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聖女、グレる。  作者: 水神流文筆道開祖
第一章 聖女と悪魔の前奏曲
15/21

危急

 私は死んだ。

 結晶化の毒で硬化した魔力が魔石となり、体内を侵食したのが死因だ。

 それは血栓のようなもので、血管から内臓に至り、機能不全を起こす。

 心臓の血管が詰まり、心筋梗塞を起こし、心臓が結晶化して魔石となった。

 各部臓器も機能不全に陥り、心肺停止状態となる。私は己に死亡判定を下した。


「……あらあら、しぶとい子だこと……」


 エリシア・シェオルノーン。予想していた犯人候補の中ではまだましか。

 実力が未知数な相手だが、情がある相手よりは殺すのに躊躇はない。

 心の底から安堵し、思わず口角が上がる。


「ずいぶん余裕ね。効いてないのかしら?」


 彼女が告白室に入室した時、生きている私を見て彼女は驚愕の表情を浮かべた。

 警戒したのか、彼女は私に近寄らず距離を取った。様子見をしているのだろう。

 そして、問いを投げかけられ、今に至る。


「しっかり効いてるぜ……肩がこった」


 余裕を誇示すると、首を横に軽く倒した。

 ばきばきと体内の魔石が割れる音がする。

 実際、効いているのだから嘘ではない。


 では、なぜ生きているのか? いや、私は死んでいる。医学的には、だが。


 私は早々に全身に回った結晶化の毒の治療を諦めた。

 全身を治療する時間がなかった。そんな余裕はなかったのだ。

 なにせ目の前には、私を陥れた犯人がいるのだ。戦闘は必至。

 全力で治療すれば五分かからず完治できただろう。結晶化の毒を無の魔力で消滅させるのだ。解毒法のない毒だろうが、根本から消してしまえばいい。


 問題は無があまりにも扱いにくいことだ。下手をすれば己を消滅させかねない。


 ゆえに、極限の集中力を必要とする。

 とてもじゃないが、戦闘しながら治療なんて不可能。だから、私は体を捨てた。

 正確には、首から下の治療を諦めた。


 後頸部から背部に、命の魔力でこの状況に適した新たな複合臓器を生み出した。

 同時に、頭部に至る血管を全て複合臓器をバイパスするように繋ぎ直す。

 複合臓器で血液を濾過し、毒を貯蔵臓器に送り、無の魔力で消滅させる。

 複合臓器には生存に必要な機能を持たせた。体が不自由なこと以外は問題ない。


 それだけではない。

 すでに反撃の布石を打っている。

 だが、できれば時間を稼ぎたい。


「告白はまだか? 冥土の土産ってやつを聞きたいね」


 本心からエリシアの話を聞きたいと思った。どうしてこんなことを?

 エリシアが花のように微笑む。その答えは笑えるほどおバカなものだった。


「セイジョがあまりにも可愛いから遊んであげたくなって……悪気はないのよ?」


 魔女め……いや、違う。私の直感が言っている、悪魔なのだと。さらに問う。


「悪魔め、エリシアに何をした?」

「あらあら、悪魔呼ばわりとは……失礼ではないわね。でも、傷つくのよ?」


 くすくすとエリシアだった体が笑う。

 おそらく、エリシアはこの悪魔の依代にされたのだろう。

 だが、悪魔は契約なしでは干渉できない。

 エリシアは悪魔と危険な契約をしたのだ。そして、悪魔の協力を得た。

 しかし、条件は不明だが、結果的に悪魔に体を乗っ取られたようだ。

 問いに答えた悪魔が妖艶な笑顔で楽しそうに笑った後、殺気を滲ませて言った。


「もっとお喋りしたいけど、余裕ぶって負けるなんて嫌よ。話の続きは妾の――」


 悪魔の魔力が膨れ上がる!


「――胎の中でしましょう?」


 大言壮語ではないのだろう。だが、食われる気などさらさら――来る!

 悪魔が魔力を右手に集中し、右の掌を突き出すと、呪文を唱え魔法を顕現した。


【光閃】(シャイニング)


 瞬間、光の魔力が集中し灼熱の閃光――私の額を貫く――煌めく光の矢!

 魔法抵抗――私の魔力が抵抗となり、光の矢は頭蓋を焦がすだけにとどまった。

 額から血が噴水のように噴き出す。

 焦げた肉の臭い。

 すぐさま命の魔力で傷を治療する。

 意外なのはその威力、ありえない、まさか私の魔法抵抗を貫通するとは……。

 光の魔法は回避困難な反面、威力が低く効果範囲も狭い。

 魔法抵抗や物質の影響も受けやすいはず、なのに……まさか、重唱かッ!?――


 音声と魂声で「別の言葉」を同時に重ね合わせて唱えた呪文を「重唱」という。

 魔法使いの奥義であり、極めれば魔法の効果や効率を格段に高めることが可能。


 ――悪魔は楽しそうにくすくす笑うと、優しげな声で私を挑発した。


「身動き一つ取れないなんて、やはり効いているのね……なんていじらしい子」


 もっと踏み込んでこい。あと一歩でいい。そこではダメだ。動け、動いてくれ。


「そう思うなら抱いて慰めてくれないか? 死ぬ時は女の胸の中って決めてんだ」


 挑発し返した。来い! おまえが一歩でも動けば……その瞬間……私の勝ちだ。

 だが、現実は非情である。悪魔の翠眼が全てを見透かすように、私を見据える。


「ばあばも年なの。膝はぼろぼろ、腰はがたがた、そこまで行くのは……嫌ねぇ」


 そう悪魔が告げると、胸の前で両手の指を全て合わせ掌印を結ぶ。

 悪魔は集中し魔力を練り上げていく。隙だらけ、まさに愚行、本来ならば。

 だが、今の私は身動きが取れない。

 大技が来る、全力の渾身の一撃が。

 魔法抵抗の強度を悪魔に知られた。

 次は必ず殺す技を使うだろう。確実に死ぬ……これが私の死……夢が終わる。


「天に遍く星々よ、地に注ぐ煌々よ――」


 悪魔は詠唱を開始した。魔法に長々とした詠唱は「本来ならば」必要ない。

 だが、あえて長々と詠唱することで、魔法の威力を高めることができるのだ。

 無論、その詠唱が無意味な言葉の羅列では逆効果になる。

 詠唱とは増幅機構。魔法を現す言葉を紡ぎ、現象をさらに確固たるものにする。


「――開闢の旅人、終焉の輪舞、創造の光、破壊の熱――」


 悪魔は詠唱を紡ぎ続け、時間をかけて練り上げた強大な魔力が掌印に集まる。


「――粒子の波に揺蕩う、我らが支配者の名の下に、集え古兵共よ――」


 長すぎんだよ! 教皇の説教より長いよ! さっさと殺せくそったれ!


「――敵を滅ぼす喜びを、光と分かち合い、世界が砕ける様を見よ!」


 力強い声と共に悪魔は詠唱を締める。そして、魔法を発動する呪文を唱えた。


【極光一閃】シャイニング・インパクト


 光が一点に集中していく。凝縮された光の奔流が、掌印を中心に渦巻く。

 全てを貫く神槍、至高の光が世界に顕現し、そして、ついに光の槍は放たれた!


 ――閃光が世界を照らす――


 光は窓を貫通し庭園を突き抜けた。顔が熱で溶ける。走馬灯が流れゆく中で――


「あ?」


 仰向けに倒れた悪魔が間抜けな声を出す。

 熱で溶けた顔を再生しながら私は言った。


「ばーか」


 ――師曰く「死中に活あり」、絶望の先にこそ希望がある。反撃の時、来たる。

 悪魔の両足は私の黒髪に拘束されていた。いや、触手というべきか。

 部屋の隅、影を縫うように伸ばした触手が、死角から足を捕えて転ばせたのだ。


 悪魔が放った閃光の狙いは外れ、私の右頬を掠めただけに終わった。


 さて、遊びは終わりだよ、悪魔ちゃん。

 魂の器、魂核を狙う。生物は脳が魂核だが、悪魔は無生物なのでコアが魂核だ。

 コアとは特殊な魔石。脳同様、魔素を安定して貯蔵できる魂の器である。


 背後に隠した、長々と伸ばした黒い髪――黒き触手を悪魔に向け一気に伸ばす!


 黒き触手は剛腕のごとく、床に転がる悪魔を瞬時に捕縛する。

 黒き触手は悪魔の四肢を捻じ曲げ、胴体を絞り上げ、首を圧し折った。


「磔刑に処す!」


 私の命令が伝達された黒き触手が、瞬時にイメージ通り動き出す。

 十字架に磔にするがごとく、悪魔を空中に縫い留めると、黒き触手が槍を象る。


 股から脳天にかけて黒き槍が一気に貫く!


 全身を犯された悪魔は、穴という穴から触手を噴き出し、血祭りとなった。

 だが、これで終わりではない。毒の対処を中止し、無の魔力を攻撃に転ずる。

 触手から怒涛のごとく無を流し込む。コアは未発見、なら全て滅ぼすだけだッ!!


『天地開闢』


 突如、景色が変わった。一面が……肉?

 告白室より少し狭い……全方位、桃色の肉壁に囲まれた……尋常ならざる状況。

 出口はない、完全な密室、悪魔はいない、気配は感じる――


『幽世にようこそ。妾の世界に客を招待したのは……何千年ぶりだったか……』


 ――世界を創造できるほどの「高位の悪魔」だったとは……完全に……想定外。

 毒を使う手口から、力自体は大したことないと踏んでいたが……これは厄いぜ。


『ここまで楽しませたこと、褒めて遣わす』


 遥か昔、神々の戦争が起こり、敗者は悪魔に貶められた。

 信仰を失った悪魔たちは力を弱められ、もはや勝者である女神たちと戦うほどの力はない。悪魔とは古き神々なのだ。

 ゆえに、高位の悪魔は天地開闢を成す力を持っている。

 今となっては、高位の悪魔は小さな世界しか創造できない。

 それでも、人には成し得ぬ世界を創造する神業を成せるのだ。

 天地開闢を成した悪魔は世界そのものになる。驚異的だが、全知全能ではない。

 悪魔が創造した異世界に招待されただけのこと。絶望するにはまだ早すぎる。


『セイジョよ、ばあばに教えておくれ。いつ気づいた?』


 冥土の土産を貰うどころか、せがまれるとはね。だが、お喋りは嫌いじゃない。


「聖女ジョークで爆笑したろ。あの時だ。まるで思考に反応したかのようだった」


 確信はなかった。違和感だけだったが、敵として再び相対した瞬間、確信した。

 おそらく、心の表層しか読み取れないだろうと予測し、心を雑多な情報で満たし奥底の計画に気づかせなかった。木を隠すなら森の中。まさに金言。

 さらに、少しでも動けば私の罠にかかると勘違いさせた。

 実際は逆だった。動いてほしくなかった。

 動かないからこそ、隙だらけの大技を誘えた。もっとも奇襲が成功する瞬間だ。


『あらまあ、してやられたわね。でも、許してあげる。もうなんて可愛らしい子』


 悪魔も元々は神だった。

 ゆえに、神々の盟約に支配されている。神は世界に直接干渉してはならない。

 しかし、誤算が生じる。

 女神たち以外が悪魔になった影響で、神々の盟約にほころびが生じたのだ。


 その結果、悪魔は契約を介して私たちの世界に直接干渉できるようになった。


 そして、契約によっては契約者を依代にして自ら顕現することも可能になった。

 とはいえ、悪魔に堕ちて弱体化しているので対処は難しくない。

 だが、天地開闢できる高位の悪魔は違う。

 伝説にうたわれる英雄か、聖女くらいでしか対処はできないだろう。

 軍隊でも対処不可能。量より質が必要だ。


 天地開闢――悪魔はここを幽世と言ったが、それが悪魔の世界の名なのか?


 その名が突破口にならないか?

 天地開闢は万能ではない。相手を客として招く以上、接待せねばならない。

 つまり、与えねばならない。そして、一つしか奪えない。


 悪魔が創造した遊園地の入場料。対価。お代を払うのは一回だけだ。


 無論、提供と対価は等価でなければならない。

 難儀な条件があるからこそ、有無を言わせず悪魔の世界に引きずり込めるのだ。

 仮に視覚を奪ったらその時点で対価を払ったことになる。

 悪魔は賢い。光源がないのに視認できるのは、相手から奪わないためである。


 悪魔の世界はいわば胎の中。内側は案外脆いもので、悪魔も危険を承知の上だ。


 だからこそ、天地開闢は悪魔にとって最終手段であり、最後の切札なのである。

 天地開闢をした悪魔は世界そのものになる。ゆえに、世界が死ねば悪魔も死ぬ。

 創造した世界を閉じて悪魔が現世に戻るには、客が全員死ななければならない。

 悪魔を殺す以外の脱出方法はない。ゆえに、どちらが死ぬかの最終決戦となる。


『いとおかし。そんなに考えてたら疲れるわよ? ふふ、ごゆっくりなさいな』


 悪魔の世界は意外と身近に存在する。ダンジョンだ。出入りを自由にする制約で広大な空間を生成。生態系を構築し、宝物で誘惑し、希望と絶望を貪る悪魔の腸。


「…………」


 なぜ攻撃してこない? 何も起こらない。おかしい、何かが、絶対におかしい。

 こういう時は素直に聞くのが一番だ。恥も外聞もなく、私は悪魔に尋ねた。


「なぜ何もしない?」

『ふふ、初心ねぇ。とってもおいしそう。怖くないから、一緒に溶けましょう?』


 悪魔は即答するもいまいち要領を得ない。悪魔は基本的に嘘をつけないはずだ。

 無意味なことは言えるが、意味のある嘘はつけない。抜け道はあるが正直者だ。

 情報が必要だ。先程の約束も利用できるはず。だが、まずは基本の基、挨拶だ。


「更更、どうも、聖女セイジョ・セイジョです。悪魔に堕ちた柱よ、弑し奉る」

『丁寧な挨拶、誠に重畳。どうも、色欲の悪魔です。妾を喜ばせるのがお上手ね』


 挨拶は決しておろそかにできない。神の礼儀作法。聖典にもそう書かれている。

 動けぬため、お辞儀の代わりに会釈する。

 色欲の悪魔が喜びに満ちる。そう感じた。

 もしかすると、寂しいのかもしれない。堕ちて祈りを失ってしまったのだから。

 容赦はしない。だが、挨拶をしたなら親交を深め合うべきだろう? 私は問う。


「色欲の悪魔よ、胎の中だぞ。話の続き……冥土の土産を聞かせてくれまいか?」

『そうねぇ……なら一つだけ、質問に答えてあげるわ。ふふ、ばあばのご褒美よ』


 これはどうするべきか……真相……そんなもの聞いても死んだら元も子もない。

 ならばどうするべきか……弱点……そんな都合のいいものがあるとは限らない。

 然らばどうするべきか……一首……幽世の桜散りゆく志承りし神のまにまに――


「――真名!」

『真名は――』

「真名を教えろ! 色欲の悪魔よ、答えろ! おまえの真名を!」

『――ダメよ! それだけはダメ! 答えられないの、無理なの、できないの!』

「嘘をついたな! 悪魔よ、神だった存在よ! おまえは己に嘘をついたのだ!」


 世界がひび割れる音がする。僅かに残されていた神性が崩れる。

 色欲の悪魔は自己否定したのだ。悪魔は、神は、嘘をつけない。

 高次元存在の神が嘘をつくことは、嘘で己を否定し、神性を損なう自殺行為。

 そして堕ちる、嘘の世界に、私たちの低次元に、たとえ一時でも、致命的な隙。


『妾を謀ったな……妾の、慈悲を、慈悲を……踏みにじったな! 許さぬっ!!』


 肉壁が蠢く。色欲の悪魔の世界が、迫りくる!? 狭まる! 世界に圧縮される!

 まずい、まずい、まずい、まずい! こ、こんな単純な攻撃が、が、がぁああ!?

 意識が遠のく。私が割れる音が響き渡る。内臓が潰れ、骨が砕け、肉が裂ける。

 抵抗できない。質量に差が……耐えろ……耐えろ……耐える?……どうやって?


『安心するがよい。血肉を食ろうて、妾が産み直そう。胎に還し、妾の中で幸せを与えよう。求められるまま母となり、乳を、抱擁を、愛を与えよう』


 冗談ではない。お断りだね。だが、天地開闢、これが、この世界の法則なのか。

 単純な質量で圧死させる。だが、それだけでは天秤の重さが釣り合わないのだ。

 だから産み直す。輪廻転生、幽世とはこのことか。これで等価とか、詐欺だろ!

 ふざけんなよ……ま、まだ……ああ……ああ…………ぁあ…………ぁ…………。



 ――身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ――



 私の世界が壊れる。

 だから、私は捨てる。

 私の世界が全て壊れる。

 だから、私は身を捨てる。


 もう、どうにでもなあれ。


 だから、私は無を捨てる。

 この世界が全て壊れる。

 だから、私は捨てる。

 この世界が壊れる。



 ――私の世界が、この世界が、無となる、手綱を捨て、全てを、無に委ねよ――



 産み直す。命が私を産み直す。怪物である私を。私のコアから怪物が生まれる。

 私のコアから、私が再生する。命が肉を骨を皮を髪を内蔵を血液を、私に象る。

 生まれたままの姿で地に立つ。朦朧とする意識の中、膝をつかぬよう踏ん張る。

 目から涙が滝のように流れて嗚咽する。胃が痙攣しえずく。喉が焼けてむせる。

 呼吸を忘れていたことにようやく気づいた。空気を取り込み、激しく咳き込む。


 周囲を確認する。砕けた窓、床の血溜まり、告白室。色欲の悪魔の姿はない。


 当然、色欲の悪魔の依代になったエリシアの体は無に還った。

 助けるのは無理だった。これが悪魔との契約が行きつく先だ。

 破滅を選んだのはエリシア、おまえだ。


 私は無を制御するのを放棄した。そして、ありったけの無を解放し暴走させた。


 コアさえあれば私は不滅だ。コアを魔法抵抗で守りきれれば権能で再生できる。

 とはいえ、理論上の話だ。試したことなどない。ましてや脳を捨て――


『……あら……あらあら……負け……妾……よもやよもや……』


 ――即座に戦闘態勢に入る。魂に刻まれた構え。天を仰ぎ、悪魔に語りかける。


「色欲の悪魔よ、やはり滅ぼせないか……」

『色欲……絶えぬ……妾……不滅なり……』


 律儀に返事を返すところを見るに、元々は気さくな善神だったのかもしれない。


「不滅とて、しばらくは動けまい。何年後かは知らんが、もう再戦はごめんだね」

『妾……嫌ねぇ……愛しい……孫娘よ……』


 悪魔は嘘をつけない。わかってる。わざわざ言わなくても知ってるよ、ばあば。


「さようなら、また会う日まで。もし父と母に会えたら――」


 悪魔の気配が消えた。天国に帰ったか、あるいは地獄か。どちらも……同じか。


「……私は……」


 零れた声が、静寂に溶けて消える。静謐の中、独り佇み、両親に思いを馳せる。

 母は縁の女神の聖女、災厄の魔女。

 父は悪魔と魔族の王、原罪の魔王。

 私は魔女と魔王の娘。聖女と悪魔の血を継ぐ私は、人か、神か、それとも……。


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