二次元キャラクターの可能性
助けとなったかどうか、その可能性はわからない。
工事現場の交通誘導をしていたTさんは、妙なものを見た。
「あー、信じてくれるかわかんねえんだけどよ、キャラだった……」
有名なマンガのキャラクターだった。
「あれって、二次元だから綺麗に見えるもんで、立体にしたらヘンになるもんだよな?」
あくまでも「マンガ表現として」であり、リアルそのままにできるものではない。
「けど、そのまんまだった」
どれほど見返しても、二次元の表現が現実で行われていた。
「交通止めのとこを通ろうとしたから慌てて止めたんだけどよ、声もそのまんま? だった……」
通常、アニメは声優が声をつける。
だが、ラグのない、自然な意思を感じさせるものだった。
「なあ、あれは一体何なんだ?」
不明だ。
分かり次第、連絡すると伝えた。
M・Sさんはひどく落ち込んでいた。
「勝ったんだ……」
この世のすべてを失ったかのようだった。
「たしかに、勝ち取った、優勝したんだ……」
M・Sさんは、ある戦いに参加していた。
それは、幾人もの人々が、キャラクターのパーツを奪い合う争いだった。
おそらく、アルバイトのUさんも参加していたものだ。
「……死者は、出ていない。少なくとも俺は知らない。けど、怪我したやつは何人もいた。無関係の人を含めればもっとだ」
迷惑極まりない戦闘だった。
「そうやってまで手に入れたのに、思った通りにはならなかった」
拒否反応どころではなかった。
根本が異なった。
「なんか、苦しそうだったんだよ」
ひどく息苦しそうだったという。
M・Sが触れるだけでひどい苦痛を訴えた。
「原作では、ひどい目に遭うキャラだった。まったく救われなかった。どうにかして幸せにしてやりたいと思ったんだよ」
だが、その手段が無かった。
「あいつ、結局はここでも苦しまなきゃいけねえのかよ、現実に呼び出すことすら、助けになんねえのかよ。どうにもなんないのかよ……」
その解決手段を市職員は知らない。
Uさんはひどく不機嫌だった。
「負けましたよ、はい、負けてしまいました。重要アイテムを奪われてしまったんです」
しばらく前から塞ぎ込んでいた様子が合った。
近頃になり、どうにか復調した。
「……その優勝者が、相談に来たんですか? せっかく獲得したのに、逃げられたんですか……あはは、そうですかぁ、そうなんですかあ……!」
とても嬉しそうだった。
声に出さず、だが表情で「ざまあみろ」と表現していた。
起きた出来事についての相談をした。
「……想像することはできます」
一転して真剣な表情となった。
「その人は、可能な限り元のキャラクターのまま呼び寄せようとしたんですよね」
おそらくはそうだ。
原作での悲劇を変えようとした以上、可能な限り変えないようにしたはずだ。
「それは無理です」
断言した。
「違う次元です、そのままでは生きていけない」
陸に打ち上げられた魚のようなものだと述べた。
空気を吸うことすらままならない。
「現実は世知辛すぎます」
だからこそ人は別世界に理想を求める。
逆の移動を許さないほど、その差は大きい。
街中を不安そうに歩くその人は、たしかに綺麗に見えた。
困った表情すら美しいと思える。
たしかに根本的に「違う」人だった。
人種ではなく次元が異なる。
「あー、ごめん……●▲α■Θviという場所を知らないか?」
声もまたよく通った。
わからないと市職員は答えた。
その人は、ひどく体調が悪そうだった。
全身を薄い光が覆っているが、その光の調子も安定しない。
この人がM・Sさんの元を去ってから、もう2日が経過している。
その間、さまよい続けたはずだ。
衰弱して当然だった。
飲み食いすることができるかを訊いた。
「無理だな」
水ですら、ひどく痛むのだそうだ。
飲み込むことができないほどだった。
用意していたスポーツドリンクを仕舞った。
この先、どうしたいかを訊いた。
「戻るよ」
悪い出来事しか待っていない可能性が高いと伝えた。
「私の運命だ、私が決める」
現実では生きていけない類の気高さだった。
あるいは、アニメやマンガの中ですらも。
「ただ、この寄り道は面白かった」
その言葉に嘘はないようだった。
本当に、楽しんでいた。
なんでもない地方都市も、別次元の人にとっては新鮮に映った。
陸に打ち上げられた魚も同然の苦しみだったはずだが、その魚は観光を行った。
「どうした?」
帰還については、手助けできるかもしれないと伝えた。
「是非頼むよ」
爽やかに言われた。
苦しさを伝えることを良しとしない人だった。
戻すことに成功した。
Uさんが以前、二次元キャラの送り出しを行った地点で、同じことをした。
元の場所に戻れるかどうかは賭けになると伝えたが、構わないと言われた。
「悪くなかった」
戻る直前、その人はM・Sさんと笑顔で握手をした。
接触は苦しみを生じさせたはずだが、おくびにも出さなかった。
「じゃあな」
恨み言のひとつも言わず去ったその人を、ただ見送った。
M・Sさんは、何もなくなったその空間を見続けた。
あなたを助けたかった。
一言、そうポツリと言った。
応えるものは何もなかった。




