輝く夏の大三角
ポチャン。とシャワーから滴る水がお湯が詰まった桶に入り、水温が響く。
目の前では柳先輩が付着した汚れを落としており、流れていく水には少し血液の赤みがかっている。
「あの、前髪切ってもらうまではわかるんですが、なんでお風呂も一緒なんですか……」
「もしかして恥ずかしかった?」
「そういうわけじゃないんですが、その、一応私恋愛対象が女性なんですけど……。」
「別に僕は裸体見られるくらいは気にしない。君は心に決めてる人がいるんだし、なんの問題もないじゃないか。」
柳先輩はさっと身体を洗い終え、湯船に浸かる。
「なにか見たいアニメとかあるかい?」
風呂場の壁に映し出されたモニターを指差しながら私に問いかけてくる。
私が特にないですと答える。
柳先輩はモニターに星空を映し出す。
「今日は空綺麗だね。」
少し驚きはしたが、軽く相槌を済ませる。
「好きなんですか、星空。」
「空想ができる時間が好きだから落ち着く星空は好きだよ。」
「空想、ですか……。」
「そう、空想。例えばだけど、風呂場浴槽に浸かりながらモニターに映し出されたアニメや映画を見るなんて昔は考えられないんじゃないかな。防水面やカビなんかの対策も必要だったと思うし。」
柳先輩の憶測を聞きつつ、私は身体を洗い終える。
「お隣失礼します。」
私は柳先輩の満天の星空の説明をゆったりと寛いで聞いていた。
「ほら、あれ夏の大三角。」
「ベガ、デネブ、アルタイルでしたっけ。」
「そう、あいつらが織姫と彦星。」
心地良い時間がその場に流れる。
「それじゃ、僕上がるね。」
「……早くないですか?」
私はこの時間がもっと長く続いてほしく、少し駄々をこねてみる。
「今日普段より能力多く使っちゃったからさ、身体への負担あんまりかけられないんだよね。」
柳先輩は身体を拭きつつそう答える。
「聞きたいなら外出るかい?」
柳先輩はタオルをこちらに差し出しながら笑みを浮かべる。
「姉さん外出るんですか?」
買い物から帰宅したミリアちゃんがソファーに腰を掛けながら声をかけてくる。
「うん、いつも通り10分くらいで戻るよ。」
「それだけならベランダに出てください、姉さんが2度も風呂に入るわけ無いんですから。」
ミリアちゃんは階段の方へ私達を誘導する。
柳先輩は、はーいと少し気怠そうに返事をし階段を上がる。私もそれについていく。
「空は、最近楽しい?」
ベランダのフェンスに体重をかけながら柳先輩は問いかけてくる。
「楽しいです、柳先輩のお陰で曖昧だった想いが色付いて見える景色が変わった気がします。」
「それは前髪切ったからじゃない?」
ふざけた返答に一瞬困惑する。
「ま、君が生きてるって嘘付いてないならそれでいいよ。」
言葉の意図がわからず私は硬直する。
「あ、流れ星!珍しいな神山でも見れるんだ!!」
柳先輩は普段の大人しい雰囲気が抜け去り、興奮気味に指を刺す。
「願い事とかしなくて良いんですか?」
「僕そういうのあんまり信じてないからしないんだよね。神様とか、そういう不確定なものに頼って願いが叶ったより自分が努力して、自分の運で成果が出るって考えたほうが気分が良いじゃん?」
そんな事考えた事もなかった為感心する。
「身体冷えてきたし戻ろっか。」
夏の夜風に15分ほど辺り少し涼しく感じてきた私は同調し柳先輩と共に階段を降りていく。
「晩御飯、昨日の残り物でいいかな?」
台所から箸と取り分け皿を用意しながら声をかけてくる。
「はい、手伝える事ありますか」
「客人なんだから座っておきな。」
聞き慣れない声が後方から聞こえる。
その声の主は真っ直ぐキッチンの方の柳先輩に真っ直ぐ向かって行き手をあげる。
スパーン!
ミリアちゃんがぶったときの数倍大きな音が鳴った。
「相川客人呼ぶ時は連絡の一本くらい入れろって言うの、今年入って何回目だっけ?」
「よ、4だね。」
「そうだよな、なんで学ばないんだ?」
お風呂から上がったミリアちゃんはまだやってる、と呆れている。
「同居人の双葉朱音『フタバアカネ』さん、一つ下にあった双葉探偵事務所の探偵で8区中央大学の二年生なので私達の一つ上です。」
「別に相川は困んねえもんなぁ、そうだよなぁ、下で依頼者と仕事してる私だけだもんな、困るのは。」
「……激詰めですね。」
「連絡してないとは思ってなかったので……。」
「はぁ……客人いるからこれ以上の説教は後で、事務所に晩飯用意しろ。」
「飲み物は?」
「いちごみるく。」
朱音さんは部屋から出て一階に降りようとする。
「あの、朱音さんがよろしければ一緒に食べませんか。」
朱音さんは目を丸くする。
「初対面で友人をあれだけ詰めていたやつと居たい、なんてどういう度胸をしてるんだか。」
「"社交辞令"なら断ればいいじゃん。」
違う、と否定する声を出そうとするが
「そうじゃないから困ってるんだよ。」
「そりゃ空は優しいから……そっか、感情だからか。」
「妙に納得できるのがムカつくな。」
朱音さんは大きくため息を付きながら席に座る。
「妙に素直じゃないか。」
柳先輩が朱音さんの肩をポンポン叩きながらはしゃぐ。
「好意を無下にするほど捻くれちゃいない。」
朱音さんは柳先輩の手を払い除ける。
「それじゃ食べましょうか。」
ミリアちゃんが手を合わせながらこちらを見る。
「いただきます。」
久しぶりに人と食べる夕飯を私はかき込んでいく。
「……んぁ、ぁ。」
気付くと暗い部屋の中ベッドに横たわっていた。
今日は少し色々ありすぎて疲れが溜まっていたのだろう夕飯の後の記憶があまりない。
「みず…水……」
『喉渇いたらウォーターサーバー一階についてるからつかいな。』という柳先輩の言葉を思い出し寝ぼけ眼を擦りながら起き上がる。
窓の先は月が一つと無数の星が浮かぶだけの黒く染まった空が見える。
私は隣で寝てるミリアちゃんを起こさない様に足音を最大限殺して階段を降りる。
「どうした、こんな時間に。」
「す、すみません。起こしましたか?」
ソファーからこちらを見上げる形の朱音さんに謝罪をする。
「起こしたって言ったら少しくらい付き合ってくれるかな。お酒、1人で飲むとつまらないんだよ。」
机に置かれた空き缶をカラカラと振りながら座るようアピールしてくる。
私は促されるまま朱音さんの隣に座り込む。
「生ハム位しかないけど、とりあえず食べな。」
小皿に取り分け私の前に差し出す。
「君には色々と感謝してる。ミリアは兎も角として相川……柳が最近楽しそうだ。ホントに私の知らない間に何があったのか。」
「柳先輩は昔は暗かったんですか。」
「ミリアが来てからは少しマシになった程度。まああんな生物兵器と遜色ない力なんて持っちゃ自分のアイデンティティを問いたくなる気持ちも分からなくもないけどね。昔から個性の塊だった人間だけど他人から強制されたものをアイデンティティとは言えないか。」
朱音さんは缶のお酒をぐびっと喉に流し込む。
私は柳先輩の能力を生物兵器と表したがその意図が理解できずにいた。想像を現実にする能力、脳が限界に達さない限り大抵の物を創り出したりできる。だが生物兵器と言われる程の恐怖は感じなかった。
「相川の能力は創り出す物が対象じゃない、対象は世界だ。脳が限界に達さない限り世界を上書きする事が可能な能力。それがあいつの能力。外部出力端子でも使えば一人くらいなら全員心臓麻痺で殺せる。健康な肉体として世界に記録された情報を心臓麻痺をした肉体として上書きする事が出来るんだ。だからあいつの射程距離は世界全域、こんな能力を持ったやつがあいつで良かった。その分心の負担がとんでもないんだがな。」
朱音さんは思ったよりも柳先輩のことを気にかけている事がわかる。
「気にかけてるんじゃない。疲れないから一緒にいるだけだ。」
「でも柳先輩なんて人を振り回してばっかりで……」
『思考が読まれてる。』
朱音さんは私の言葉に被さるように発する。
「読心術、私の能力だ。対象の現在思考中の物事は勿論。少し集中すればyes noで答えれるものなら言葉に出さずとも精神に質問することが出来る。80m範囲内なら無条件で聞きたくもない本音だけが脳に流れ込んでくる。私はこの能力が嫌いだ。」
朱音さんはその言葉を流し込むかのようにお酒を口にする。
「結局、私もあいつも似たもの同士。ただ中身のない自分が嫌いで恐怖を振りまくだけの力が嫌いだった。ただそれだけなんだ。」
何も言えなかった。
「同情してほしくて話したわけじゃない。使い道と向き合い方は大事なものが無くなってからでも決めた。全員の全部とまではいかないが誰かの何かくらい救いたくて、後悔を生ませたくなくて私は、探偵になった。」
酔いが回ってきたのか落ち着いた口調は薄れて朱音さんは力強い口調になる。
私にはそんな想いも力もなかった。
「なんとなく君は似てる。私に似てる。暗い方向に受け止めるの得意だろ。そんな似た者同士から一つ助言、目の前にある全部が敵じゃない、その言葉が、情景が、心が、私達みたいなのをいつか助けてくれる。」
朱音さんは時計を見ながら立ち上がる。
「くだらない話はここまで。君も早く寝ろ。」
朱音さんはふらふらとソファーの元まで戻り寝転がる。
朱音さんの言葉は見透かされすぎて私には意図も意味もわからなかった。