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跨線橋の可能性

それは奇跡か悪意か、どちらの可能性かはわからない。


「道を歩いていた」


Qさんは座ると同時にそう言った。

市職員は今朝方に起きた事件を調べながら眠気覚ましの缶コーヒーを口にしている最中だった。


すべて飲みきり、ゴミ箱へ入れてから、相談内容を言うよう先を促した。


「……朝だった。どういうわけだか、俺は手ぶらで、一人で歩いていた」


そこを歩く理由が思い出せなかったそうだ。


「電車の線路の上を、クロスする形でかけられた橋があるな?」


跨線こせん道路橋、あるいはオーバーパスと呼ばれるものだ。

鉄道が多い日本だからこそよく見られる。


「その橋上にバス停があった、バス停の前で、子供が一人でふらついていた」


他に人影はなく、通る車の数もまばらだった。


「よく見れば、俺の子供だった」


一声かけてから、その手をつかんだ。


「あぶねえだろうが、って言ったんだが、伝わったんだか伝わってないんだか……」


どこか茫洋とした様子で、身体をふらふらさせていた。


「熱があるって様子でもなかった」


額に手を当て確かめた。

昨日の夜にはしゃいでいたから、そのせいかと考えた。


「そのまま、待った」


子供が道路に出ないよう注意を払った。


「しばらくすればバスが来る。バス停なんだから、当然だ」


ドアが開き、送り出そうとしたが。


「急いで手を引き、そのバスから離れた」


子供が乗り込むのを阻止した。


「何すんだと文句を言われたが、それどころじゃねえんだ」


死臭だった。


「くせえなんてもんじゃ無かった。足を踏み入れちゃいけねえ、あんなバスに乗らせるわけにはいかねえ」


外見としては普通だった。

だが、数人いた乗客は全員が俯いていた。

バス車内はやけに影が濃く、陰鬱だった。


「次にしよう、そう伝えて、待った」


不安そうな子供に微笑み、大丈夫だと伝えた。


「次に来たバスは、もっと最悪だった」


生きていた。

そして、腐敗していた。


脈動し、腐液を排出するそれが、どうやって走っているか分からなかった。


「流石に、これに乗ることはできねえ」


二人でただ見送った。

明らかな異常、あるいは異変だったが、朝であるにもかかわらず薄暗いこの空気の中では、そうしたことも起こり得ると思えた。


「その頃からかなァ、左方向に、黒いもんが現れた」


それが誰であるかは分からなかった。

恐ろしく、直視することができなかった。


「そいつは、段々と近づいた」


足音もなく、跨線橋の彼らに向けて接近した。


Qさんは、子供の目を手で覆った。

そちらを見せてはいけないと思えた。


「何すんだ、って文句を言われたよ」


だが抵抗はしなかった。

Qさんは、音当てゲームだと言い、次に来るのが何かを当ててみろと言った。


「そうして良かったよ」


次に来たバスは、ネコバスだった。


「本物の、って言っていいかわからんが、あれとは似ても似つかねえ」


愛嬌はなく、悪意だけがあった。

開いたバスドアの先は、内臓だった。

嚥下する食道の様子だった。


「俺は先に行くよう顎で促した」


唸り声を上げ、バスは走り消えた。

目隠しをされた子供が、不思議そうに首をかしげた。


「横から来る黒いもんは、更に近づいた」


それがタイムリミットだとでも言うように。


「危険だ、それはわかる。確認しなきゃいけねえ。目を逸らしてる場合じゃない。俺は、覚悟して、その黒いもんを見た」


それは人ではなかった。


「壁だった」


真っ黒な壁が、接近していた。

街の風景の塗りつぶし、世界を終わらせていた。


「……どうしたの? って言われたよ」


Qさんの手を震わせる威容だった。


「なんでもねえ。平然とそう言えたかどうか……」


バスが到着した。

二台だった。


「これが、ラストチャンスなんだろうよ」


一台は今にも壊れそうなほどボロボロだった。

それ以外に異様な点はなく、乗客も少ない。


もう一台は新しいバスだった。

ほぼ満席であり、子供一人が乗れるかどうかだった。


「俺は、悩んだ」


死臭はしない。

異常な様子は、どちらもない。


「新しい方を選ぼう、そう決めて……」


ふと、視界の隅に入るものがあった。


「直前で止めた」


踏み入れた足を戻した。

乗客たちの、伸ばされた手を振りほどいた。

左側の黒い壁も、無表情なゾンビのような乗客たちも見せないよう、子供の顔を手で覆いながら走った。


「俺は、急いで反対側の歩道へと行った」


子供の文句を耳にしながら、必死に駆けた。


「左なんだよ」


日本の道路交通法は左側通行だ。


「どのバスも、黒い壁に向けて突っ込んでんだ」


乗せるべきバスは、そちらではなかった。


「俺がギリギリで見たのは、バス停だった」


反対車線にそれがあることの意味に、直前で気がついた。


到着と同時に、バスが来た。

その場に出現したかのようだった。


エンジン音を吹かしたそれは、子供の送り迎えのためのバスであり、よく利用していたものだ。


「俺は、急いで子供を乗せた」


子供から手を離した。

手のひらがやけに冷たく感じた。


「……乗らないの、って子供に言われたよ」


不安そうだった。


「悪いな、俺は乗れねえよ、そう伝えた」


それは「子供用のバス」だった。

Qさんが乗り込むことはできなかった。


「じゃあな、元気でな、ドアが閉まる直前に、どうにかそう言えた」


子供の驚いたように見開かれた目が、記憶に焼き付いた。


バスはエンジンを吹かし、死神から逃れるかのような勢いで走り出した。


「声が、聞こえた」


街の何処かから、必死な声がした。


事故状況を伝えるものだった。

救急医療中だった。


医者の声が、危機をどうにか脱したと告げた。

子供だけは。


「まあ、悪くはない」


――逆よりはな。


そうして、黒い壁に飲まれた。


「で、気づけば俺はここにいた。こうやってべらべらと喋っている。なあ、ひょっとして、ここは地獄か? それとも、まだおかしなゲームが続いてるのか?」


どちらも違うと述べた。


今朝方、交通事故が起きた。

被害者は二名。

子供は助かった。

同じく事故にあった父親は行方不明であり、未だに見つかっていない。


Qさんの身に何が起きたのか、正確には分かっていない。

だが、ゲームに勝利した。


すぐに病院へ行き、子供に会いに行くことをQさんに薦めた。


挿絵(By みてみん)

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