歳破
私は祭りが好きだ。
人々が鐘声と共に女神たちに一斉に祈る、あの瞬間が好きなのだ。
今日は三月十四日。年に一度の告白祭だ。文字通り告白を奨励する日である。
つまり、愛の告白をする日だ。
意中の相手にお菓子を送り、交際や結婚を申し込む甘ったるくて苛立たしい日。
なぜだかわからないが、無性に殺意が満ちる日である。
だが、祭を楽しむのは大衆だけではない。腐っても聖女、いや、腐ってないが?
とにかく、私も告白される。それはもうたくさん告白される。モテモテである。
「ああっ! 聖女さまっ!」
告白室で豪華なソファに座り、私は聖女っぽくしていた。いや、聖女ですが?
聖女業、絶賛営業中。児童労働はルールで禁止では? 私は訝しんだ。
女神教会は一般の教徒に対して「聖女に告白する権利」を無作為に与えている。
その権利書を聖券という。告白祭だけで使え、特別に聖女は告白に耳を傾ける。
聖券は転売自由。つまり、そういうことだ。これは一種の宝くじなのだ。
不敬な気がするのは気のせいだろうか? 聖女を金儲けに使うのやめろ?
とはいえ、教会は無償で配布している。当選者が転売するのが悪いのだ。
信じがたいことに、聖券はオークションで高値で取引されている――
豪華に飾り立てたノームの美少女が「好き好き好き好き、結婚しよ!」と迫る。
派手な着物を着たオーガの侍女が、豊満な胸を揺らしノームの美少女を止めた。
この子たち、毎年見るな……感謝を伝え、聖女的な言動で煙に巻いて帰らせた。
――常連二人からもらったお菓子を食べながら、次の迷える子羊を待ち受ける。
無論、お菓子に毒などない。万物の声を聞く聖女に一服盛るのは不可能である。
お菓子よお菓子、おまえは害や悪意を含むか否か? 心の声でお菓子に問う。
お菓子の声曰く『ないよ』――安全確認よし、とお菓子を指差して喚呼した。
姿勢を崩し、ソファに体重を預けて背中を伸ばす。長い一日になりそうだ。
この世の万物には魂が宿る。これはもはや常識。聖典にもそう書かれている。
現人神である聖女は女神の化身。魂の声を聞くことくらいできて当然。
エルフなど神に近い種族ならば万物の声を聞くこともできるが、神性がない人種では一般的に万物の声を聞くのは難しい。
正直言って、万物の声はうるさい。常人では精神が持たないだろう。
幼い頃は万物の声に我慢できず、たまらず壊して回ったものだ。本当に聖女か?
今では気にもならないが――ノックの音、独特のリズム、次の子羊が来る符丁。
「次の方どうぞ」
優しげな声でノックに応えた。姿勢を正し、営業再開。給料分は働きますかね。
◇
告白室とはいうものの、実際は応接室。いや、応接室に似てるが正しいか。
庭園が見える大きな窓、豪華なソファに絨毯、絵画やタペストリー等々。
一つ違いがあるとしたら、ソファが一つしかないことだ。
聖女と同高に座すは不敬であるがゆえに。
告白室は教会としてはありきたりな内装の大部屋だった。
異世界にあるという懺悔室とは違い、罪を告白しても誰も許さない。
女神に許しを乞うなど、不敬も甚だしい。
告白室は何のためにあるのか? 無論、罪を告白し自首するためにあるのだ。
「さあ、あなたの罪を数えよ」
真剣な表情で聖女の常套句をキメた。咎人よ、心の中で罪を反芻し悔い改めよ。
「せいじょさま、かっこいい~」
カイは栗色の瞳を輝かせ私を褒めた。栗色の髪から覗く犬耳を倒し尻尾を振る。
「あたいがわざわざ来てやったんだ。菓子くらい出せねえのか? あぁん?」
琥珀色の瞳と小麦色の肌、水色の三つ編みを揺らしたレイが悪態をついた。
「あのなー、オレらがあげるほうだからな? セイジョから奪ってどうすんだ?」
メイがツッコんだ。白い美肌、橙色の短髪、翡翠色の瞳が背徳的な魅力を醸す。
「「「聖女さま~」」」
孤児院の子供たち――生成色の貫頭衣と茶色のボーンサンダル、お揃いの衣装で行儀よく整列している姿が可愛らしい。元気いっぱい、健康優良児ばかりだ。
保育士のお姉さんたちも元気そうだ。思い思いの晴れ着姿が華やかで、笑い合う仲睦まじい雰囲気が、孤児たちの心の支えになっているのが見て取れる。
「…………」
アルファは黙って私を見つめていた。孤児院の院長、アルファは常に美しい。
長い金髪が輝く金眼が白肌が腸が肉が骨が全部好き。でも、一番好きなのは声。
彼女が着る触り心地のよい黒い修道服一式は、清らかな純潔を表している。
頭にかぶるウィンプルは白い前立てと黒いヴェールのコントラストが禁欲的で、足首まで伸びた美しい金髪を覆い貞淑を示す。
首から肩にかけて白い付け襟を着用しているが、その首元には階級を示す刺繍が施されている。付け襟の中央に〈金色の百合〉が二つ――階級が司祭である証だ。
彼女は黒い魔獣革製の半長靴を愛用している。教会からの支給品ではない。
足は個人差が顕著なので、聖職者の衣装で靴だけは自由が認められているのだ。
アルファの体格は私とほぼ同じで、見た目は子供だがしっかりした大人である。
抱きしめると信じられないほど気持ちが……いやいや、何を考えているんだ!?
私は……ええと……何言えばいいんだ?
「……アルファは可愛いなあ……」
口が、口が、口がぁぁあああああああッ!!
滑るな戯け! 戯け者! つい本音が――
「あたいの目の前で院長ちゃん口説くなんざ、いい度胸じゃねえの……ッ!?」
ビキビキと謎の音を立てながら――!?――レイが私にメンチを切るッ!!
「こりゃセイジョが悪いな。院長ちゃん奪うなら、孤児院は誰とでも戦争だぜ?」
こいつらマジで戦争するからな……助太刀したとはいえヤクザと戦争するな!
「せいじょさまがね、およめさんにくれば、いいんだよぉ」
いきなりとんでもないこと言うのやめろ? カイの無邪気な笑顔が逆につらい。
「あぁん? 誰とよ? あたいか?」
「レイには荷が重い。オレがもらう」
「カイと、カイとけっこんするの~」
聖職者は結婚できないと否定するは無粋。今日は告白祭、戯れてるだけのこと。
「はいはい、みんな大好きだよ」
恥ずかしくて言えないことも、すんなりと言えてしまう。心が触れ合う告白祭。
私の言葉に告白室は盛り上がる。笑って、じゃれ合って、温かい時間が流れる。
それから、孤児院のみんなに私のお菓子を分け与えて楽しくお喋りした。
孤児院のみんなは私の賓客。毎年全員参加して、たくさんのお菓子を分け合う。
告白室は大きな部屋なので、孤児院のみんなと集まるにはちょうどいい。
貴族から盗んだお菓子で手作りしたという謎に手の込んだプレゼントを貰うと、あまりにおバカな武勇伝を語る悪友たちに、心の底から感謝した。
◇
屋台のお姉さんが聖券に当選しているとは思いもしなかった。改めて観察する。
後ろでまとめた長い緑髪、水のように澄んだ氷眼、細身でたわわな白肌の美人。
黒いタンクトップ、青いショートパンツ、赤いブーツ、白いマントは……神衣!?
神樹を績み紡ぎ織られた神衣は、国宝級の価値がある。只者ではない。何者だ?
屋台のお姉さんは告白室に入ると姿勢を正す。そして、大声で大胆に告白した。
「自分はナナ! 十七歳! 大好きッス!」
屋台のナナに出会って三秒で告白された。どうしろと? 気まずい……。
「ナナ、邪魔にゃ~。ほらほら、奥にさっさと行くにゃ」
猫の獣人の女商人ターニャだ。
健康的で柔軟な体、ボブカットの青い髪、金銀のオッドアイが綺麗な私の友達。
最初の出会いこそ印象が悪かったものの、ひょんなことから仲良くなった。
ターニャが着ている紫紺色のケープ・ワンピース・ブーツは魔獣革製の高級品。
泥棒猫ちゃんだが、非暴力の義賊でいいやつだ。彼女は手を振り挨拶をした。
「セイジョ様、昨日ぶりにゃん。その節はどうもにゃ~」
ん? んんん? なんかぞろぞろと共通点のなさそうな人々が大勢……。
いや? いやいや! いやいやいや!? 多すぎんだろ! 加減しろこのおバカ!
「……何人いらっしゃりやがったので、ございますこと?」
辛うじて聖女っぽい言葉遣いに修正した。危うく素が出るところであった。
「三百十四人にゃん」
にゃん、じゃないが? 三月十四日、じゃないが? 多すぎんだろおバカ!
「廊下のお客様もちゃんと並ぶにゃ。一人三秒。さあ、告白祭を始めるにゃあ!」
合図と共に怒涛のごとき告白祭が始まった。もはや怒号では? 私は訝しんだ。
問い、出会って三秒どころか三秒毎に告白される気持ちを述べよ。答え、虚無。
「うぉぉぉおぉおぉおぉおぉおぉおぉお!!」
三秒間吼えるな! 意味わかんねえよ!
「食べて食べて食べてオギャアオギャア!」
胎内回帰なんぞできるか! オーガじゃあるまいし……つーか私でオギャるな!
「…………」
無言で脱ぐな! 無言で脱ぐな! 大事なことなので、無言で脱ぐな! 三回。
ふとターニャを見ると、口に手を当て笑いをこらえていた。こいつ……まさか!?
◇
私の精神は限界に達していた。
揃いの黒い修道服一式、聖職者たちの大集団がお見えになられやがりました。
ああ、めんどくさ。合体して一人になれ。
「あらら、お疲れだねぇ。俺が癒してあげようか?」
そうサリアは言うが、おまえに癒されたことなんてあったか?
サリアは短い青髪を右手でかきあげ、褐色の美肌に煌めく碧眼を片方つぶる。
司教サリア――自称「智将のサリア」と嘯く、私の四天王。元伯爵令嬢の人間。
一七八センチの精悍な体は、包容力Gでなければ美丈夫と見紛うほどの美形。
私が赤子の頃から飽きもせず、ちょっかいをかけてくる自称「聖女の乳母」だ。
人間は「神と獣の間」の人種で、短命種だが繫殖力がとても高い。
サリアを見つめていると、横からイザベラが一歩前に出て、桃色の唇を開いた。
「聖女様、お疲れでしたら今夜――」
「聖女さまに発情するなメスブタ!」
強烈な一喝! イザベラの甘やかな言葉をパイが即座に阻んだ。よきかな!
巫女パイ――自称「巨擘のパイ」と嘯く、私の四天王。頼れる姉御肌の戦乙女。
二一八センチの鍛え上げられた肉体はまるで巨木のようで、包容力Fでなければ魔人と見紛うほどの若きオークである。
無論、牙なんてないし豚鼻でもない。醜いというのはオークへの偏見である。
大柄な種族だがパイほどの巨体もそうはいまい。茶髪と茶眼に緑の肌が逞しい。
長い茶髪を三つ編みのポニーテールにした姿は、まさに女戦士といった風情だ。
尖った耳はオークの始祖である呪われたエルフのなごりだが、寿命は短命だ。
永遠の命と引き換えに、狂気の繁殖力を悪魔の契約で得たのがオークの始まり。
どんな哺乳類とも交配できるが、生まれるのは必ず「純血」のオークとなる。
上顎の犬歯は退化しているが、代わりに下顎の犬歯が発達しているのが特徴で、咬合力が高く骨を噛み砕くことができ、胃腸が頑丈で腐った食物でも苦にしない。
ふとイザベラに視線を移す。
今日は休暇を与えたはずなのに、私の元に馳せ参じるとは……距離感覚えろよ?
突然、イザベラがよろめいた。腕を掴まれ引っ張られたのだ。小さなツェータと狐耳を立てたイオタが、イザベラを挟むようにして立つと腕を掴み引きずり戻す。
「癒しと真逆の淫乱娘が側にいては、かえってお疲れになる也。さあ、お控え候」
もふもふの尻尾をぶんぶん横に振り、イオタがイザベラに苦言を呈した。
巫女イオタ――自称「普化のイオタ」と嘯く、私の四天王。白い美肌の別嬪娘。
一三八センチの可愛らしい体格は、包容力Dでなければ基礎学校の児童と見紛うほどの愛くるしい狐の獣人である。
無論、牙も獣耳も尻尾もある。爪が出し入れ自在、夜目が利く、耳と鼻がいい。
獣の特徴を持つがそれ以外は人間同様で、短命種だが常若で老けることはない。
頭上の狐耳は中ほどから先まで茶色で、もふもふの尻尾は先っぽだけが白い。
狐色の髪と瞳が愛くるしい。イオタは狂おしいほどに可愛い狐ちゃんである。
「そーそー、乱心するなんて、普通なら死刑だからね? 聖女さま、優しすぎ~」
続けて、からかうような声でツェータが事実を述べる。いやはや、正論である。
イオタが膝下まで伸びた髪を手でかきあげ靡かせた。きらきらと美髪が煌めく。
あまりの美しさに思わず見惚れていると、ツェータが怒りの形相で睨んできた。
大司教ツェータ――他称「救貧のツェータ」と呼ばれる人格者で、私の四天王。
九八センチの体は、包容力Bでなければ幼児と見紛うほどの可憐すぎるノーム。
見た目はエルフの幼児に似ていて尖った長耳だが、大人なのでお尻が大きい。
ノームは小人族の一種で長命種だが、エルフと違い永久不滅ではない。
不老ではあるが、千年ほどで寿命が尽きて花に生まれ変わるといわれている。
長命種は繁殖力が極めて低い。それを補うためか、ノームは雌雄同体であった。
形態的特徴は女性だが、体内には隠された雄性生殖器官が存在する。
女神教会はノームを女性として扱う。
ノームは異種交配を禁忌としており、清廉潔白で平穏を好む種族である。
あらゆる生物と心を通わせることができ、始祖は花の精霊といわれている。
銀色の髪、紅梅色の瞳、宍色の肌、可憐な美貌、まさに花の精霊もかくや。
ツェータは遥か昔から教会に所属し、貧困の救済に尽力した生きる伝説である。
長く伸びた銀髪、怒りに震えるツェータのツインテールがさらさらと揺れる。
どうやら、イオタをなですぎて昇天させた事件をまだ忘れていないらしい。
文字通り昇天してイオタが息絶えた時は、さすがの私も驚いた。
事件といえば、卑猥な噂を払拭した結果、イザベラの名誉が……申し訳ない。
「「「聖女さまぁぁああああああッ!!」」」
うるさい! 多い! 聖職者は聖券に当選しないはずなのに、なんでいるんだ?
「俺ら〈聖女を愛でる会〉の全資金でもギリギリ……いやあ、聖券高すぎでしょ」
サリアの資金捻出法をツッコみたいところだがあえて聞かない。聞きたくない。
「聖女様、少しよろしいかしら?」
言うや否や、イザベラは私に詰め寄った。愛の告白はもうお腹いっぱいだぞ?
サリアに目配せする。この場の責任者はおまえだろう? なんとかしろサリア!
「一秒金貨一枚だぜ?」
「……よくってよ……」
サリア? 聖女で金儲けやめろ? もしや全員? イザベラ、おまえもか……。
金、金、金、聖職者として恥ずかしくないのか? いつか綱紀粛正してやる。
お尻まで伸びた赤い髪を、イザベラは右手で払うようにかきあげて靡かせた。
紫の瞳が射抜くように私を見つめる。白い美肌に咲く花唇が言葉を紡ぎ出した。
「聖女様、わたくしの愛を捧げます――」
「捧げるって、具体的に何を?」
「――えっ!? それは……全て、ですわ」
「全て? おまえの全てとは何だ?」
私の問いに淀みなくイザベラは答えた。
「この身と心、わたくしの全てを――」
「それだけか?」
「――ふぇ? あ、えっ……え?」
おそらく、目論見が外れ混乱しているのだろう。陳腐な言葉はもう聞き飽きた。
「おまえの『身と心』だけかと聞いている。それっぽっちしか出せねえのか?」
「わ、わたくしには……もう、それしか……財産も、ご満足できるほどは――」
地を貫く轟音! 天が震える! 元凶たるは私の震脚、右足で床を踏みしめた。
「私がいつ金を無心した?」
自分自身でも内心驚くほど冷めた声が出た。イザベラは凍え、言葉を失う。
「おまえの問題はそこだ。いや、全員だ。みんながみんな、私を理解していない」
私の言葉をこの場の全員が固唾を飲んで聞いている。イザベラを見据え、語る。
「誰も私を知らない。師匠だけだ。師匠だけが私を知っている。私の全てを……」
イザベラの頬に涙が一筋流れた。輝く紫の瞳に黒い怪物が映る。言葉を続ける。
「私は怪物だ。嘘じゃない。イザベラ、私はいつかきっと、おまえを殺すだろう」
真実を語ることでしかわかりあえないのなら、聞かせてやる。
「場合によっては、可能性は低いかもしれないが……最悪、私は、世界を滅ぼす」
聞きたくないと泣いて叫ぼうが、聞かせてやる。
「もし世界で一番の人を最愛というのなら、私の最愛の人は師匠だ」
誰にも明かしたことのない心の内を吐露すると、誰もが息を呑んだ。
「だが、私は、私は……師匠を――」
サリアが「やめろ!」と叫ぶが、真実を語ることをやめることはできなかった。
「――殺す。両親を殺した師匠を私は許さない。父と母の仇は、必ず、必ず……」
それ以上言葉が出なかった。無意識に握りしめた拳から、血が一筋流れ落ちた。
◇
豪華な赤い衣装の国王、豪奢な白い礼服の宰相、勲章輝く黒い礼装の騎士団長。
黒いお仕着せ一式に、白いエプロンドレスとホワイトブリムを身に纏うライカ。
そして、マリーを見やる。金髪碧眼、玉のような白肌をした絶世の美少女。
腰まで伸びた美しい金髪、サイドは縦ロールにしており華やかな印象を受ける。
王女は小柄な体には不釣り合いな名山を際立たせる、純粋無垢な純白のドレスで着飾っていた。柳腰と幼さ残るお尻が艶めかしく、息を呑むほど美しい。
いつもの出で立ちの面々と違い、マリーの装いだけは気合いが別次元だった。
輝く白き神樹のティアラは「契合の冠」、純白の神衣のドレスは「秘約の衣」、処女しかはけぬユニコーン革製の清白な靴は「禁門の靴」、どれも最高峰の国宝。
見たことないほど豪華でありながら、楚々とした出で立ちは実に奥ゆかしい。
花嫁のような清楚さと、覇者のような絢爛さを備えた、まさに美の化身。
マリーとライカ、宰相と騎士団長、さらに国王、雁首揃えて何かと思えば――
「朕はマリーを次代の女王として指名した。至らぬ娘だが、よしなに頼む」
――国王はそう告げると頭を下げた。
公の場でなければ、娘のために頭を下げることもやぶさかでないということか。
まあ、いいんじゃない? 互いに立場ってもんがあるしな。
マリーに視線を移し、見つめ合う。永遠の一瞬。マリーは心の内を告白した。
「共に永遠の繁栄を……いいえ、違うわ……」
マリーはかぶりを振ると瞳を閉じ、深呼吸をしてから、瞳を開き言葉を続けた。
「マリーはずっとずっと一緒にいたいだけなの……好きな人の側にずっと……」
その声は微かに震えていた。マリーは瞳を潤ませ、祈るように愛の言葉を紡ぐ。
「聖女ちゃん……たとえマリーを愛してくれなくても、永遠の愛を誓います」
真剣な表情、濡れた碧眼、金髪が震える。
しばし熟考した後、真剣に想いを伝えた。
「ありがとう。永遠の愛が……もし叶うのなら……素晴らしいことだと思うよ」
結局、言えるのはこれだけ。愛を説くふりをするだけ。本当は何もわからない。
「なんやなんや? えらい半端やな。もっとずばーっと言えんのかい!」
ライカにツッコまれるが「痛!」と拳骨一閃、騎士団長がライカにツッコんだ。
「問題ない」
「て事也!」
宰相の連携攻撃「あがが!」とお仕置き、宰相はライカの両頬を執拗につねる。
二人、無邪気に笑い合う、無垢な幼き頃のように。きっとあなたは、愛の欠片。
◇
今日は意外なやつばかりやってくる。ジョセフが侍女を一人連れてやってきた。
もう親衛騎士団を供にできないのか……黒い騎士の礼服と黒いお仕着せの二人。
死んでも構わない。それを内外に知らしめる処置だ。落ちぶれたな、ジョセフ。
「すまなかった」
ジョセフは謝罪し頭を下げた。その姿に怒りが沸々と湧き上がり、思わず叫ぶ。
「面を上げろジョセフ!」
ジョセフが姿勢を戻す。いつもの不敵さが鳴りを潜めて……もう見るにたえん。
「消えろ」
一言で突き放した。
おまえが落ちぶれたのはおまえのせいだ。選択したのはおまえだ。
私のせいじゃない。
見捨てさせたのはおまえだ。全ておまえが悪いのだ。おまえがッ!!
◇
やっと最後だ。しかし、なぜおまえが? 桃色髪の女を用心深く観察する。
私より頭一つほど背が高い小柄な美少女。桃色の髪をツインテールにしている。
一見幼く見えるが体型は大人、童顔とのちぐはぐさが妖しい魅力を醸していた。
白衣に黒いブラウス・スラックス・革靴。いかにも学徒な出で立ちの学院生だ。
男爵令嬢エリシア・シェオルノーンが、ただ一人でやってきた。
聖券は下級貴族が気軽に買えるようなものではない。となると……。
「久しいな、エリシア。袖振り合うも他生の縁。今生も縁がお導きになられたか」
まずは、聖女らしい雅な挨拶をする。挨拶は大事。聖典にもそう書かれている。
「どうも、エリシア・シェオルノーンです。またお会いできて……」
エリシアは言葉に詰まると、目を見開き押し黙る。なんだ? 何か様子が……。
「……セイジョ……」
若干馴れ馴れしい呼び方な気もするが……私との距離を縮めたいのだろう。
しかし、私の直感が言っている。何か……おかしい。警戒を怠るべからず。
「愛とは何なのかしら?」
エリシアは難解かつ単純な質問をした。
模範解答をすることもできるが、それでは納得しないだろう。
緑色の瞳で鋭く私を睨み、桃色髪のツインテールを微動だにもしない。
二人の間に緊張が走る。嘘は許さぬと言わんばかり、無言の圧が雄弁に物語る。
「さあ? 知らん。でも、あっちじゃ無料配布してるよ」
エリシアの瞳を見据えて、真剣に答えた。エリシアは当然の疑問を口にする。
「あっち?」
「天国だ!」
私は右手で天を指し示すと、聖女ジョークで場を和ませる……つもりでした。
滑った……滑ったとはいえ、本心だがね。愛? そこにないならないですね。
突然、彼女が噴き出す! 彼女は涙を流し、大声で狂ったように笑い転げた。
ウケた? 笑いのツボは人それぞれだけど、ここまでウケるとは思わなかった。
散々笑い転げた後、彼女はお菓子を置いて部屋から退出した。あれ? 告白は?
◇
私の告白祭は終わった。
あとは告白室に溢れかえる大量のお菓子をしまうだけだ。
もしかすると、告白された回数の世界記録を更新したのでは? 私は訝しんだ。
腰から魔法のポーチを外し左手に持つと、開口部を開け、右手で無造作にお菓子をぽいと放り込む。ターニャのせいで酷い目にあったが、大漁だし許してやるか。
魔法のポーチ内には時間が存在しないので、食料が腐ることはない。
時空より空のほうが簡単に生み出せる。手を抜いたほうがいいこともあるのだ。
有象無象のお菓子はともかく、知人や友人のお菓子はもらってすぐ食べた。
感想を聞かれるからというのもあるが、単純にうまいのだ。
さすがは王侯貴族、雇っている料理人の腕も材料の質も段違いだ。
どれも甲乙つけがたいが、一番良かったのは意外にもエリシアのお菓子だった。
どこで調べたのか知らないが、大好物のチョコミントアイスを献上してくれた。
クッキーやキャンディーに飽きていたので、大いに感動した。百点満点!
「ん?」
手を滑らせ魔法のポーチを落とした……なぜ?……手、いや、全身が動かない?
「がっ!? あがぁあぁあぁあああああッ!!」
痛い痛い痛い痛い痛い痛いぃいいぃいい!!
命の権能で痛覚を遮断する。副作用の浮遊感でふらつくも転ぶのをこらえた。
脳裏によぎる――毒――という言葉に反応し、全身から汗が滝のように流れる。
ありえない、ありえない、だって、万物の声、『ないよ』って……違う、違う!
今そのことは置いておく。客観的事実だけを直視しろ。私は、毒を、盛られた!?
解毒しろ! でも何の毒だ? 石化? 違う! 石化は肌から症状が出るはず。
体の中心、いや、経絡? 体の魔力回路、血管! 魔力が、硬化していく。
これは……結晶化の毒……解毒法は…………ッ!?…………ない……女神……。
祈りは女神に届かない。盟約で手を出せないのだろう? 役立たずの女神共め。
前方、告白室の扉が軋み、静かに開く。敵は誰だ? いや、誰だろうと、死ね。