエル!――」


 メンコ対決を仕切り直す。レイは先程と同じように決闘開始の合図をした。


「――チャージ三秒、スローエントリー、ノーオプションデュエル」


 レイはすっと天に右手を突き上げた。空気が張り詰める。

 メイは構えると、強化魔法で体とメンコを強化し始めた。

 なるほど、このタイミングで強化魔法を発動するわけか――


 強化魔法とは魔力で身体や武具を強化する魔法のことである。

 身体や武具を魔力回路として扱い、純粋な魔力を流し込むことで発動する。

 属性のない魔法に分類され、魔力操作だけで発動するので呪文は必要ない。

 強化魔法は「身体強化」と「武具強化」の二種類が存在する。

 身体強化は簡単で、心臓に魔力を流し込み血管を通して全身を強化する。

 筋力・耐久力・自然治癒力を大幅に向上できる。戦闘には必須の技術だ。


 基本にして奥義。強化魔法を極めたならば、ドラゴンをも凌ぐ力を得るだろう。


 武具強化は武器や防具に魔力を流し込み、より強力にする。

 武器は強靭になり、威力が向上する。防具は頑強になり、魔法抵抗が高まる。

 デメリットは発動中「魔力を常に消費する」ことだ。逆に言えばそれだけだ。

 どんなに強力な魔法を使えても、強化魔法を疎かにすればただ死を待つのみ。

 師曰く「戦いは強化魔法を極めた者が上を行く」、力こそが全てを凌駕する!


 ――魂を構成する魔素を練り上げ魔力を生成する。

 聖女の力は強化魔法には使えない。

 命や無を心臓にぶち込むわけにはいかないので、自前の魔力で身体強化をする。

 そして、右手に持つメンコに捻じり込むようにして、無理やり魔力を押し込む。

 メンコに魔力を込めるのは難しい。魔力を大量に込めるだけの質量がないのだ。

 質量は魔力の貯蔵量に直結する。魔石は例外だが、基本的にでかいほうがいい。


「三!」


 レイがカウントダウンを始める。メンコを持つ右手に魔力を圧縮し集中する。


「二!」


 集中させた魔力は、まだメンコに込めない。込めたところで霧散するだけだ。


「一!」


 肉体を軋ませるように力強く構える。捻じれた筋肉がみしみしと音を奏でた。


「ゴー、シュゥウゥウゥウゥウツゥッ!!」


 レイは決闘開始を宣言し手を下ろす。同時にメイがメンコを地面に放った。

 土に円が描かれただけの決闘場に、魔力が込められたメイのメンコが迫る。

 先投げされたが問題ない。なぜなら、私の認識する世界は静止していたからだ。

 命の魔力により脳の処理能力を極限まで増幅し刹那を見切る。基本にして奥義。

 刹那の世界でゆっくり動く。

 全てが止まって見えるほどの世界で、私だけが動物でいられた。

 右手のメンコに圧縮した魔力の塊をぶち込み、投げ放つ!


 そして世界は動き出す。


 放ったメンコがメイのメンコに瞬時に追いつき、そのまま地面に叩き落とした。


「滅びよ……」


 私の声と共に、メイのメンコを圧し潰す私のメンコが魔力で歪む。

 すると、圧縮された魔力が一気に膨れ上がり爆風を巻き起こした。

 爆心地のメイのメンコが魔力の奔流に曝され、粉々に破壊され塵と成り果てた。

 強烈な魔力の衝撃波が発生し、メイとレイが勢いよく吹き飛ぶ。

 イザベラを見やると、魔法の障壁を張ってカイと共に平然としていた。

 さすが、魔法学院主席は伊達じゃない。


「……私の、勝ちだ!」


 高らかに右の拳を掲げて勝利宣言した。完全勝利である。

 対戦相手はおろか立会人もぶったおした気がするが、細かいことは気にするな。


「せいじょさま、かっこいい~」

「さすが聖女様、おみそれしましたわ」


 カイとイザベラが私を褒め称えた。やはり勝利の美酒は格別、気分がよい。

 胸を張るとそのまま天を仰いだ。気持ちのいい春風が、黒い髪を靡かせる。

 春の温かい日差しの中、友達と遊びに耽る。たまには息抜きも必要なのだ。

 衝撃波で吹き飛んだメイとレイの様子を見に行く。

 だいぶ、その、あれだが……まだ生きてるようだ。

 無惨な状態の二人を治療すると、なんだかおかしくて、ついつい笑ってしまう。

 すると、メイが私に悪態をついた。


「怪物め……いつかオレが封印してやる」


 まあ、事実だけど、酷い言われようだな。

 怪物はタフに見えてわりと傷つくんだよ?


「あたいの命に代えても、絶対ぶっ倒す!」


 レイが倒して、メイが封印するのね。

 いいんじゃない? その時が来るのを楽しみにしてるよ。

 冗談だとは理解している。でも、言ってほしくなかった。

 ああ、私よ私、往生際が悪い。


 師匠を殺そうとしている私は、怪物、なのだろうか?


 ママとパパを殺した師匠を……許すことなど、できるはずが……ない。

 絶対にない! 本当に? ママとパパを返せ! どうやって? 教えてくれ!

 私の問いに答えれる者など、ただ一人しかいなかった。私は問いたい。なぜだ?


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