臨時爬虫類店の可能性
その望みは、賛同者がいない可能性が高い。
Eさんはビニール製の何かをペットとして飼っている人物だ。
「最近、ちょっと大きく育ったんですよ」
嬉しそうにそう云うが、誰も実際にその「ペット」を見たことはなかった。
「まあ、あんまり自慢して回るのもどうかなと」
照れた様子だった。
「誰ともあの手触りを共有したくない、っていうのも、あるのかもしれません」
Eさんは、ビニール製品の手触りを好んでいる。
「ただ……」
最近、その確信が揺らいているのだという。
「瑞阿津って、妙求市の中心に近いのに、何もないところじゃないですか」
飲み屋などもあるが、基本的には寂しい場所だ。
「帰りがけ、そこでポップアップストアがあるのを見かけたんです」
ポップアップストアとは、期間限定の店舗のことだ。
プロモーションや限定品の販売などを行う。
通常、人通りの少ない場所では開かない。
「期間限定とか、今だけ、とか書いてあるんですが、どういう店かわからなかったんです」
中の情報について一切書かれていなかった。
「逆に、興味を持ちました」
窓にも黒いカーテンがかけられ情報を遮断した。
「恐る恐る扉を開けて中に入ると、ひどく暗かった」
それでも、ガラスゲージがいくつも並んだ様子はわかった。
「ペットショップでした」
爬虫類を専門としたものだった。
「室内は冬なのに妙に暖かくて、湿っていて、明かりも最低限でした」
客ではなく、動物に合わせるような店の作りをしていた。
「店員は誰もいなくて、ガラスケース中のヘビとかトカゲとかの鱗が、少しだけ見えました」
売るためのものだとは、とても思えなかった。
「値札とかも無かった。どっちかって言えば、爬虫類専門の動物園とか、そういう雰囲気だった」
ジャングルの中を行くような気分で通路を歩いた。
狭いはずの店が、やけに長く感じた。
「ゲージのいくつかは、連結しているみたいでした」
Eさんを追うように付いてくる音があった。
「光はところどころにしかなくて、足元もよく見えなかった」
一匹二匹ほど抜け出していたとしても、Eさんにはわからなかった。
「ようやく、一番奥のガラスゲージについて……」
とても大きかった。
何もいなかった。
「完全に真っ暗で、鏡みたいにこっちの顔を反射した」
ガラス面に、不安そうな表情だけが映っていた。
「すごく、でっかいゲージなんです」
人が不自由なく横になれるほどだった。
「まっくらなそこに、何かがいた、そんな気がしました」
姿は見えない。
だが、その存在感だけはあった。
それはきっと、人間と同じくらい大きかった。
「見えないだけで、きっといる、そう確信してた」
鏡合わせのように、「それ」もまたEさんを見た。
「どんな気持ちなんだろう、って思ったんです」
あるいは、それはどんな手触りなのだろうか。
「そうしている内に、ガラスに映っている様子が、変わった」
鱗だった。
Eさんの肌にそれが張り付いた。
「たぶんガラス向こうにヘビがいて、二重写しにそう見えただけです」
だが、ヌメヌメと光るそれは、ちょうどEさんの顔の範囲に収まった。
「軽く、手を上げてみました」
その指先にも、鱗はあった。
そのように見えた。
「自分で自分の顔を、撫でてみました」
今までと、まるで違う気がした。
生まれながらに熱を発さない冷たさがあった。
死者を思わせる、自ら熱を発さない、なめらかな感触だ。
「爬虫類の手触り、だったんだと思います」
震えが走った。
嫌悪ではなかった。
「……入りたいな、って思ったんです」
この暗いゲージの中に。
そこで身をくねらせ、周囲の温かさだけを求め動くのは、一体どのような気分だろうか。
「ゆっくりと、ゆっくりと、身体が冷えていきました」
反射する向こうではなく、現実の肌が変わった気がした。
その変化は焦れったくなるような速度で進んだ。
ゲージのガラスに映されている中で、それはとても自然な出来事だと思えた。
「いままで手でしか触れることができなかった、自分自身がそうなるなんて考えたこともなかった、だけど、「そういう生き物」になることができるのなら、最高だ。そんなことを考えた気がします」
そうなってしまうべきだと決意するが。
「……ポケットの中で、動くものがあったんです」
Eさんが飼っていたペットだった。
「……もし、自分がそうなってしまえばエステルに、コイツに触ることができなくなる、そう気づきました」
反射的に、後退りして離れた。
途中、足がもつれた。
動かし方を忘れたように。
「暗い中にまだそいつがいて、こっちをじっと見ている気がした……」
来ないのか?
そう誘われた。
「大切なんだとか、そういうことを言った気がします」
しばらくの後、視線が外れた。
今までずっと、その視線に囚われていたのだとわかった。
「急いで店を出ました」
扉を通り閉めた途端、身体が震え出した。
「恐怖のためじゃなかった」
後悔だった。
「もう二度と、あの感触を味わえない、全身で感じ取ることができない、そのチャンスを逃がした、なんて馬鹿なことを、そう悔いました」
だが、それでも次の機会があったとしても、同じ選択をするだろうとEさんは言う。
「ペットは裏切れませんよ」
それでも望むことがある。
諦めきれないことが。
「……もし、あの店で最後まで変化した人がいれば、飼わせてくれませんか? 自分自身がそうなることは諦めました、でも、できれば「そうなった人間」を飼いたいんです」
Eさんは真剣だった。
まだポップアップストアは営業している。
「お願いです」
人に飼われたい人がどれほどいるか、市職員は疑問だ。




