読んだ本の可能性
Oさんは放課後、たまに図書館に行く。
「まあ、本を読むためだよな」
ネットが読むことが主流となりつつある昨今、あまり利用者がいない施設だ。
「それでも、タダで読めるってのは、やっぱり強いよ」
ラノベを始めとした本を、そこでよく読んだ。
Oさん以外にも、そうした利用をする人はいるようだった。
「最新のやつとかすぐに借りられるから、だいたい昔のを読んでた」
それもほとんど読み切っていたため、もう一度読もうとした。
「名作、ってわけじゃないんだ。けど、よくある王道の話? それを選んだ」
訳ありの女の子と男の子が出会い、恋に落ちるストーリーだった。
「なんにも考えずに読書してえなぁ、って時はそういうのが読みたくなる」
図書館で借り、帰宅するため電車に乗る。
そこでの時間潰しのために必要だった。
すぐに首を傾げた。
「俺が知ってる話じゃなかった」
タイトルを確認したが、たしかに以前に読んだものだった。
「途中から、見たこともない男が出てくるんだよ」
ヒロインは徐々にその新しいキャラに惹かれ、主人公から心が離れた。
すれ違いが積み重なり別れに向かう。
主人公の迂闊な一言に対する、ヒロインの「好きって、誰かに決められるもの?」という返答が決定的だった。
そうして、二人が出会ってから一年、出会った場所で……
「ぜっっってぇ、こんな話じゃなかった」
そうした方向の話は否定はしない。
だが、今Oさんが読みたいものは、これではなかった。
「まったく違う話なんだよ、これがネット小説なら、不可能じゃない、作者の好きに書き変えられる。けど、俺が読んでたのは物理的な本だった。内容が正反対になるなんてこと、ないんだよ」
奥付を確かめれば初版だった。
本の手触りからしても、多くの人が読んだ痕跡があった。
「てか心変わりするにしても、もうちょっとくらいマトモな奴にしろよ、なんだよこのチャラ男、どう考えても外見しか取り柄のねえ、それっぽいこと言ってるだけの奴だろ。こんなのに騙されるほどこのヒロインって考えなしだったか? 日常の積み重ねを大切にする心温まる話にチャラモブがしゃしゃり出てんじゃねえよ」
それでも最後まで読んでしまった。
「……クソではあるんだよ、でも、先は気になるだろ」
ひょっとしたら、逆転するのではないかと期待した。
元の路線に戻るのではないかと。
そのような展開はなかった。
「破り捨ててやろうかと思った」
借り物だ。
その意識がどうにか一線を超えさせなかった。
「たしかに主人公はウダウダ悩むばっかで行動しない奴ではあるけど、肝心なとこでは動いただろうが、もともとあったこの話の良さみたいなもんを全否定してんじゃねえよ」
そうした文句を小一時間はぶつけた。
友人に電話をかけ、さらにもう二時間喋り倒した。
「で、戻した」
次の日には返却した。
二度と借りることはないだろうと思えた。
だがその日の夜、Oさんは妙な夢を見た。
Oさんは誰かに喋った。その誰か、あるいは何かに向けて、ずるり、と己の中から何かが抜け出す感触があった。
抜け出したそれは、どこか別の場所で形となった。
そうして、誰かに罵倒された。
内容は憶えていないが、とにかく一方的に否定された。
ヒロインが都合良すぎる。
そもそも友人関係が描かれていないのはどうかしている。無いならその根拠が必要。
コイツらにリアリティなんて微塵もない、改定前の方がまだマシだった、このバージョンのどこを楽しめばいい? 読むのがひたすらに苦痛……
「すげえ嫌な予感がした……」
学校の図書館へ確認すれば、例の本は借りられていた。
どうなっているか確認はできなかった。
そうして、その日の夜、夢の中で「Oさんが塗り替えたもの」が更に塗り替えられる感覚があった。
それは、「ほとんど元のように戻した本の内容」が別物に変化する様子だった。
「違うよな、絶対そんなはずねえよな、って思いながら、確認した」
本は返却されていた。
読んでみれば、一行目から違った。
「主人公が別人になっていやがった……」
殺人鬼だった。
そうなった理由があるらしいが、作中で説明はなかった。
「ヒロインも、なんかちょっと違ってた」
周囲からなぜか疎まれていた。
ヒロインが持っていた異能が誤解を生じさせ、排斥は加速度的にエスカレートし、魔女狩りの様相を呈した。
誰もそれを止めることはできなかった、殺人鬼である主人公を除いては。
「あー、うん、まあ、悪くは、無かった……?」
ひたすらに困惑したが、やはり違うのではないかと思えた。
ところどころに元の小説を下敷きにした描写はあったが、根本的に別物だ。
「けどまあ、最初のよりは、ぜんぜんマシ」
それでも納得はできなかった。
「というか、これだとヒロインが受け身なばっかりだよな、もうちょっとくらい能動的になれよ。そもそもこの主人公、脅すばっかで結局誰も殺してねえじゃねえか、殺人鬼設定必要だったか? やってることが半端なんだよ」
そういった不満を口にした。
「やっぱり、本を返したその日に、悪夢を見た」
Oさんの頭から抜け出したものが、本の内容を変えた。
それを読んだ人の悲鳴が、夢の中でこだました。
なんで舞台がアメリカに!?
主人公が猟奇殺人鬼!?
そこで突然殺す意味ってある!??
どうしてヒロインの方が主人公より百倍怖くなってるの!??
え、でもこのサブキャラいい……
罵倒というよりも驚きの声だった。
「二日後、覚悟して、本を借りた」
ここまでくればOさんにもおおよそパターンが理解できた。
どうやら、文句を言った内容が、本に反映されている。
それは望む通りのこともあれば、曲解されたものもあった。
「で、俺以外にも、借りてる奴がいた」
それが誰かはわからない。
一人であるのか、複数人であるのかも。
だが、その趣味はOさんとは根本的に異なっていた。
「逆ハーレムになっていやがった」
借りた本が、そのように塗り替えられていた。
「怪物の女主人公が、外見を男に変えて、いろんな奴らと関わった」
人間関係のトラブルをゆっくり解きほぐすこともあれば、怪物特有の力押しで強引に解決することもあった。
主人公は周囲と仲良くはするが、一定ラインを超えて親しくはならない。
そのような態度に救われるものもいれば、苛立つものもいた。
後半になるほど、登場人物たちの主人公に対する執着は高まった。
中には徹底的な女嫌いのキャラもいたが、性別がバレた後の方がむしろ執着度が増した。
男同士の会話が、ひどくギスギスしていた。
最後に、主人公の元カレの存在が示された。
主人公の思い出話を聞く穏やかなキャラは、いつものように穏やかに笑い、だが、目はまったく笑っていなかった。
足早に近づくその手には拘束具があり……
そのような場面で話は終わった。
「もう、完全に元の話はなくなっていやがった」
登場するキャラクターも、名前くらいしか共通点がない。
「まあ、挑戦だよな、これ」
ここから、いかにボーイ・ミーツ・ガールへと話を戻すか。
そのような挑戦をされていると思えた。
「いっそこの元カレをすげえいい奴にして、関係を戻すような展開にしようかと思ってる」
その際のキャラ造形は、チャラ男を基盤にするつもりだ。
「考えてみればたしかに、もともとの主人公って薄味ではあったよな」
その上で、ヒロインを捨てた理由を足すつもりだった。
「ぜってぇ俺の方が面白くなる」
それはOさんが最初に嫌がっていた「ポッと出のキャラがヒロインを奪う」構図なのでは。
「なんだよ?」
野暮であるため指摘は控えた。
ただ、市職員が調べたところ、そのようなタイトルの本は、そもそも出版されていなかった。
また、借りた人もOさん以外にはいないようだ。
「いや、いいよ、それは」
Oさんは肩をすくめた。
「そういうのは、納得できる話が出来てから考える」
この先、話がどのように変わるか、そちらの方が気になるとのことだ。




