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聖女、グレる。  作者: 水神流文筆道開祖
第一章 聖女と悪魔の前奏曲
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堕ちた聖剣

 女神教会には様々な役割がある。

 女神のタリスマンによる戸籍管理。医療援助や孤児支援などの福祉活動。

 義務教育を与える基礎学校。研究機関であり最高学府でもある魔法学院の運営。

 世界統一通貨の発行と管理。経済活動を活性化する銀行の経営。

 挙げればきりがないが、どれも重要ではない。


 重要なのは聖女を正しく導くこと。それが女神教会の最も大切な役割である。


 それはなぜか? 考えるまでもない。もし聖女が人類に敵対したら?

 もはや止めることができない怪物と成り果てるだろう……先の聖戦のように。


 女神は聖女を通じ間接的に世界に干渉するが、意のままに操ることはできない。


 なぜなら直接干渉するに等しいからだ。儘ならないからこそ間接的なのである。

 女神は盟約により世界に直接干渉できない。ゆえに、聖女の罷免もできない。

 人類を裏切った「縁の女神の聖女」と同じ過ちを繰り返してはならないのだ。

 人類を守り導く聖女が人類を殺戮するなど、絶対にあってはならないのだから。


「……何もないな……」


 私は独りごちた。壊れた聖剣の部品を必死に探しているのだが……。

 神樹周辺はおろか中庭全体を隈なく探しても何も見つからない。

 本来あるはずの聖剣の柄以外の部品や鞘などの付属品の欠片すら落ちていない。

 打開策を捻り出そうともがく中、イザベラが私に問いかけた。


「どうなさいますの?」

「といってもなぁ……」


 私は途方に暮れ、彼女は眉を(ひそ)める。風が吹き、髪が靡いて黒と赤が舞い踊る。

 右手に持つ聖剣の柄をくるくると戯れに回す。ひとまずは……。


「初めての共同作業でもしようか」

「ふぇっ!?」


 私の言葉に彼女は間抜けな声をあげ、目を丸くした。

 そんな姿すら可愛いのは反則ではないか? 私は訝しんだ。

 右手で回していた聖剣の柄をがしっと掴むと、勢いよく天に突き上げる。


「聖剣の柄を元の場所に戻す。イザベラは侍祭として助力せよ」

「侍祭!? そ、そんなこと、聞いてませんわ!」

「は? 『ずっと一緒だよ』ってさっき約束したばかりだろ?」


 イザベラは私の言葉を聞いた直後、不覚、と言わんばかりの顔をした。

 結果的に騙す形になってしまった。本当に申し訳ない。

 だがしかし、騙されるほうが悪いのだ! からかうような口調で言いのける。


「ずっと一緒ってことは、侍るってことだよね? ならば聖女専属、私の侍祭だ」

「いきなりそんな――」


 往生際が悪い彼女の口に左手を伸ばすと、唇に人差し指を当てて沈黙を求めた。

 彼女の明るい紫の瞳が揺れ、私の暗い黒の瞳が睨む。逃がさん、おまえだけは。


「常に側で侍ろ。私の元に来い、イザベラ」


 彼女は呻き声をあげ顔をしかめた。侍ることに抵抗感があるのだろう。

 だが、欲しい。初めてそう思った。説得するため、言葉で彼女の心をくすぐる。


「聖女の侍祭に選ばれるのは大変な名誉だぞ? 給料も高額なのだ。もっと喜べ」


 給料という言葉に反応し紫の瞳を輝かせる。彼女の唇が開き美声が奏でられた。


「いかほど?」


 記憶を探り自然と視線が上向く。給料は階級が上がるごとに倍になるから……。


「聖女の侍祭は特別で、司教と同等だから巫女の四倍に――」

「乗ったぁあぁあぁあですわ!」


 突然、イザベラが絶叫した。彼女は諸手をあげ、私を讃える言葉を続けて叫ぶ。


「聖女様は神! 神すぎですわぁ!!」


 まあ、現人神ですし? 神ですが、なにか? 彼女は紅潮し鼻息を荒げる。

 どうやら公爵令嬢の仮面を完全に捨て去って、人として一皮剥けたようだ。

 彼女にこの身を寄せ、興奮するその身を抱き寄せると、私は忠誠を求めた。


「イザベラ……どんな時も、私を主として、永遠の忠誠を女神に誓いますか?」

「誓います誓います! 夢の高給、高まる権力、よく考えれば、最高ですわ!」


 神樹の下で二人、永遠を誓い合う。

 今この瞬間をもって、私たちは主従関係となった。

 かなり食い気味に誓われたのが若干気になったが、飲み込むことにした。

 聖剣を元に戻す。まずはそこからだ。さあ、初めての共同作業を始めよう!


    ◇


 隠蔽工作……もとい、初めての共同作業を終えた私たちは「謁見の間」にいた。

 謁見の間――王宮にある国王に謁見するための、威信を示す豪華絢爛な部屋だ。


 なぜこんなところに私とイザベラがいるのか?


 それは昨日の騒動で、私が王子を治療したことへの礼を国王自らがするためだ。

 当然のことである。目上の者が目下の者に施しを与えたのだから。至極当然。

 私が治療しなければ、王子の本体を生やすのに一年はかかっていただろう。

 だが、気に入らないな。国王ごときが、聖女である私を呼びつけるとは……。

 人間ごときが至高の現人神に、手間かけさせるとは、いい度胸で御座候ふ?


 威風堂々と玉座に座る益荒男(ますらお)、国王ミルザ・ドミナリアス・ミラデインを睨む。


 聖戦で軍神ミルザとして名を馳せ、百万の軍勢を縦横に操る百戦錬磨の総大将。

 国王は金色の短髪に王冠を戴き、碧眼で私を見据える。その姿は王子と瓜二つ。

 国のごとき豪華絢爛な赤い衣装と立派な髭は、まさに国王の中の国王であった。

 だが、それがどうした? 仁王立ちで国王を見据え、不満をぶつけた。


「聖女を呼びつけるとは無礼千万! 貴様らの軍門に下った覚えはない。弁えよ」


 私の鋭い指摘に周囲にいる国王の臣下がざわつく。だが――


「大丈夫也、問題ない也」


 ――宰相メタトール・エヴェド・ミドラーシュの一言で場が静まった。

 二十八歳の若さで宰相を務める天才。神算鬼謀、冷静沈着な光の貴公子。

 豪奢な白い礼服を纏い、金髪を後ろに流した出で立ちにはまるで隙がない。

 王子と似た背丈、筋骨隆々の猛者、まだ未婚なのが不思議なくらいの美男子。

 健康的な(しし)色の肌に煌めく翠眼が、私を冷たく射貫く。

 聖戦で勇者メタトールとして名を馳せ、光の魔法剣と勇気を武器に戦う大英雄。

 国王派の筆頭ミドラーシュ公爵は、まさに国家を支える宰相の中の宰相である。

 表情を鋭くし、宰相を睨む。そして、声高らかに不満を口にした。


「問題だらけだ。礼なら書状でよかろう? 金なら教皇と折衝すればよい」

「大丈夫也、問題ない也」

「不愉快だと言ってるのだ。わからんか?」

「大丈夫也、問題ない也」

「目上の聖女を立たせ、目下の国王が座るとは。その冒涜その背教なんとする?」

「大丈夫也、問題ない也」

「それしか言えんのかこの宰相!」


 そう、言えないのである。

 宰相は魔族の呪いのせいで、一つの言葉しか喋ることができないのである。

 死闘の末に討ち取った魔族による死に際の呪いは強力で、魔法学院の総力を挙げても解呪は叶わなかったそうだ。

 無論、私なら解呪は可能だ。愛の権能である無を用いれば、解呪なんて容易い。


 無はあらゆるものを消滅させる。逆に言えば、あらゆるものが無を消滅させる。


 無の制御は常人では不可能に近いが、愛の権能なら自由自在に操ることが可能。

 いけ好かない宰相は、私に救いを求めることを頑なに拒否した。国王派の筆頭としては聖女派を勢いづかせたくないのだろう。私に縋れば宰相の面目が立たない。

 宰相は私の罵倒に眉一つ動かさず、たどたどしい口調で言葉を組み立てた。


「……い丈、也、も……ない」


 どうやら、私と話すことはもうないということらしい。

 発声の強弱を駆使し極限まで小声にすることで、一つの言葉しか喋れずとも語句を組み立て会話することが可能だとか。なんとも涙ぐましい努力である。

 今までの非礼を詫びれば解呪くらいやぶさかでないのに……詫びれればだがな。

 剣呑な雰囲気に包まれるも、その空気を払うように国王が咳払いし姿勢を正す。


「朕の非礼を詫びよう」


 国王の謝罪で場が静まり落ち着く。国王は立派な髭をひとなでし言葉を続けた。


「セイジョに一目会いたくなってな。あの赤子が大きくなったものだ……」


 国王が目を細めて私を見つめる。だが、その目はどこか暗い。

 覇気がないというか……最後に会ったのは王妃の葬儀に出席した一年前。

 もう一年か、時の流れは早いものだ。国王は私から視線を外すと続けて問う。


「朕はそなたを呼んだ覚えはない。イザベラよ、なぜここにおる?」


 国王に問われたイザベラだが、返答せず沈黙を保つ。

 どんな難癖をつけられるかわからないため、受け答えするなと命じてあるのだ。

 イザベラは臣下の礼をせず、私の左後ろに奥ゆかしく立っている。

 教会は国家の枠組みから外れた独立勢力。ゆえに、教会の聖職者は誰に対しても決して跪くことはない。聖職者が跪くのは、女神とその代行者である聖女だけだ。

 あまり私の侍祭を虐めてくれるなよ? 国王を睨み、淡々と事実を述べる。


「イザベラは私の侍祭だ。非常に優秀なため侍らすことにした」


 だからここにいるのだ。文句あんのか? あぁん?

 国王はこめかみに右手を添えると、わざとらしくトントンと指先で軽く叩いた。


「……朕に謝罪しに来たのではないのか?」


 謝罪っ!? 婚約破棄されたイザベラが? なめてんのか? いや、なめてんな。

 私たちを完全になめてやがる……だがしかし、私よ私、冷静になれ。

 わざと神経を逆なでているのだ。ならば受けて立つ。吐き捨てるように言った。


「容姿端麗、国士無双、才色兼備な人材を流出させた暗愚に感謝する」


 王国の中枢で国王に向けて、私は中指を立てた。暗愚死すべし、慈悲はない。

 さすがにこの行動は予測不能だったらしく、私以外の誰もが固まり凍りつく。

 おバカめ、喧嘩売ってんなら買うだけだ。調子くれてっとひき肉にしちまうぞ?


「なめんなよ? これ以上は……戦争だ」


 最後通牒を突きつけると、この場の全員が驚愕の表情を浮かべた。

 あの宰相ですら度肝を抜いて目を丸くしているのは、気分が良かった。

 だが、まあ、別に? この場で戦争勃発しても、一向にかまわんのだが?

 せっかく国王派が雁首揃えているのだ。皆殺しにして一掃するのもまた一興か。

 謁見の間は一触即発、じりじりと殺気が高まっていく。

 まずは宰相、次に騎士団長、国王派の最高戦力を瞬殺するために――


「親父ぃ! 取り込み中失礼するぜ!」


 ――突然、謁見の間の扉が勢いよく開かれ、王子が現れた。

 予期せぬ王子の登場で、場の空気が変わり殺気が霧散する。

 王子は謁見の間に入ってくると礼儀作法などどこ吹く風、国王の目前に立った。

 王子が纏う騎士礼装――黒色の布地を金糸で装飾した騎士将校の正礼装一式を、色白で筋肉質な王子はいつも好んで着用していた。

 王子のショートヘアがさらさらと揺れる。眉目秀麗な金髪碧眼の快男児。

 私たちの面子をかけた争いなど露知らず、空気が読めない王子は続けて言った。


「俺様はついに念願の聖剣を手に入れたぞ! こいつを見やがれぇ!」


 王子は白い布に包まれた何かを両手で掲げた。白い布は祝福を受けたものか?

 それで聖剣を包めば、聖剣の罰を受けずに運び出すことができるけど……。

 教会内は男子禁制の女の園。ゆえに、国王派の密偵が紛れているのは確定。

 嘆かわしいが、今そのことは置いておく。それよりも――


「朕は透視できぬ。王子よ、包みの中を見せよ」


 国王が王子に言葉をかけた。王子の自信に満ちた碧眼がきらりと光る。

 国王が胡乱な目で王子を見ているが気にもしていない。うつけ者と評判の王子の目には都合の悪いものは見えないらしく、元婚約者のイザベラすら完全無視。

 なんとめでたき頭をしているので御座候ふ。いつか開頭して中を診てやろう。

 王子は掲げた包みを下げ、手早く開き中身を国王に見せた。王子は不敵に笑う。


「どうだ親父、本物の聖剣だぜ」

「……朕には柄しか見えぬが?」


 ――クソ王子ぃ! やってくれたのう。明らかに女神への反逆行為なのだが?

 聖剣を元に戻したが、盗まれたのを鑑みるとさすがに突貫工事すぎたようだ。

 確かに少しガタガタしていて接着が甘かったのは否めない。国王との謁見が急に決まり時間がなかったのもまずかった。かなり雑な隠蔽だったのは認めよう。

 王子がしたり顔で私を一瞥すると鼻で笑う。そして、饒舌に王子は語り始めた。


「柄だけに見えるが、これこそ聖剣! 聖剣の剣身は所有者の魔力から作られる」


 王子は鼻息荒く興奮しながら語り続ける。


「つまり、魔法剣ってわけだ。聖女、知らなかったのか? はっ! 所詮ガキか」


 武器マニアめ、知識自慢か? はいはい、ガキですよ。事実だから仕方がない。


「密偵から『聖女が聖剣を抜いて再び封印した』と報告があってな。調べさせたら口に出すのも(はばか)られる酷い有様でな。それで、俺様が聖剣を保護してやったのだ」


 こいつ……なに得意げに窃盗を告白してるんだ? どうする? 処す? 処す?

 芝居がかった調子で王子は国王に右手を突き出すと、語気を強め決意表明した。


「親父ぃ! 俺様はこれから、聖剣の試練を受けるぜッ!!」


 あぁん? 聖剣の試練? 何を言ってんだ……こいつ……?

 私は王子に胡乱な目を向けるが、王子の饒舌は止まらない。


「なぜ教会は聖女以外が聖剣に触れるのを禁じているのか?」


 聖女以外が触れると危ないからだぞ。


「なぜ聖女は聖剣を抜いたのに再び封印したのか?」


 勘違いして隠蔽しただけだよ。


「なぜ聖剣に触れると体が痛むのかぁ!」


 天罰の雷のせいだな。


「その答えはただ一つ……」


 王子は饒舌から一転、沈黙で間を置く。王子は吐息を奏で、そして言い放った。


「俺様が! 聖剣所有者になることを、恐れたからだぁーっはははははははは!」


 高笑いする王子を半目で睨むが、悦に浸り気づかない。王子は言葉を続ける。


「はぁーはははははは! 親父ぃ! そして貴様らぁ! よーく見ておけぇい!」


 王子は右手を仰々しく天に突き上げる。己を信じて疑わない王子に力が漲る。


「俺様の伝説をなぁああああああッ!!」


 王子は叫ぶと勢いよく右手で聖剣を掴んだ。こいつ!? ついにやりやがったッ!!

 瞬間、聖剣が電流賜はす! 王子の魔力と電流がぶつかり合い火花を散らす。

 魔法抵抗! 王子は王族特有の無駄に豊富な魔力で抵抗して耐えているようだ。


「聖剣、貴様の主は、この俺様だぁ!」


 聖剣の電流をその身に受けても、王子は余裕の表情だ。意外な実力に感心する。


「……ぐっ、うぬぬ……」


 だが、聖剣が賜はす電流が強まると、王子の表情に余裕がなくなり険しくなる。


 ――その時、不思議な事が起こった――


 王子と聖剣、激しい魔力の鍔迫り合いの中で、王子が神々しく光り始めたのだ。


「聖剣の力で、俺様は、覇者となる!」


 王子と聖剣、同調するように輝いて光に溶ける。部屋が光の奔流に飲まれた。


「聖剣よ、女神よ、ままよ、ままよ、ままよぉおぉおぉおぉおぉおぉおぉおッ!?」


 王子が叫ぶ……全ては光に包まれ……天を切り裂く轟音! 雷が耳を(つんざ)いた。

 光が収まっていく。王子と聖剣の戦いが終わり、謁見の間に静寂が横たわる。


「やったか!?」


 国王が柄にもなく叫ぶ。視界を奪っていた光は消え、王子の姿が露になった。


「…………」


 おお、見よ! 王子の手を!

 高らかに聖剣を掲げている!

 その姿は誇り高く覇者のごとし。ただ一点、黒焦げで死んでいることを除けば。


「あほくさ」


 私は毒づいた。王子主演の自殺ショーとは、とんだ余興だ。深いため息をつく。

 聖剣に向けて右手をかざす――聖剣よ、おまえの主は誰だ?――その心に問う。

 問いに答えた聖剣が陽炎のように揺らぐ。聖剣が転移し、私の右手に収まった。


 消し炭と化した王子を観察する。初めて見る珍妙な死に様。


 新たな知見を得て、私は一つ賢くなった。電流を賜りすぎると死ぬ。

 王子の魂が現世にしがみつき、常世に逝くのを拒んでいる姿が目に映る。

 じっくり観察していると、王子だったものが崩れて塵と成り果てた。

 体を失った王子の魂が天に昇る。享年十五歳。おもしれーやつだったよ。


「なんて事也、もう助からない也」


 二メートルの巨漢が嘆く――騎士団長エイブラハム・ウィニペグ・バーランだ。

 黙々と職務をこなす騎士団長でも、この異常事態に動揺を隠せずにいるようだ。

 騎士団長の黒い礼装は数多の勲章で飾られ、勇猛果敢な戦歴を誇示している。

 聖戦で剣王エイブラハムとして名を馳せ、闇の魔法剣で戦う人類最強の剣士。

 短い茶髪と口髭、体を精悍に鍛えたその姿は、まさに軍人の中の軍人である。

 切れ長な茶眼が隙なく周囲警戒しており、骨の髄まで仕事人間なのが伺える。


「……い丈、也、問題……だ……」


 宰相が今回の事態を異常だと訴え問題だと告げる。

 一つの言葉を二回分使うことで表現力を向上させてるのがいじらしい。


「なんて事也! もう助からない也?」


 褐色の強面を青ざめさせた騎士団長が、声の抑揚を駆使し自らの意思を伝えた。

 騎士団長もまた魔族の呪いにより、一つの言葉しか喋れないのである。

 聖戦の最終盤、騎士団長は宰相と共に魔族の将軍を討ち取ることに成功したが、その代償として二人まとめて呪われてしまったのだ。

 何なのだこいつらは? なんだか頭が痛くなってくる。もうダメだこの国……。


「帰ろう、イザベラ」


 私はイザベラへと向き直り、帰宅することを告げた。付き合いきれん。帰る。

 彼女の手を取り退出しようとするが、彼女はそんな私にやんわりと抗議した。


「聖女様、ですが、このままでは……」


 イザベラはちらりと王子だったものに視線を向ける。

 彼女の瞳には映したくない惨憺たる光景が広がる。

 炭化した塵の塊はまさに悪夢の残滓。ああ、無惨無惨。


「大じ!」

「て事也」


 宰相と騎士団長が連携して私に窮状を訴える。確かに大事だけれども……。

 国王の瞳を見据える。国王の暗い瞳は動揺で揺れていた。

 無理もない。目の前で息子の自殺ショーを見ればこうもなろう。

 国王は心ここにあらず、宰相と騎士団長は喋れず、有象無象の臣下は呆然自失。

 何なのだこの国は? まともなのは私だけか!? 頭を抱え、天を仰いで呟いた。


「派閥争いしてる場合ではないか……」


 聖女派と国王派――この派閥争いの事の発端はミラデイン王国建国前まで遡る。

 元々大陸西部の領地は教会領だったが、様々な理由で土地を諸侯に分け与え統治させることになった。当時は教会の代表者「大聖女」が西部貴族の君主であった。


 教会は公平を重んじる。


 西部貴族の君主として大聖女が君臨してしまうと、国家間の公平を著しく損なうことになる。教会活動を円滑に進めるには、国家権力は邪魔でしかなかった。

 最終的に、教会の直轄領や諸々の権力を移譲して、新たな西部の王を擁立した。


 これがミラデイン王国の始まりである。


 当然、王権が無料なわけもなく、教会にお布施を納める必要がある。

 他にも王国は教会に対して様々な便宜を図るように「契約」で縛られている。

 建国時に王国と教会が交わした契約は、聖女の力で絶対に破ることができない。


 王国を建国したとはいえ、西部貴族が臣従するかは別問題である。


 信仰を尊ぶ聖女派と貴族主義の国王派に別れ、王国で権力争いを続け今に至る。

 国王派は聖女を意のままにしたいが、聖女派は不敬な国王派に反発している。

 聖女の力を有効活用したい気持ちは理解できるが、その行きつく先が明るい未来なのかは疑問である。聖女の力を独占してやりたい放題とか、魔王より質が悪い。


 そう、質が悪いのだ。事あるごとに聖女の力で救済していたらきりがない。


 怪我を治せ、病気を治せ、死人を治せ……終わらぬ要求に答え続ければ破滅だ。

 ゆえに、王子を蘇生する義理なんてこれっぽっちもないのだ。ないのだが……。


「……まったく、何回死ねば気がすむんだ? はいはい、治しますよ。はぁ……」


 結局、私は王子を蘇生することにした。

 ここ一年死んでなかったのに、急に死ぬなこのおバカ!

 昔から、アホみたいに死ぬ王子を、バカみたいに蘇生してきた。


 明らかに王子は死んでいるが重傷の治療、これは重傷の治療である。


 王国は長子相続ではない。それゆえに、王子は功を焦ったのだろう。

 継承争いは王女のマリーが圧倒しており、聖女派の後ろ盾を得てまさに盤石。

 王子は国王派からも継承者として問題視される始末。焦るのも無理はない。

 おそらく、聖剣所有者になれば「一目置かれ」認められると考えたのだろう。


 だが、そんなことはどうでもいい。


 災厄の魔女の影響なのか? 王子が禁を犯したとはいえ、あっさり殺しすぎだ。

 そう、殺しすぎたのだ。魔剣に堕ちた聖剣よ、これ以上殺す必要なんてないよ。

 戦争が終わり、平和が訪れたのだ。だから、私の聖剣よ、おまえはもうお眠り。


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