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聖女、グレる。  作者: 水神流文筆道開祖
第二章 聖女と悪魔の鎮魂曲
19/23

始祖の娘

 異世界の本がこの世界には溢れている。

 作者本人なのか熱狂的なファンなのか、誰が書いたのかは定かではない。


 『シャーロック・ホームズ』、『ミス・マープル』、『金田一耕助』……。


 私は推理小説が好きで、古今東西の推理小説を集めるのが私の数少ない趣味だ。

 探偵に感情移入すると賢くなった気になり、全能感で心が満たされるあの快感。

 無論、魅力はそれだけではない。謎が解けていく高揚感は筆舌に尽くしがたい。

 だが、やはり一番の魅力は探偵であろう。

 いつしか私は名探偵になることを夢見て、胸の奥で密かに思いを燻らせていた。


「量子を観測した。もつれた超弦理論……ならば、遠隔作用に任せよう」


 最初のキャラ付けを間違えたまま、意味不明な名探偵を演じ続ける。

 止まれない、もはや止まれない。私の口が嘘を並べ立て罪を重ねる。

 罪? 罪とは何だ? 人を殺すことがそんなに罪深いか?

 なぜ人の命だけ特別なのだ? なぜ人の命だけ尊いのだ?

 私の問いに誰も答えない。女神たちは沈黙を保ち続ける。誰も教えてくれない。

 ライカ、マリー、イザベラに疑いの眼差しを向けられ、口々に疑問を呈された。


「なんかウチらのこと煙に巻いてへん?」

「聖女ちゃん……もうやめよう? ね?」

「お労しや聖女様。口をお慎みあそばせ」


 ぐうの音も出ないとはこのことか。私を嘲笑うように舞台の床が密やかに軋む。

 だが、突き通すしかない。強引でもいい。公の場で醜態を晒すわけにはいかぬ。

 聖女は清く正しく美しい。女神教の象徴。聖女は純粋無垢であらねばならない。

 食い下がるしかない。講堂の視線を一身に集め、負けじと胸を張り口を開いた。


「私を愚弄するか! 控えよ愚か者共め!」


 怒鳴り散らしてごまかすと、魔法のポーチから取り出した物体を親指で弾いた。

 指弾――指で物体を弾いて飛ばす技。極めれば大木をも破壊する暗器術である。

 発射された物体が亜音速でライカに迫る。そのイケメン顔を吹っ飛ばしてやる。

 劈く高音! 甲高い金属音が講堂に響き渡る。ライカの銀色の体が鈍く輝いた。


「……あっぶなー、何すんねんこのドアホ」


 鉄の肌――肉体を鋼鉄で覆う金属性魔法。無詠唱で魔法を発動し防ぐとは……。

 ライカの実力を目の当たりにし感心する。やるではないか、褒めて遣わす。

 飛ばした物体を手で受け止めたライカが、手を広げてその物体を確認した。


「さすがは王女の剣、腕は鈍ってないようだな。褒美を遣わすゆえ、よしなにな」

「まあ、ええやろ。こう見えて優しいんや」


 私から大金貨を受け取ったライカが魔法を解除しにやりと笑う。

 指弾による目にも止まらぬ賄賂でライカの懐柔に成功した。ちょろいもんだぜ。

 次はイザベラだ。こいつは最もちょろい。その美しい紫の瞳を見つめて言った。


「素晴らしい夜を過ごしたいと思わないか? 二人だけの特別な時間を……ね?」

「ぜひ! ご一緒にお過ごしくださいませ」


 満面の笑みを浮かべる彼女に目配せする。彼女は奥ゆかしく頷いた。懐柔成功。

 最後にマリーだ。彼女の碧眼を見据える。口を開く前にマリーが私に懇願した。


「聖女ちゃん、お願い、お兄様を塵も残さず荼毘に付して……」


 ん? 聞き間違いかな? 一応確認する。


「蘇生……じゃない、治療しないのか?」

「聖女ちゃん、ダメよ。死霊術は禁忌、教会の戒律で固く禁じられているのよ?」

「は?」

「生きていても不幸になるだけ……お兄様、お疲れ様でした。もうお眠りなさい」

「は?」

「わかって? もうお兄様は必要ない――」

「黙れ」

「聖女ちゃん?」

「芸術家になる夢を諦めるのか?」

「聖女ちゃん?」

「最高の題材だぞ!? 失くしてどうする!」

「聖女ちゃん?」


 ジョセフの亡骸を指差しマリーを責める。


「一緒に入刀しようって誓い合っただろッ!! 嘘つき! わからず屋のおバカ!」


 とどめを刺すときは一緒だって神樹の下で誓ったのに……忘れてしまったの?


「お兄様はもう死んでいるのよ?」

「死んでない! ジョセフは生きてる!」

「さっき死亡確認したでしょ?」


 マリーに矛盾を突かれるが知ったことか!

 現世にしがみつくジョセフの魂をむんずと掴むと、そのまま亡骸に突っ込んだ。


「起きろ、起きろジョセフ!」


 流麗な動きでジョセフの頬をビンタする。

 力強くも美しい見事なまでの快音が木霊した。首が耐えられずぽきりと折れる。


「景気付けにもう一発!」


 豪快な往復ビンタをジョセフにぶちこむ。

 力強くも美しい見事なまでの快音が木霊した。首が耐えられず後ろ向きになる。

 顔を反対に向け後頭部を晒したジョセフが不気味な声を絞り出した。


「ひぎぃ!? いだいぃいだいぃんぉほお!」

「ほら! まだ生きてる! 生きてるぞ!」


 私の強引な主張に周囲の面々がざわつく。

 「死霊術」「禁忌」などの声が聞こえるが気にしない。


「いぎだいぴょ、じにだぐなぃんぉほお!」

「よくぞ申した! 今助けるぞジョセフ!」


 小芝居を打ちながらジョセフに命を注ぐ。ジョセフの肉が脈打ち激しく蠢いた。

 首が瞬時に治り顔が勢いよく正面を向く。不規則な怪音と共に体が跳ね回った。


「あっー!」


 野獣のような咆哮が天を衝く。蘇生は成功しジョセフが息を吹き返したのだ。

 聖女が公の場で王子を殺すという前代未聞の不祥事を揉み消すことに成功した。

 これで私の罪は許された。驚かせやがって、許可なく勝手に死ぬなこのおバカ!

 息も絶え絶えといった様子のジョセフが、むくりと起き上がり気怠げに囁いた。


「お、覚えていろ……俺様は……」


 ジョセフは言いかけた言葉を飲み込み口を噤んだ。どこか遠くを見据えるように目を細める。虚空を眺めるその眼差しは、私なぞ眼中にないといった様子だ。

 礼なんてはなから求めていないが、それはそれとして無視されるのも腹が立つ。

 疲労困憊のジョセフにデコピン。無反応。らしくないジョセフに苛立ち言った。


「死ぬのが好きなのか? まあ、ツケにしといてやるから悔いなく生きるんだな」

「ツケだと……」


 先程まで無反応だったジョセフがぎろりと私を睨む。

 怒りを滾らせた瞳からは、私に対する明確な敵意が感じられた。

 だが、その怒りはすぐに鳴りを潜め、その瞳から感情の光が消えて冷たくなる。

 ジョセフのらしくない反応に、戸惑いを感じずにはいられなかった。

 ジョセフは立ち上がると、私を無視して舞台に設置された壇上へと向かった。

 マイクを前にしたジョセフが、不安げに見守っていた人々に言葉をかける。


「諸君、心配無用。これより訓示を与える。清聴せよ」


 そのまま訓示を始めたため、舞台袖まで下がりジョセフの背中を見守る。

 ジョセフを殺す。マリーとの誓い。だが、本当に殺す必要があるのだろうか?

 私は常に訝しむ。この世に信じられるものなど何一つない。己すら信じない。

 信じることが愛なのだと……愛の形の一つなのだと聖典から教わった。

 だが、そんなものは知識でしかない。愛を知らない器はひび割れてしまった。

 井戸は枯れて、器は割れて、愛を注いでも零れ落ちてゆくばかりで……。


 視線を感じる。風のように自然に溶け込んだ視線。僅かな違和感に振り向く。


 そこにはエルフの女性が立っていた。超然とした佇まいの神々しい長身の美女。

 桃色髪のツインテールが足元に届きそうなほど長い。皺ひとつない白い肌に咲く唇は美しい桜のようだが、一文字に結ばれており金色の瞳と共に無表情に固まる。

 一見すると痩身に見えるが、ゆったりとした荘厳な緑色のローブのせいだろう。

 長く尖った耳がまるで麗しい花弁のよう。神秘に包まれたエルフの桜唇(おうしん)が開く。


「入学式が終わったら校長室に来なさい」


 鳥肌が立つほど美しい声が鼓膜を震わす。神性を帯びた底知れぬ気配に慄いた。

 魔法学院の校長は創設から今までずっと変わらない生きた伝説。

 最強の魔法使い。エルフの始祖の娘。煌めく金色の瞳が私の深淵を覗き込んだ。


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