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聖女、グレる。  作者: 水神流文筆道開祖
第一章 聖女と悪魔の前奏曲
16/21

また愛に会えたならきっと

 時とは不思議なものだ。この世界と悪魔の世界とでは時の流れが違う。

 あれだけの死闘を繰り広げたのに、この世界にとっては刹那の出来事だった。

 床に落ちている魔法のポーチを拾う。

 そこから予備の聖女の服一式を取り出し、手早く着用した。

 近くに転がる女神のタリスマンをちらりと見やる。念じると私の手に転移した。

 女神のタリスマンをなでてから首にかける。しゃらしゃらと金の鎖が微笑んだ。


 準備運動の要領で体に異常がないか確認する。体は怖いくらい問題がなかった。


 怪物なのだと改めて自覚する。

 事実、肉体を失っても死んでいないのだ。

 生物ではなく無生物。いや、その両方か?

 魂核たる脳とコア、魂の器が二つもある。


 だが、今そのことは置いておく。まだ終わりではない。直感がそう囁いている。


 エリシアがいつ色欲の悪魔と契約し、どうして体を乗っ取られるに至ったのか?

 エリシアはどうやって毒を盛ったのか? 結晶化の毒をどこで手に入れたのか?

 疑問を羅列しても意味がない。ならば、行動あるのみ。私よ私、真相解明せよ。


    ◇


 私と色欲の悪魔との戦闘は、すぐに決着したので大きな騒ぎにはならなかった。

 だが、光の魔法が派手だったのか、警備の聖騎士たちが告白室に集まってくる。

 さらに、私の元に側近たちが馳せ参じた。サリアたち「四天王」とイザベラだ。

 馬が合うのか、彼女たちは一緒に祭りを楽しんでいたとか。よきかなよきかな。


 告白室に集まった面々に、ここで起こった事件の詳細を説明する。


 無論、私の出生の秘密は秘中の秘。師匠の許可なしで公にするつもりはない。

 伏せるべき情報は隠しつつ、事件の捜査に必要な情報を詳細に伝えた。

 聖女が高位の悪魔に襲われるという異常事態に、告白室がにわかに熱を帯びる。

 サリアが捜査指揮をとり、パイに周辺捜査、イオタに科学捜査を担当させた。

 ツェータはサリア、イザベラは私の補佐をさせる。サリアの的確な指示が飛ぶ。

 号令の下、各員捜査を開始した。


「どう思う?」


 サリアの碧眼を見据え問う。第三者の視点で、事件の第一印象を聞きたいのだ。

 事件の当事者だからこそ、見落とすこともある。サリアは顎に手を当て答えた。


「俺が思うに、単独犯じゃないね」

「その根拠は?」


 続けて問う。サリアは野性的な短い青髪を手でかきあげ、冷静な推理を述べた。


「聖券さ。運よく当選なんてありえない。となると、買うしかないんだけど……」


 サリアは肩をすくめて首を振る。眉を顰めて、ため息をつくと、続きを述べた。


「男爵ごときじゃ三回は破産しちまう。庶子がおねだりするなんて無理筋だね」


 どんだけ聖券高いんだよ!? 値段が気になるが、知らないほうがいい気もする。

 あんな教会公認聖女セクハラ券なんて……なんて? そ、そういうことなのか?

 子供になんてことしてやがるのでございますこと。人類共め……絶対に許さぬ!

 怒りに燃えてる横で、イザベラが「あの」と奥ゆかしく手を上げ推測を述べた。


「悪魔の力で入手したのではないかしら?」


 イザベラの推測に反応し、ツェータが小馬鹿にしたような声で吐き捨てる。


「バカはっけ~ん、悪魔にねだるとか自殺志願者ぁ? 無知無知の頭よわよわ~」


 ツェータは事実を陳列した。口は悪いが、優しい子だ。

 きっと、世間知らずなイザベラを思ってのことだろう。

 ついでに、イザベラを更生してくれると助かるのだが。


 悪魔も慈善事業じゃない。「力を貸せ」なんて漠然とした契約はご法度。


 商人のように事細かに契約内容を決めなければならない。

 提供と対価は等価でなければならない。悪魔の絶対不可侵なる契約規程だ。

 ゆえに、原則として悪魔に協力を求めるたびに契約をしなければならない。

 エリシアにそんな余裕あるか? 高価な聖券を悪魔の力で? ありえない。

 話の続きを促すため、サリアに目配せする。彼女は頷くと推理を再開した。


「そもそも、悪魔と契約する必要あるか? 毒を盛るだけで? 腑に落ちないね。毒で死ななかった聖女に驚愕してたんだろ? 計画破綻してるじゃん、すでに」


 確かに言われてみればそうである。私が毒で死ななかった時点で破綻している。

 となると、毒殺計画と悪魔の契約には因果関係がない……ってこと!? え、マ?

 偶然エリシアが悪魔と契約していて、運悪くあんな死闘をするはめになったの?

 私は訝しんだ。女神にも、悪魔にも、世界にも、あらゆるものを私は訝しんだ。


「何のために悪魔と契約を?」


 私の疑問を代弁するように、イザベラがサリアに問う。それ! 重要な謎だろ?

 サリアは頭を抱え天を仰ぐ。推理に没頭するサリアに、ツェータは一言呟いた。


「どーでもよくない?」

「それ! それだよ!」


 サリアはツェータを指差して大声を上げた。さらに、サリアは言葉を続ける。


「悪魔は別件さ。だから、一旦忘れよう」


 サリアが胸の前で手を叩くと、場が引き締まった。サリアが私を見つめて問う。


「聖女に問題です。献上された告白祭の『お菓子を食べた順番』を逆順で述べよ」


 遡ってとなると、エリシアのチョコミントアイス、ジョセフのどら焼き……。

 記憶を辿り口述し、最後まで述べ終わると、サリアの推理が鋭く真相に迫った。


「毒を二つにわけたんだ。単独では無害だが合わさると毒になる。単純だけど聖女を騙すにはうってつけのトリックさ。悪意のないものに調理させれば完璧だね」


 サリアの推理に思わず唸る。短時間でそこまで見抜くとは、さすが智将である。

 でも、考えたくない、そうなると、考えたくない、ジョセフが、考えたくない!


「ツェータ、異端審問だーい好き。雑魚雑魚な犯人ばればれ~皆様の玩具確定ね」


 これから起こるであろう惨劇に、ツェータは興奮し愛らしく飛び跳ねて喜んだ。

 互いに目と目を合わせ、意思を確認し合う。もはや言葉は不要。断罪の時間だ。


    ◇


 諸々の裏付け捜査と準備を終えた私たちは、王宮の謁見の間にいた。

 関係者を全員集めるには、謁見の間以外に相応しい場所がなかったのだ。

 事が事だけに、内々で始末しておきたい。公にするにしても今ではない。

 椅子の背もたれに体を預け周囲を見回す。

 ツェータ、イオタ、パイ、サリアの四天王にイザベラと聖騎士の教会精鋭部隊。

 マリー、ライカ、宰相、騎士団長、選抜された精鋭の騎士たち、そして――


「朕の玉座に座すとは……セイジョよ、見せたいものとは茶番であるか?」


 ――遅れて入室してきた国王ミルザ・ドミナリアス・ミラデインが苦言を呈す。

 国王は王冠を金髪に戴き、感情を殺した碧眼でこちらを見据える。

 しかし、疲れ切った様相で目の隈が酷い。覇気もなく、哀愁すら漂っている。

 本当に正しい選択なのか? 逡巡するも、打ち合わせ通り国王に告げた。


「私の身に起きたことはもう耳にしておろう? 事のあらましを今更説明はせぬ」


 国王は私が座る玉座まで歩み寄ると、胸を張り豪華絢爛な衣装を見せつける。

 どんなときも国王として振る舞う姿が物悲しい。国王は私を見据えて言った。


「聞き及んでおる。色欲の悪魔……七つの大罪を弑するとは、末恐ろしいことだ」


 素直に誉め言葉として受け取る。敵対派閥とはいえ、憎しみ合う関係ではない。

 ずきりと心が痛む。マリーはまた家族を失うのか、今度は私の手によって……。

 事ここに至って、もはや庇いようがない。

 だけど、嫌いでは――感情を殺し告げる。


「実行犯のエリシアは死んだ。ゆえに、真相解明のため、聖女毒殺未遂事件の裁判および異端審問をこの場で行う。聖女の名の下に罪を暴く。異論は認めぬ」


 有無を言わせぬ雰囲気に、玉座の間はしんと静まり返った。国王すら口を噤ぐ。

 左手を上げて合図を送る。左隣のイオタが返事をし、科学調査の報告を始めた。


「拙僧が鑑識した結果、エリシアとジョセフの菓子から異なる薬物が検出した也」


 イオタは真剣な表情で狐耳をぴんと立て、尻尾を横に振りながら言葉を続ける。


「二つの薬物が合わさると結晶化の毒になりし候。これすなわち、黒で御座候ふ」


 右手を上げて合図を送る。右隣からパイが一歩前に出ると、捜査報告を始めた。


「吾輩が調べた限りでは、エリシアと王子は恋人未満の友人関係であったようだ」


 パイが腕を広げると、勢いよく合掌する。轟音! パイは瞑目し言葉を続けた。


「共通点は母を亡くしていること。エリシアの蘇生研究、王子はそのパトロンだ」


 柏手を打ち合図を送る。ツェータがばっと目の前に現れると報告を付け加えた。


「宰相と騎士団長に聖券を贈呈したのに着服とかきっも~い。悔い改めろざぁこ」


 教会の枢機卿以上には聖券が支給される。それをどうするかは各自の自由だ。

 私は聖券を毎年孤児院に寄付する。教皇と師匠は宰相と騎士団長に贈呈した。

 王女を旗頭に聖女派と国王派が歩み寄る。

 山吹色の聖券にてよしなに……ではなく、純粋に親交を深めるためだ。

 地を貫く轟音! 天が震える! 元凶たるは私の震脚、右足で床を踏みしめた。


 真打登場。サリアが玉座の後ろからすっと出てくると、にやりとして言った。


「国王には聖女に謁見する権利があるから聖券は必要ない」


 サリアが右手の指を二本立て見せつけると、国王を諌めるように語気を強めた。


「異例だが、宰相と騎士団長を伴いマリーが後継者であることを内外に知らしめる必要があった。でも、二人から聖券を買い取り、王子に渡すのは理解しがたいね」


 ジョセフの聖券入手経路が国王からとはね。すると、国王が明瞭に釈明した。


「王子の凶行を想像できようか? だが、朕の責を問うなら謹んで受けよう」


 子の責を親が負う。理解できない論理だ。もはや知ることのできない親心か。

 殊勝な国王の意を汲んで、裁判長である私が判決を下さねばならない。


 からんからんと戦を讃える鐘声が響く。教会が夜を告げた。二十時、裁きの時。


 聖職者とは法を守る番人。聖女もまた然り。裁判長である私が下した判決は――


「判決を言い渡す。聖女毒殺未遂事件の被告人を死刑に処す。なお即日執行する」


 ――現実は非情である。せめて私の手で、聖女神拳の奥義で……葬ろう。

 刹那、右手を集中点に極限まで命の魔力を圧縮させ――怒号、掌底で撃ち放つ!


聖女(せいじょ)業破掌(ごうはしょう)!!」


 聖女神拳奥義――命を圧縮した〈魔力の質量弾〉を音速の右掌底打ちにて発射!

 大砲のごとき衝撃波により国王が吹き飛び――爆発四散――粉々に砕け散った。

 ミルザ・ドミナリアス・ミラデイン、死亡。享年三十四歳。誠にご愁傷様です。


「おぃいいいい!? 何してくれてんのォ!?」


 サリアが隣で怒鳴る。うっせーな。打ち合わせと違う? そうですが、なにか?

 私を掌で転がすのを喜びと嘯くサリアを、ちっとばかし驚かせたかっただけだ。

 そのために、国王が人間花火として爆発四散したが、細かいことは気にするな。

 周囲の面々もあまりにもあんまりな状況に思考停止……油断しすぎではないか?

 私は訝しんだ。この程度で終わるわけがない。私の直感がそう言っている――


「……朕……たちを……喜ばすのが、本当に……上手いのう……」


 ――目にも止まらぬとはこのことか、コアを中心に国王の体が一瞬で再生した。

 そして、先程の称賛の声をいただくに至る。殊の外お喜びいただけて嬉しいね。

 震脚! 号砲のごとき轟音! 私は合図を送り、同時に玉座から立ち上がった。

 神前にて胸の前で手を合わす。敬意。神聖不可侵、真心尽くす天地神明の挨拶。


「更更、どうも、聖女セイジョ・セイジョです。悪魔に堕ちた柱よ、弑し奉る!」

「めでたし挨拶よのう。どうも、怠惰の悪魔です。さあ、じいじに見せておくれ」


 互いにお辞儀をする。

 初めてこの光景を目にした者は違和感を感じるかもしれない。

 当然、この後始まるのは人知を超えた神々の地獄絵図めいた凄惨な殺し合いだ。

 だが、挨拶は決しておろそかにできない。

 神の礼儀だ。聖典にもそう書かれている。


 無命呼吸――「すぅーっ! はぁーっ!」己を無にし命を廻る転生にて我至る。


 とくと見るがよい。天国か地獄か、どちらに行くか決めるがいい。

 謁見の間に殺気が満ちていく。怠惰の悪魔と私との距離は十メートルほど。

 無はあらゆるものを消滅させる。逆に言えば、あらゆるものが無を消滅させる。

 射程は六メートルが限界。だが、それは障壁として展開した場合の距離である。

 攻撃の有効射程距離となると半分以下だ。ゆえに、触手なのだ。


 悪魔の公爵たる七つの大罪は、力を結集し悪魔の王「原罪の魔王」を創造した。


 触手は「原罪の魔王」由来の悪魔の力だ。魔王の体は万物に変身できたらしい。

 体の驚異的な柔軟性と髪を触手として操る力。私にはそれしか遺伝しなかった。

 黒髪を触手とする「黒き触手」で射程の短さを克服し、「黒き触手」から直に無を送り込む「黒き炎」で滅ぼす。無を雑に扱っても髪ならリスクは少ない。

 この触手こそが師匠を殺すための秘密兵器。まだ、公には知られていない切札。

 ゆえに、使いたくない。ここでは人目が多すぎる。隠さねば切札にならんのだ。

 無とは異なり命の魔力は扱いやすい。その性質上、魔法抵抗も受けにくい――


「朕が悪魔だと、なぜ気づいた?」


 ――互いに面を上げた後、悪魔が問う。まさに愚問、鼻で笑い言い放った。


「私の攻撃で死ねば悪魔だ。生きていればより高位の悪魔だ。どちらだとしても、敵は悪魔なのだ。ならば殺し尽くせばよい。聖女の敵は全て悪魔なのだから」


 沈黙――玉座の間がしんと静まった。鼓動が聞こえるほどの静寂が訪れる。


「……あ、悪魔だ……」


 そう誰かが呟いた。悪魔が目の前にいるけれども、なぜ私に視線が集まるのだ?


「……悪魔を殺し尽くす怪物だ」

「まさに怪物を超えた怪物……」

「……悪魔を超えた悪魔やでぇ」

「愛しいマリーの悪魔聖女……」


 あ、あれ? マジになるのやめてもらっていいですか? 聖女ジョークだよ?


「朕の想像を絶する……セイジョよ、重畳至極である。甘露、甘露、満足じゃ」


 ご満足いただけて恐悦至極でございます。

 じゃあ、もう帰ってもらっていいですか?

 聖女神拳の基本「無命(むめい)(かま)え」を取る。

 全身を脱力させ自然体にて正対で構える。

 さらに、六柱の舞を奉納する。覇天成神。


天覇(てんは)神楽(かぐら)


 神楽を舞い命の魔力で六柱を讃えると、空間に極微の六星が顕現――終に至る。

 天に覇を成す聖女神拳究極の秘奥義。

 命の魔力で極限に高めた集中力が、清浄の世界を支配し君臨する。

 全てが止まって見えるほどの世界で、永劫を己に課す。仲間を信じて――


 マリーの号令の下、ライカと精鋭騎士たちが悪魔を一糸乱れぬ魔法で急襲する!

 雷が先駆け、土が足止め、火が焼き尽くす。悪魔は体を再生しながら詠唱する。

 イオタの風が切り刻み、ツェータの木がコアを捉え、パイの金が四肢を固める。

 悪魔が流麗に掌印を結び詠唱を締める。発動の呪文を唱えて死の闇が顕現した。

 謁見の間が死の闇に包まれるも、イザベラと聖騎士たちが障壁で死の闇を阻む。

 サリアの光が闇を打ち払い、宰相と騎士団長が突撃、剣閃が交差し悪魔を斬る!


 神々しく眩い黄金の球体〈悪魔のコア〉が露出する。


 その瞬間、右の一本貫手に集中した命が臨界点を迎え――怒号、指が狙い撃つ!


天覇(てんは)命滅(めいめつ)!!』


 ――聖女神拳の奥義を放つ! 点にまで圧縮した命を射出し空間を引き裂いた。

 六徳を説き、虚空を越え、清浄に導かん。

 悪魔のコアに至りて、神を天に還し奉る。

 清浄なる世界で、悪魔のコアがひび割れて、黄金に輝く神の魂核が砕け散った。


『神桜弑し奉る祖に誓う天に覇を成す命を滅す』


 そして世界は動き出す。


 天覇命滅の余波が荒れ狂う。謁見の間が轟く衝撃波に揺れる。

 徐々に、徐々に、余波が静まっていく。戦いが終わったのだ。


『……解放……感謝……安楽……歓喜……』


 怠惰の悪魔が私の心に言葉を遺す。コアを破壊された怠惰の悪魔は塵に帰った。

 七つの大罪の一柱である怠惰の悪魔は、怠惰ゆえに本気を出すことができないが姦計に長けており決して侮れない。聖典にもそう書かれている。

 実際、国王が乗っ取られていたのだ。国家存亡の危機どころの話ではない。

 人類同士で全面戦争という最悪の事態も起こりえた。危ういところであった。

 いったいどうやって……疑問は尽きないが、悪魔が遺した言葉から推測するに、怠惰ゆえに正体を隠し続け、怠惰ゆえに国王の激務が苦痛だったのだろう。

 じいじはおバカさんだったようだ。わざわざ天国から地獄に堕ちるとはね。


「……や、やったか?……」


 そう誰かが呟いた。フラグを立てるのやめろ? 学校で習わなかったのか?


「今回ばかりは死ぬかと思ったぜ……」

「……身籠った妻を置いて死ねるか!」

「それにしても、なんか静かやね……」

「……勝った。みんな勝鬨を上げよ!」


 勝鬨――緊張感から解放され喜びが沸き起こる。一斉に全員が雄叫びを上げた。


    ◇


 世界の果て、宿屋の一室、黒檀の椅子が軋む。テーブルを挟んで座る人影二つ。

 小さな人影が高級ワインを嗜む。役得というべきか、酒を奢られ上機嫌である。

 小さな人影が視線を上げると、向かいに座る大きな人影に美しい声を響かせた。


「セイジョが勝ったようじゃのう」


 テーブルの上には電報で送られた報告書が置かれている。

 小さな人影は報告書を右手の人差し指でトントンと叩いた。

 大きな人影が煙草を咥えると、パチンと指を鳴らす。魔法が煙草に火をつけた。

 大きな人影は煙草を嗜み、紫煙を燻らす。


 からんからんと縁を讃える鐘声が響く。教会が終を告げた。〇時、時来たれり。


「……時は来た……」


 大きな人影がおもむろに口を開き告げた。

 二人を別つように煙は揺らめく。時至る。

 小さな人影がワインを飲み干し、諭した。


「別の道もある。儂はお主にそれを示したいのじゃ。荊を負い生きることは――」


 大きな人影が天に覇を成すがごとく、人知を超えた殺気を垣間見せる。

 小さな人影の声どころか虫の音すら一斉にやむ。闇夜に静寂が訪れた。

 大きな人影は紫煙を燻らす。愛想い慈しむ。煙草を嗜む、記憶の面影。


「――もはや止められぬか、馬鹿者め。なれば、儂は明日ここを立つ。よいか?」


 小さな人影の言葉に大きな人影は頷いた。

 二人を別つように煙は揺らめく。汝至る。

 大きな人影が煙に目を細め、想いを零す。


「……天国あるいは地獄……」


 ああ、常世よ、あるいは現世よ。

 祈りが届かぬとも、世界は巡る。

 また愛に会えたならきっと……。


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