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タイヤの可能性

交通事故を連想させる描写があります

ご注意ください

どちらの可能性もある。


妙求市に主要となる産業はないが、他県同士をつなぐ通り道としての役割を担うことが多く、車修理の店もそれなりの数がある。

多くはガレージを改良した個人店だが、長く続けているところが多く、腕前は悪くないという評判だ。


ただし、個人店であるだけに管理は杜撰なところが多い。


「あそこも、そうだった」


取調べ中のHTさんは言う。


「毎日通るたび、あんな風にタイヤを積み重ねるのは不用心だって、そんな印象があった」


どこか茫洋とした様子のHTさんは、犯罪を行った。

器物破損だ。


「だけど、こっちからすれば関係ない、不用心な店を使わなきゃいいだけだ」


自身とは無関係のものとして切り捨てていた。


「ある日、たしか、一ヶ月前くらいに、店の前を通るとき声が聞こえた」


それは本当にかすかなものだった。

HTさんが立ち止まり、手帳にメモ書きしているときだった。

トイレットペーパーの購入など、忘れがちな事項をその場で書き留めていた。


「店の中で、テレビか動画でも流してるのかと思った」


それが漏れ聞こえているだけだと。


「けど、内容がおかしかった」


車についての話題だった。


「やっぱ軽自動車がいい、セダンが無難、長く使うならワンボックスだ、オープンカーで一緒に濡れようとか、そんなささやき声だ」


メモ書きする手を止め、耳を済ませたが、それがどこから聞こえているか、よく分からなかった。


「それは次の日以降も続いた」


一度や二度ではなく、その店を通るたび同じ話題を耳にした。


「なんでだ、って思ったんだが」


店外に積まれてあるタイヤ、そこから声がしていると気づいたのは、かなり時間が経ってからだった。


「だるま落としみたいに積み重なってるそいつらが、囁いてたんだよ」


前の道路を車が通るたびに喋り散らしていた。


「縦溝はリブ型が至高だとか、スレッドレスはお前この先出番なくなるなとか、コンフォートタイヤに勝るものはないとか、延々と喋ってた」


HTさんは自分の頭がどうかしたのだと思えた。


「けど、その店のタイヤだけだった、他のタイヤが喋ってるわけじゃなかった、あそこに積まれたタイヤだけなんだよ」


わざわざ数件を巡り、確認した。


「ずっと延々と、どの車のタイヤになりたいかを言い合ってた」


異常な出来事ではあるが、言ってしまえばこれは、状況限定の幻聴だ。

それだけで済むのであれば、何も問題はなかった。


「先週くらいかな、いつものように通り過ぎて、タイヤどもの会話を少しだけ聞いてるとき、子供が走り抜けた」


親の静止を振り切って、歩道を駆け抜けた。


「あれもいいな、ってタイヤが言いやがった」


HTさんは思わず足を止めた。


「あの子供の足になりたいなぁ、って言うんだよ」


他のタイヤが車椅子のタイヤになりたいのかと揶揄したが、そのタイヤは笑って否定した。


「あの子供の足の代わりが自分みたいなタイヤなら、もっと速く走れるよな、とか言ったんだ」


ささやき声は、「きっとその方があの子供も喜ぶはずだ」と続けた。


「クソ気色悪かった」


そのタイヤには、一片の悪意すらなかった。

それが誰にとっても良いことのはずだと信じ切っていた。


「その後も、色々と言ってたが、無視して通り過ぎた」


関係ない、そのはずだった。


「それまで、どの車に乗りたいかを言ってたはずなのに、次の日以降は、車じゃなくて人間について語り出した」


あの男がいい、いや、あの女だ、赤ん坊の頃からタイヤに慣れた方がいいんじゃないか、ああ、どれがいいのか迷う……


「毎日、通り過ぎるたびに聞かされるんだ」


30秒もない時間が苦痛だった。


「……邪魔だよな、って言いやがった」


積み重なったタイヤの内、どれが言ったのかはわからない。


「あの足なんかより、俺達タイヤの方がずっといいよなぁ、そんなことを、言った」


だから、取り外さなきゃな、と続けた。


「マジで悪夢だった」


すぐに人間の足代わりになるのは現実的ではない。

どの車であれば、効率的にその「取り外し」が行えるかを議論していた。

ブレーキを踏む際に、僅かにスリップすれば、あるいは、溝を工夫して横滑りさせれば、きっと。


「人間がどれだけ注意しようが、所詮は一個だ、俺達は四個、狙った通りきっと出来る……」


その企みは、徐々に現実的かつ具体的なものとなった。

道行く誰もその声を聞こえず、HTさんだけが耳にした。


「その言葉が積み重なって、積み重なって……」


ある日、タイヤが、ああ、明日だ! と歓喜した。


「楽しみだなぁ、って言ってやがった」


購入予定のタイヤだった。

タイヤの円の丸みが、まるでニンマリとした笑みを浮かべているように見えた。


「やっと、人間の足になれる……」


比喩表現ではなく、文字通りの意味で言っていた。


「俺は、咄嗟にメモ書き用のペンでそのタイヤを刺した」


一番上にあったため、タイヤの横部分を刺すことが出来た。


「爆発しやがった」


正確にはタイヤバーストと呼ばれる。

高圧の空気圧が一度に吹き出る、ときに死亡事故も起きる危険な行為だ。


「ものすごい音がして、大騒ぎになって」


そして、こうして市職員につかまり、尋問されている。

司法関係が機能していない以上、どうにか収める必要があった。


「後悔は、あんまりしていない」


HTさんは言う。


「あれがただの幻聴だったとしても、その後で事故が起きれば気分が悪いどころの話じゃない。あのクソッタレのタイヤどもの好きにさせた方がダメだ」


迷惑はかけちまったけどな、と続けた。


HTさんは補償金を支払う必要がある。

タイヤそのものはもちろん、店にも被害を出した。


「まあ、そうだな」


それに加え、それら積み重なったタイヤの購入を命じた。


「……それは……?」


危険なものであれば、その危険性を理解できる人間が管理する必要がある。


「信じるのかよ、こんな与太話」


タイヤの破壊は、よほど注意しなければ本人に被害が出る。

これから先、HTさんは下手をすれば買い取ったタイヤの愚痴を延々と聞かされることになる。


その愚痴は「仲間であるタイヤを殺傷したHTさん」を認識した上でのものだ。


「つまり……?」


HTさんが苦しむ様子があれば、今までの話は本当だという証明となる。

平然としているのであれば、悪質なイタズラの犯人だ。


もしそうであれば対処すると告げた。



挿絵(By みてみん)

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