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小さい店の可能性

それは、取り返せない可能性が高い。


アルバイトからの帰り道、すっかり疲れたFさんが丙玲へいれい横丁を通る途中のことだった。


「最近はそれなりに戻ってるけど、それでもやっぱり早めに閉める店が多いよな」


流行り病で営業時間短縮を迫られて以降、その営業形態をまだ続けるところが多かった。


「だから、店もあんまりやって無くて、ただひたすらに帰り道が暗かった」


都会であれば煌々と照らしていただろうが、妙求市では電灯の数もまばらだ。

目抜き通りであればともかく、ただの道であれば最低限わかればいい。

そうした明かりの疎ら具合だ。


「どれが閉まった店で、どれがビルかもよくわからなかった」


完全に疲れ果て、半ば眠りながら歩いていた。


「もう瞼を閉じればそのまま眠れるけど、なんか腹に入れたい気分で……」


コンビニに行くのすら億劫だと思う中、足音を聞いた。


「足音、っていうか、こすれる音か?」


草履の類が移動するような音に思えた。

その音につられるように見ると、何かがいた。


「人影、だったのかな、一応は」


ただし、その大きさは、Fさんの半分も無かった。

子供ではなく、大人がその縮尺を縮めたようだった。


シルエットとしか見えないものの、どうやら和装のようだ。

その背丈に合う形の引き戸を開き、中へと入った。


「店、だった」


よくよく見れば、看板があった。

営業中の文字も出ていた。


ただし、すべてミニチュアのように小さかった。

看板も扉も、店そのものも。


「こりゃ夢だ、って思ったよ」


こんな場所にこんな店は、見たことがなかった。

店名は達筆のため読むことができなかった。


誘うように、ぼうっと提灯が灯った。

その提灯ですらも小さい。


「……ここが、俺のダメなところだと思うんだ」


どうしようもなく、興味を引かれた。

一刻も早く家に帰るべきだという理性よりも、それは強かった。


「明らかに怪しい、その小さな扉を、俺は開いた」


入るためには、相当背を屈める必要があった。


「らっしゃい、って当たり前みたいに出迎えられた」


そこは、雰囲気のよい小料理店に見えた。

和風ではあるがカウンター席が主であり、椅子が行儀よく立ち並ぶ。


ただし、その大きさもやはり店主に合わせた、ひどく小さいものだった。


「いいですか、とか、そんなことを聞いたと思う」


何の許可を取ったのかは、Fさん自身にもわからなかった。

ただ、ひどく場違いだと思えた。


「黙って奥の席に通された、そこだけはちょっとだけ天井が高かった」


それでもまだ窮屈ではあったが、頭をぶつける危険は無かった。


「つらつらなんか言われた気がするんだが、こっちはもうそれどころじゃなかった、とにかくお任せで、とか、そういう注文をした」


酒も料理も楽しめる、ちょっとだけおしゃれな店、そうした雰囲気だった。

ただし、何もかもが小さく、また、ひどく暗かった。


「それこそ、出された料理が何かわからないくらいだった」


お通しとして出されたものが小鉢に入っていた。

Fさんからすれば、本当に一口サイズだ。


「くっそ美味かった……」


だが、それが何かは分からなかった。

とても香りのいい、軽い歯ごたえのものだった。

爽やかな酸味が鼻を抜けた。


「いつの間にか、ガラスのコップに酒が注がれた」


サイズとしてはお猪口のようだ。

それもまた、ひどく美味かった。


「最初は俺以外は誰も客はいないのかなと思ったんだけど、だんだん増えた」


小さな扉をくぐって来たのは、同じく小さな来客だった。

顔貌は見えず、サイズ感だけが見て取れた。


「割と、繁盛してるみたいだった」


和装の店主が忙しなく働いた。


「ひとつひとつは小さいから、これで腹一杯になるかな、って思ってたんだけど、次から次に出てくるんだよ」


とろりとした豆腐らしきもの。

瑞々しい野菜の感触。

新鮮な刺し身。

揚げたての何か。


暗がりの中、小さなそれらを口へと放り込んだ。

どれもこれも美味だった。


「俺、そこまで金があるわけじゃない、高かったらやばいな、って途中で思ったんだけど、止まらなかった」


見えないそれを、ただ舌で知った。

狭い店内で、知らない美味を味わうことを、止めることができなかった。


「マジで、今までで一番だった」


小さい目のサイズであることは、むしろ味の複雑さの後押しをした。


「けど、さすがにこれ以上は、って思えた」


満腹になったわけではなかった。

だが、どれもこれも良い素材であり、新鮮であり、あきらかに高級だ。

これ以上はダメだと、どうにか意思を振り絞った。


「会計頼んで、けど、割と困ったんだよな」


Fさんは店の一番奥に座っている。

他の客が後から来た為、下手をすればぶつかりながら帰らなければならない。


「とりあえずは、支払いしてから出る方は悩むかと思ったんだけどよ」


金はいらないと言われた。


「どういうことだ、って思うよな」


代わりに欲しいものがあるから、それで支払って欲しい。

そう続けて言われた。


「いや、どういうこったと思ったら……」


ふと、めまいがした。


「気づくと俺、夜道を歩いてた」


あの店に寄ったことは、それこそ夢だったとでもいうように。


「けど、腹は割と満たされてて」


良い具合に酔ってもいた。


「財布たしかめて見たらぜんぜん減って無くて、結局なにを俺は支払ったんだよとか思ったんだけどよ」


帰り道に、違和感があった。

それは異なる場所を通るといった、空間の異常ではなかった。


間違いなく知っているものに、わずかな違いが見て取れた。

それは、家に近づくにつれより顕著になった。


「少し、本当に少しだけなんだよ」


だが、明らかに。


「俺の背、縮んでやがった……」


支払いとして当てられたのがそれだった。


「たぶん、一センチとかそのくらいなんだよ、でもよ、それでもよ、違うんだよ。これはねえよ。というか、俺そこまで背が高い方じゃないんだぜ? なんで俺から取るんだよ……!」


たしかに料理は美味かったが、それとこれとは話が別なのだという。


「俺は、この支払いに承諾した憶えがないんだ。どんな契約書にもサインしてないし口約束も結んでない。ひっでえボッタクリ店なんだよ、どうにか摘発してくれないか、なあ! 取り返してくれよ!」


市職員が調べた限り、そこに店はなかった。

Fさんの失われた身長は、見つからない。



挿絵(By みてみん)

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