表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖女、グレる。  作者: 水神流文筆道開祖
第一章 聖女と悪魔の前奏曲
1/22

朧月愛すべき日々時想い

初めまして。

よろしくお願いいたします。



 私は聖女である。名前は言いたくない。

 どこで生まれたかとんと見当がつかない。

 何だか暖かくてぽかぽかした所で微睡(まどろ)んでいたことだけ、心に焼き付いて……。


 ママ――脳裏に母を表す言霊が紡がれる。


 私は甘やかされて育った。抱っこが大好きで、ママは優しく包み込んでくれた。

 ママさえいれば、私は幸せだったのに――


 六年前、三月三日、私の三歳の誕生日。

 窓から差す月明かり、魔道具の灯揺れる。自室で、愛しのママがソファに座る。


 思いを馳せるだけで、心の井戸から郷愁が溢れた。私は影となり、童心に帰る。


 お風呂ではしゃいだ水遊び。夕飯に食べたケーキの甘い味。優しい誕生日。

 幸せを噛みしめる。私は抱っこされて、温かい気持ちでママに甘えていた。

 大好きなんだよって伝えたくて、強く抱きしめる。揃いの寝間着、汝の色。


 からんからんと戦を讃える鐘声が響く。教会が夜を告げた。二十時、思ひ偲ぶ。


 その時、ママはおもむろに口を開いた。


「我はママではない」


 電流賜る! マ? ママではないってマ?

 確かに言われてみれば、ママではない気がしてきた。改めてまじまじと見る。

 私がママだと思っていた人は、女性というにはあまりにも大きすぎた。


 (おほ)きやかなり、厚し、重し、かれ古強者。其は正に筋骨隆々、神さぶる肉叢(ししむら)


 その体には女性的な部分など欠片もなく、お尻は隆起し腹筋は神座(かむくら)のごとし。

 柔らかな乳房があるはずの所には、岩壁のような鋼の胸筋が鎮座していた。

 心が言っている、この人はママではないと。


「パパ、パパ~」


 ママだと思っていた人が、実はパパだったと理解した。心が弾み顔がほころぶ。

 甘えた声で愛情を求め呼びかける。巌のごときパパの力強い顔が僅かに歪んだ。


「パパでもない」


 電流賜る! パ? パパでもないってパ?

 告げられた衝撃の真実に、私は混乱した。ママではない、パパでもない。

 なら巨大な体で鬼のような形相の、人か悪魔か見分けがつかぬこの悪鬼は誰だ?

 もしかして、ママとパパは……この悪鬼に食べられてしまったのではないか?

 そして、次は私が食べられてしまう番……なの、では、ないか?


「食べないでぇぇええええええ!」


 泣き叫んで命乞いした。悪鬼の顔がさらに歪む。悪鬼は私の瞳を覗き、囁いた。


「食べぬ……何を怖がっておる?」


 感情が爆発し涙がとめどなく流れる。斜めに心がひび割れて、怒髪、天を衝く。


「返して! 食べたママとパパを返して!」

「…………」

「ママ~!! パパ~!!」


 世界が転覆する。ママはどこ? パパはどこ? どうして私はここにいるの?

 もう何もわからない。私は恐怖に怯えて、ただただ泣き叫ぶ。

 疑問は膨らむばかりで、それが混乱を助長し思考を停止させた。


「喝ッ!!」


 轟音! 悪鬼の叱咤に絶句し涙が止まる。

 目を丸くし、悪鬼を見つめる。悪鬼はその姿に似合わぬ、優しい声で告げた。


「我は大聖女ハオウ・セイジョ。育ての親、おまえの養母である」


 理解した、大聖女はママとパパの代わりに私を育ててくれる人なのだと。

 でも、頭の中は疑問だらけ。大聖女を見つめて、私は質問を投げかけた。


「どうしてママとパパを食べたの?」

「……食べてはおらぬ……」


 大聖女は食べてはいないのだ。けれども、私にはなぜか理解できてしまった。

 大聖女は両親を食べていない。でも……。


「どうして殺したの?」


 私の言葉に大聖女は目を(みは)る。

 銀色の瞳が微かに揺れ、怪物の影のように伸びた銀色の御髪が震える。

 悪鬼羅刹を指先一つで殺戮する強靭無比なる大聖女の肉叢が戦慄(わなな)いた。


 沈黙。二人の間に静寂が横たわる。


 私は大聖女の鋭い目を覗き込む、その深淵に何を隠しているのか暴くように。

 大聖女が瞑目(めいもく)する。その顔が苦悶に歪むのを見て、私は下顎に手を伸ばした。


「かなしいの?」


 大聖女は答えることはなく、目を開くと、代わりに私の名を口にした。


「……セイジョ……」


 私の名はセイジョ。立派な聖女にせんと、大聖女が私をセイジョと名付けた。

 大聖女の哀しみを湛えた瞳に私が映る――長い黒髪、白い肌、黒い瞳の幼女。

 大聖女の武骨な指先が頬にそっと触れる。大聖女は自らの覚悟を語り出した。


「我は……ママにはなれぬ……なれぬのだ。だが、師となり導くことはできる」


 大聖女の強靭な手が私の頭をなでる、その膂力(りょりょく)で傷つけぬようそっと優しく。


「セイジョが立派な聖女になれるよう、大聖女の名において聖女と認め鍛えよう」


 大聖女の眉がギュッと引き締まる。


「聖女神拳の正統伝承者、セイジョ家次期当主セイジョ、我の全てを汝に与えん」


 聖女が聖女に聖女? もう聖女だらけで、わけがわからなくなってきた。


「汝が歴代最強の聖女となるのだ。我が弟子、聖女セイジョ・セイジョよ!」


 呼ばれた私の名前。心の底から叫んだ。


「変な名前やだぁああああああ!」


 恨んだ。大聖女が聖戦の論功行賞で領地を得た時、セイジョ家を興したことを。

 その上で、セイジョと名付けたことを。おバカかな? それとも、おバカかな?

 大聖女に愛はあるのか? 私は(いぶか)しんだ。愛があるのならどうしてこんな名を?


 私は覚えていなかった、両親が名付けた、本当の名を……。


 この日から、師匠は甘やかすのをやめた。

 そして始まる。立派な聖女になるための、つらく厳しい修行の日々。


 誰よりも強くなると誓った。


 最強になった暁には、私の師匠……大聖女に両親のことを問おう。

 そして、その答えによっては……。


 ――この日の出来事が、グレるきっかけ。

 私は聖女セイジョ・セイジョ。こんなダサい名前で呼ぶのはやめてくれ!



処女作を楽しんでいただけたら嬉しいです。

老若男女問わず喜ばれる作品にするため精進致します。

身命を賭して執筆する所存ゆえ、応援していただければ幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ