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ホームセンターの可能性


妙求市の西、奥淑おうじゅくにあるホームセンター笹復路ささふくろは、知る人ぞ知る有名店だ。

幅広い品揃えと、それなりの安さと清潔さが売りだ。


市職員も、よく買い物をする。

だが、あまりに選択肢が広すぎるため、毎度のように店内で長く過ごす。


その日もフライパンを買うため訪れた。

テフロン加工が剥がれ、近頃こびりつくようになったためだ。


「わー……」


新入りであるZさんは初めて来たという。

ふらふらと工具コーナーへと吸い込まれ、ピカピカの電動器具たちに心を奪われていた。


「んー」


アルバイトのUさんは、防犯コーナーへ向かった。

コショウや唐辛子の成分を噴霧するスプレーをどう使うのかはわからない。


市職員は、手頃な値段のものを選び、他に何かないかを探した。

広々とした店内は棚単位でコーナーが分けられ、案内が上の方に示されていた。


時期により、これらの配置も変わる。

園芸やペット用品のものが、今はやけに充実していた。


「ひょぉおう!」


Zさんが騒いでいるが、注意する人はいない。

市職員とアルバイトは他人のフリをしていた。

また、そもそも店員の姿がない。


通常は品出しのために見かけるものだが、客以外の姿はなかった。

レジも無人決済であり、呼び出さなければ店員は出てこない。


この店のこだわりだった。

客とモノの関係に余計なものを入れず、買うことだけ集中させたいのだそうだ。

色々と問題が起きそうなものだが、今のところホームセンター笹復路は営業を続けていた。


市職員は立ち止まり、首を傾げた。


いま手にしているのは、フライパンだ。

当然、掛けられていたものを手に取り、ここにある。


だが、気づけば店の棚に補充がされていた。

周囲をぐるりと巡る合間に。


店内の様子を、ふたたび見る。

それなりの客数がいるが、どの棚にも欠けはない。


床はきれいに清掃がされていた。

ゴミのひとつはもちろん、くすみの類もない。


一体、どうやって?


「うわ……」


Uさんの嫌そうな声に振り向いた。


塗装用コーナーのペイント缶が床に倒れていた。

黒い粘性の液体が広がる。


事故ではなかった。

開けて横倒しにし、そのまま走り去る人間の、後ろ姿が見えた。


スマホを手に全力疾走していた。

笑い混じりの声からして、どうやら実況らしきことをしている。


「どうします?」


Uさんに聞かれた。

普段であれば捕まえ、対処をするところだが、今は勤務時間外だ。追う必要はなかった。


「えー」


むしろ、転がったペイント缶の方を注目しつづけた。

不満そうなUさんも、それを見た。


徐々に徐々に、確実に広がるインクは広がる。

他の商品にも被害が及ぶほどに。


「あの?」


どうにかしようとするUさんは動きを止めた。


倒れた缶が浮かび上がっていたからだ。


「え」


誰か人が持ち上げたわけではなかった。


細い細い糸のようなものが、巻き付き持ち上げた。

その糸は天井に続いていた。


一本や二本ではなかった。


大量のそれらは天井から伸び、床のインクを吸い取った。

黒インクの吸い出し、本来であれば透明で見えないものの形を見せた。


「はえ?」


丁寧に、わずかなシミも残さずインクは拭き取られた。


掃除機で吸い込むように、あるいは巨大な何かが麺をすすったかのように、それらの黒くなった糸の群は天井の隙間へ、ズルン、と収納された。


「失礼します」


呆然とする横から店員がやって来て、床に置かれたインク缶を回収し、形ばかりの清掃をした。

まるで、先ほどの出来事などなかったかのように。

あるいは、無いということにしておくために。


「……なんですか、これ……?」


市職員は肩をすくめた。


どうやらここは、「そういう場所」であるらしい。

通常は見えないが、巣食うものがいる。

それは透明な糸により、この店でさまざまな事柄を行っている。


「いいんですか?」


よくも悪くもここは、長くホームセンターを続けた実績がある。

ごく普通に購入する分には問題はないと思われる。


三人それぞれ目的のものを購入して店を出ると、遠くで叫び声がした。

足首を捕まれ、地面を引きずられる人の姿があった。


その手には、スマホがあった。

つい先程、見かけたばかりの人だ。


インク缶を倒し、ニヤニヤと笑いながら走り去ったその顔は、今は涙に濡れている。

見えないが、捕まえているものは糸だろう。


ドップラー効果を伴い移動していた。


「どします?」


Zさんに聞かれた。

今は勤務時間外だと答えた。


叫び声は、あっという間にバックヤード奥へと吸い込まれた。


挿絵(By みてみん)


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