夜食の可能性
体重計の可能性は信じない。
役所という場所は四角四面で融通が効かない場所だ。
勤務時間通りが最優先であり、それは絶対のルールですらある。
ただし、対処課だけは例外だ。
人手が足りておらず、必然的に市職員が残業しなければならない。
放置した結果、市民に致命的な事態となることは看過できない。
警察が機能していない以上、他で代替する必要がある。
最近では長く妙求市役所で過ごす人の数も増えた。
簡易シャワー室や仮眠室、ちょっとした調理場も設置された。
調理場とはいっても、小型冷蔵庫とIHクッキングヒーター、流し台があるだけであり、それほど凝ったものは作れない。
そして今夜は、カレーの気分だった。
カレー、と一口でいったところでその種類も好みも様々だ。
特に最近はレトルトのものでも美味いものが数多く、バリエーションも多岐にわたるため、苦労して作る必要はあまりない。
これは、ただの気分転換だ。
気分転換なので、それほど凝ったこともしない。
誰かが持ち込んだサツマイモを乱切りにし、冷凍保存されていた鶏肉といっしょに炒める。
たっぷりのバターでしばらく炒め、牛乳を多めに入れる。
塩コショウ、レモン汁、カレー粉で味付け。
これだけだ。
後はひたすら煮込むだけ。
フライパンで手軽に作れる。
本格的な味にするには、きっと更なる工夫が必要だ。
ただし、最低でも30分以上は煮込むことだけは絶対条件だ。
ちらりと時計をみると、もう日付が変わろうとする時刻だった。
とてもお腹が空いていた。
ふつふつとフライパンで牛乳が湧く。
人気のない中、その音と匂いだけがしている。
カレー、と言ったけれど、きっとこれは正確には違う料理だ。
ミルク煮とか、そういうものに近いと思う。
カレー粉は牛乳の臭みを消すためのもので、むしろ味の本体はこの牛乳とサツマイモだ。
長く牛乳を煮ると膜が張り、サツマイモを覆うようになる。
そこから更に煮込み続ける。
サツマイモが、だんだんと柔らかな輪郭になる。
ぼーっとそれを眺める。
たまにかき混ぜる。
我ながら疲れているのかもしれない。
煮込みレモン果汁のお陰で、牛乳は分離しカッテージチーズとなる。
それらは鶏肉やサツマイモにまとわりつき、トロリとしたコーティングを作り出す。
チーズを作り出した残りはホエーと呼ばれる。
そこに鶏肉の旨味が溶け出し、カレーの香りが彩る。
カレー特有のスパイシーさがあまりない、ほっこりとした味わいになる。
味見をしてみると、びっくりするくらい甘くて、意外なくらい美味しい。
ご飯はレンジでやればいいかな。
さすがに寂しいからサラダも作ろうと立ち上がり、アルバイトのUさんと目が合った。
扉の隙間から、じぃっと見ていた。
そういえば最近、Uさんは仮眠室を使ってた。
長く調理していたために、匂いは遠くまで伝わったに違いない。
「……」
とても飢えた目をしていた。
ここで拒否すれば、市職員が食われる。
ごはんを2パック、温めて来て欲しいと頼んだ。
幸いなことにカレーは多めに作ってある。
猟犬のような速度でUさんは向かった。
紙皿に盛られたカレーは、あっという間に平らげられた。
気づくと、他の職員も来ては摘んだ。
もっと食わせろという要求は断固として拒んだ。
市職員の分だけは確保したが、次からはもっと考えた方が良いのかもしれない。
特に匂いの強いものは腹減った連中をおびき寄せる。
食べ終わった後のUさんは、ふと気づいたように言った。
「……これ、ひょっとして敵じゃないですか?」
ダイエットのだ。
今更だった。
バターや牛乳の脂肪分たっぷり、ごはんやサツマイモの炭水化物もたっぷり、当然カロリーはでっぷりだ。
その上、現在時刻は夜中。
全方位にデブ活の条件が揃っていた。
多少の食物繊維は慰めにもならない。
「なんで、食べ終わった後に、気づくの……!」
Uさんは苦悩した。
もう作らない方が良いのか聞いた。
「そんなこと言ってないじゃないですか!」
市職員は、慎ましく減ってしまったカレーをちびちびと食べた。
翌朝、残った匂いにZさんが気付いた。
Uさんはドヤ顔で自慢してた。
ただ、いくら要求されても、食べ尽くした夜食の提供はできない。




