ゲーム仲間の可能性
それは、遊びである可能性が高い。
「最近、無線イヤホン買ったんだ」
Iさんは嬉しそうに言った。
よく落としてなくす物ではあるが、それ以上に利便性が勝った。
「うん、実は片方落とした」
残念そうな様子でもなかった。
「片方あればいいし」
それが強がりであることは明らかだった。
排水溝へと落下し、取り戻すことができなかった。
「両耳塞がってると危ないし、結果よし、って感じで」
学校への通学中、音楽を聞き続けた。
「いろんなジャンルを聞くよ」
そのときはゲーム音楽だった。
「結構有名なやつ」
リズムに合わせて歩いた。
タップダンスを踊っているような気分だった。
「なんか嬉しいよね、あの感じ」
テンポの早い地点では駆け足のようになった。
「やっぱり、片方落として良かったのかも」
両耳につけれいれば、人と激突した。
「けど、なんかヘンだったんだ」
客観的には浮かれているようにしか見えない動作だ。
だが、それに応えるものがあった。
「足元だった」
通学路のブロックが敷き詰められた歩道、それに踏むこむと同時に「反対側」もまた鳴らされた。
「気のせいだと思う?」
そうではなかった。
なぜなら、明らかにテンポをミスしたとき、そのブロックだけが「鳴った」からだ。
「ちょっとだけ、浮き上がった」
聴いていたのは、ゲームの音楽だった。
「やばい、って思った」
Iさんがいま聞いている音楽を、別の存在が聞いている。
それに合わせたリズムを取っている。つまり、
「落としたイヤフォンを、別の誰か拾った、って思った」
そうして、Iさんに合わせている。
「セッションだった」
楽器で音を鳴らしているわけではない。
だが、まったく同時に音を出している。
踏み込むことで二つの響きが重なる。
「リアルでゲームをしてるみたいだった」
異常さは頭になかった。
音に世界が従うのは当たり前だと思えた。
ただ「どうすればもっと完璧に合わせられるか」しか浮かばなかった。
「ベストの瞬間があるんだ」
実際に判定が出るわけではなかったが、たしかに「カンペキ」の感触があった。
「身体が軽くなって、次の地点がなんとなくわかった」
跳ねるように続けた。
片耳から聞こえている音は、もはやIさん自身が鳴らしていると錯覚した。
反対側の「誰か」もパーフェクトというわけではなくミスする箇所もあった。
だが、だからこそ連続する難しい地点を「カンペキ」で越えたときは、頭がおかしくなるくらいの達成感があった。
「周りから何やってんだ、って見られたかも」
友達が声をかけるのをためらうほど、Iさんは嬉しそうだった。
ゲーム仲間との遊びだった。
「だんだん精度が合った」
音の難易度は上がるが、苦も無く越え、やがてはゴールが近づいた。
「よし、クリアだ、って思って……」
その時に何を思ったのか、Iさん自身も憶えていない。
「けど、気づけば足を止めた」
最後の最後、ごく簡単な一歩を、見送った。
「音がした」
ミスしたときに何度も聞いたものだ。
だが、それよりも更に致命的な、巨大なものだった。
立ち止まった先で、歩道のブロックが崩れるのを見た。
「そこまで深くはないし、広くもなかった」
だが、ちょうど人の足がすっぽりと入り込んでしまうくらいの穴が開いた。
「あのまま行ってたら、力いっぱい踏み込んでたら……」
骨折くらいはしていたはずだ。
「イヤフォンからかどうかわからないけど、音が聞こえた」
舌打ちだった。
獲物として狙ったものに直前で逃げられたという苛立ちだった。
背筋が冷えた。
「ゲーム仲間なんかじゃなかった」
Iさんがしていたのとは別の、魚釣りや罠狩猟のようなゲームを「誰か」はしていた。
大腿骨を折る相手として、Iさんは選ばれた。
「もう、音楽聞きながら歩くのは、やめた」
片耳であっても、いや、むしろ片耳だかからこそ、それは危険だ。




