花粉症対策の可能性
妙求市は特に観光資源はないが、春先の今の時期から初夏にかけて人口が増える。
観光としてではなく、妙求市に住むためである。
移住ではなく、仮住まいと呼ばれる数カ月間に限定の滞在だ。
主として句丹間にて行われるそれは、避暑や避寒ではなく花粉除けのためだ。
妙求市では、花粉の被害がとても少ない。
「ええと、大変みたいですね?」
地元民であるHさんにはピンと来ない。
「うん、これだけは、すごいと思う」
他県からの移住者であるMさんは関心しながらも、どこか得心が行っていない様子だ。
さして離れていない距離であっても、明確な差が出ている。
この花粉被害の少なさは、妙求市の地理的な特性によるものだと考えられる。
この時期は、曇ることが多い。
妙求市におけつ天気予報の「晴れ」は当てにならない。
春先における天気は変わりやすく、風は左右のどちらからも吹く。
東からは暖かい風が、西からは冷たい風が吹き込くが、妙求市では常に穏やかな微風だ。
「昔から有名だよ、気象を研究するなら妙求市に行くな、化かされ騙され馬鹿を見る、真面目に付き合うべきじゃないってね、ずいぶんと地元に失礼な話だと思っていたけれど、まあ、少し納得してしまうね?」
放浪するWさんは肩をすくめる。
研究結果を発表しようとしては、さまざまな理由により頓挫することでも有名らしい。
「気に食わないことが多いところだけど、これだけは感謝してもいいわね」
実は酷い花粉症だったというAさんはしぶしぶと頷く。
以前はティッシュが手放せない生活だった。
「これを恩寵であると言ってはいけないよ、それはずいぶんと失礼なものの言い方さ。建物というものは、勝手には生えては来ない。骨組みを仕掛けてモルタルを練り、計画を建てて働き者たちが汗を流し、長く時間をかけて造られる。同じように、結果だけを見て、恩恵だけを受け取って、成し遂げた方々への感謝を忘れるのはどうかと思うよ」
句丹間に居を構えるPさんは言う。
一体誰に感謝すればいいのかを訊いたが、答えてはくれなかった。
このPさんが、仮住まいの斡旋をしていた。
「誰だって苦しいことからは逃れたい、それが他からの押しつけだとしたら尚更に。たまたま逃れる方法を知っていたものだから、お手伝いをしただけに過ぎないよ」
スギ花粉が少ない地域としては、沖縄や北海道、群馬の草津が上げられる。
そもそも花粉ない地域か、高い標高で花粉が届きにくい地域だ。
妙求市はこれらの条件に当てはまらない。
「ふしぎ」
海外移住者であるXさんはあまり興味がない。
軽いイネ科の花粉症ではあるらしいがが、日本の大抵の場所では気にならない。
ひとつ奇妙な話がある。
陽爻神社への奉賛金が、この時期は特に増える。
また、ペットショップも儲かる。
生き餌を大量に購入するためだ。
「結界といわれるものは、普通は見えないものですよね」
Cさんは疲れた様子だった。
「けど、妙求市のものは、物理的です」
見上げる先には、曇った空がある。
「俺、前に電線の群を見た時、驚きはしたけど、そこまで違和感なかったんですよね」
夜に訪れるたびに電線の数が増える、そのような異変に遭遇したIさんはそう述べる。
「同じようなのを毎年見てたからだって、最近になって、ようやく気づきました」
予報では快晴だというのに、空は霞んでいる。
どれほど目を凝らしても、遮ぎるものは見えない。
蜘蛛を祀る陽爻神社には、今日も多くの参拝者が訪れる。




