鍵屋と市職員の可能性
その可能性を信じたくはない。
間境にあるその鍵屋は、近頃繁盛していると有名だった。
行列により近隣住民に迷惑がかかるからと、予約制に切り替えたほどだ。
「まったくねえ? 困ったもんですよ」
鍵屋の店主は、眼鏡奥の目を細めた。
「鍵屋を訪れる人は、何かの理由で困っている人です。あるいは、ちゃんと防犯しなきゃと考えた人だ。繁盛しているということは、それだけ今の妙求市が大変だってことですよ」
市職員も予約した上でここに来た。
「それで、一体どういう要件でしょう?」
店内の様子は、鍵屋というよりも病院の一室のようだった。
白く清潔であり、余計なものがない。
鍵屋を示すものは、店主の手元の道具しかない。
「あれ、意外ですね。ご要望はありませんか?」
ここでは、鍵以外のものも扱っているとの話を聞いた。
その真偽を確かに来た。
「ああ、たしかにやっていますよ」
店主はあっけなく答えた。
「別に、隠すようなことじゃありませんし。それに、お客さんはちゃんと選んでます。誰からも文句を言われたことはない」
どういう意味かを聞いた。
「どこぞの神社じゃないんですから、ちゃんとお客様の要望を聞いて行っています。いえ、そりゃ100%すべて完璧にやれたとは言いませんが、誠心誠意、心を込めてやっています」
やはり意味がわからない。
さらに詳しく問いただすよりも先に、店の扉が開いた。
「ああ、ようこそ、いらっしゃいませ」
こわごわと入店したのは、Cさんだった。
陽爻神社関連で被害に会い、身体を作り変えられたと思しき人だ。
「ご要望は?」
顔を青ざめさせながら、Cさんは「嫌な記憶を消して欲しい」と伝えた。
「あー、残念ですけど、それはできないですねぇ。どこにその記憶あるかはわからない。脳のそこだけをピンポイントで変えることは、ちょっと難しいんです」
沈鬱に俯くCさんに向け、店主は朗らかに続けた。
「それよりも、思うように改良しませんか? その方がずっといい」
Cさんと同様に、市職員もまばたきした。
「あれ? 聞いて来たんじゃないんですか? あー、なら、説明しますね。ここは鍵屋であることは確かですが、「そのようになった人」を更に変えることができる場所でもあります。作業としては、やっていることは変わらない」
店主は当たり前のことを告げる口調だった。
「変わる前の人を改善するには、いろいろと面倒な手続きがいりますが、扱いやすい形となった後なら思うがままの姿を取れる。それこそモデル体型になったり、幼くなったり、雰囲気を変えたり、性別を変えることだって可能です。あ、でも、身長三メートルにするとかは無理ですよ、さすがに材料が足りない」
つまり、ここは……
「ええ、人が衣服を変えるように、「人体」を変えるための店です。自由に、望むままに、思うがままに」
店主は眼鏡の奥の目を細め、自慢するかのように両手を広げた。
「どうです? 何を悩んでいるのか知りませんが、どうせなら前向きに活用をしませんか? あ、カタログもあるんで見てください」
Cさんは呆然としていた。
「一週間以内であればもとに戻せますが、以降は定着します、お気軽に試してみてください」
渡されたカタログを手に「また来ます」と告げて店を出た。
「ふむ? なぜだかみんな最初は似たような反応ですね。それでも、一度やれば病み付きだ。変身願望って、誰でもあるものですよねぇ」
これは犯罪ではないかと尋ねた。
「どこがです? これはいままで妙求市で行われた「美容」の延長だ。それらを許して、これはダメというのは不合理です。なにせ、誰も、何も傷つけていない、本人に許可なく、不本意な変化も起こしていない」
それでも、どこか納得がいかなかった。
「強情ですねぇ」
道理に反していると思えた。
「なら、あなたも試しみればいいのでは?」
言葉の意図を、受け取り損ねた。
「ああ、気づいていませんか」
再度その意味を聞いた
店主はしばらく上を見上げていたが。
「まあ、いいか。この店の改変を行う客層は、かの陽爻神社の被害者に限定されます。ここまではいいですか?」
首肯した。
偽警官や、先程のCさんが思い浮かんだ。
「そして、妙求市対処課は、陽爻神社関係者によって発足されたものです。その職員であるあなたが『改変』を行われていないと、本当に思っているのですか?」
脳が、その言葉を受け取ることを拒否した。
その可能性を考えたくはなかった。
以前Cさんにされた質問が、脳裏をよぎった。
あの時、市職員は返答できなかった。
店主は、なんでもないことのように続けた。
「あなたはもう、人間ではないんですよ」




